第17話 劇的な幕切れ

鮮血が床に溜まり、衣服を朱に染めた。


「ゼノ…ッ!!」


「嘘だよね…!?ゼノ!!」


ローズとリンの悲痛な叫びが耳に入る。


「まさか庇うとはね。…フッ、ダメじゃないか。ちゃんと死んだのを確認しなきゃ」


「くっ…ローズ…リン…早く逃げろ…!こいつは殺せない…!戻って…ナターシャとセントーレアに…!」


ゼノが血を吐きながら弱々しくそう言った。


「残念だけど、逃すわけには…チッ…!」


剣を引き抜こうとしたエンバージュの手を掴み、ゼノは逆に彼の剣を深々と己の胸に刺し込んだ。


「正気とは思えない…その行動になんの意味がある?」


「家族は守れるさ…俺の命でな」


「っ…ハハ…ハハハハ!!そうかい!なら僕は認めよう!彼の勇気と犠牲を讃えて、君達二人は見逃してあげよう!元々必要なかったからね」


エンバージュが魔法を唱え、突如風が吹き荒れる。突風によって二人は城の外へ、剣に穿たれたままのゼノは中に残る形となった。


「ゼノ!待って!ダメ…!死んじゃイヤ!」


「剣を離せエンバージュ!!その子に罪は無い!」


扉が閉まっていく。エンバージュが邪悪に微笑む。


「…ありがとう、姉さん達」


扉が大きな音を立てて閉まる。風が収まったが、もう扉は開く気配がない。


「…いい家族じゃないか」


もはやゼノは虫の息だ。剣が刺さったまま、床にへたり込んだ。


「…羨ましいか」


「…いいや。僕も同じ経験くらいあるさ」


「そうか。よかったな」


「…意外と粘るじゃないか」


「逃げろとは言ったが…死ぬ気は毛頭もないんでな」


エンバージュがゼノの心臓から剣を抜き、血を払って玉座に戻る。


「それでこそ叛逆者だ」


「俺はゼロじゃない…父さんじゃないんだ」


「知ってるさ。…君は運命を変えた。だから『運命への叛逆者』なのさ」


「運命を…変えた…?」


運命と聞いてゼノの頭によぎるのはやはりローズの言葉だった。どうやら、死に際になってようやくかの魔王と相対する資格を得たらしい。何と酷い運命だろうか。


「君は死なないはずだった。少なくとも、僕はあの二人の小娘のどちらかを殺すはずだったのさ」


ゼノには何の抵抗もできないからか、エンバージュは剣を納め、声もどこか優しかった。


「…本当のことを言ってくれないか?…どうしてリヴィドの魔神がアグリーツァで魔王になんてなった?」


「フッ…きっと誤魔化せないだろうな…これも運命か…まぁいい、正直に話そうか。リヴィドでの役割を終えた僕はアグリーツァに冒険に来た。だが想定していた事態とは違った。街は魔物に襲われ、とても人間の活動する大陸とは思えなかった。僕はすぐにこの城の魔王を殺した。それくらい、僕には簡単なことさ。そしてアグリーツァの魔物はおとなしくなった。ここまではめでたい話だ」


エンバージュが一呼吸置いた。


「この地に残された資料を読んでいるうちに、僕は自分自身に関する重大な情報を手に入れた。…僕はゼロを元にして作られたホムンクルスだった」


「ゼロはお前より後に生まれた人間だと思っていたが」


「彼に惚れたある熱狂的な研究者が、とある研究中に不慮の事故で時間の渦に流され、200年も過去にタイムスリップした。その研究者の名はオルヘイト・ギース。聞いたことは?」


「ない」


ゼノは即答した。


「だろうね。寧ろ知っていたら驚きだ。ギースは彼に会えないことを悲しみ、彼そっくりの僕を作った」


「それを知ってどうしたって言うんだ?」


「本来存在しない僕は世界にとっての癌だ。あるべき運命を歪めてしまう。…基となった彼も同じく、ね。そうやって運命が捻じ曲げられていくと、やがて世界は崩壊する。そういう運命を捻じ曲げる存在を『叛逆者』と呼ぶのさ。つまり、叛逆者は生きていてはいけない存在なんだ。…だから消えなくちゃならない」


「父親が何をしでかしたのか知らないが、俺を巻き込む必要はあったのか?」


聞いたところ、ゼノは無関係に思えるが、少なくともエンバージュはゼノも殺そうとしていることは明らかだ。


「ゼロとは友人のような関係でね。何の躊躇もなく僕と戦ってもらうには、これくらいの恨みは買っておかないといけないんだ」


「そうか…」


弱々しくゼノの声の奥底に怒りが見えた。言葉を発するだけでも奇跡に近いというのに、彼は立ち上がった。


「…一人で死ね」


エンバージュの心臓の辺りから突如剣が突き出る。今度は彼が血を吐き散らす番だ。


「ハッ…流石はゼロの息子…彼の魔法は生まれ持った才能で使えるってわけか…なるほどね…これじゃ再生もできっこない。油断していたよ。だが…ッ!?これは…!?」


立ちあがろうとするエンバージュだったが、それができない。心臓から飛び出た糸が全身を駆け回り、玉座と彼を縛っていく。


「…まったく…つくづく僕を楽しませてくれるじゃないか…!いいさ…僕の負けだ」


「ぐッ…!今度こそ…トドメだ…!」


ゼノが黒き剣を振り下ろした。黒の魔法が解き放たれ、エンバージュの肩から脇腹にかけて切断した。


「…今度は正しい使い方をしたか…まぁいいさ、どの道消える運命だったんだ…彼と手合わせできないのは残念だが…きっと負けていただろうな…」


「悪いけどこれ以上お前に付き合ってはいられない。俺にもやるべき事がある」


剣に付着した血を払い、ゼノがエンバージュを見やった。


「そうかい、行くといいさ。君の旅はまだ終わってない。ここが終焉ではないだろう」


「じゃあな魔王。苦しんで眠れ」


そう言うとゼノは扉を切り裂いて外に出た。


「ゼロ…君の息子…強いじゃないか」


……………………………………………………


扉を切り裂いて出てきた人物に、二人は驚きを隠せなかった。


「ゼノ!無事か!?」


「嘘…死んでないよね…!?生きてるよね!?」


「ああ。死にかけだが、魔王は倒した。帰ろう。まだやる事がある」


「その傷でどうやって…!心臓を貫通しているんだぞ…!?」


ゼノの胸を剣が貫通していたのは後ろにいたローズとリンの二人ともよく見えていた。しかし彼は生きている。


「…どうやら運命が生きることを許してくれたらしい。すごく痛いがまだやるべき事が残ってる。俺は帰るぞ」


「帰るってどこに…?やるべき事って…?」


「レグーナに…ベルナに伝えないといけないことがあるんだ」


ゼノは二人を待たずに歩き出した。二人には訳が分からない。魔王は既に打倒され、別の者がその玉座に座っていた。そして瀕死のゼノが新しい魔王を倒した。その傷でさらにレグーナに帰ろうとしているのだ。


『行け!この演目を終わらせてこい!君達は既にステージの上にいることを忘れるな!」


どうしたものかと立ち止まる二人の後ろから聞こえる声。エンバージュのものだ。二人は中を確認することなく、その言葉を信じて、彼を信じて後を追った。


……………………………………………………


「クロード・スティングレイ…」


「ん…君は…ゼロのとこの狼ちゃんか…何の用かな。見ての通り暇じゃないんだが」


「その体でどうやって…」


「まぁ…死ねなかったさ。なに、いつものことだ。…惜しかったなぁ…彼とあの剣なら僕を殺せると思ってたんだけど…どうやら僕の母は僕を頑丈に作りすぎたみたいだ…」


「お労わしや…失礼ですが、彼女は?」


「ん…?ああ、ユーリならリヴィドに残ってるよ。大事な妻をこんなことに巻き込むわけにはいかないからね」


「…満足されましたか」


「…ゼロと剣を交えることができないのは残念だよ。彼、ここに来るつもりはないんだろう?」


「ゼロ様は貴方を許すと仰いました。水龍の件での貸しだとのことです。それから…『家族なのだから、もう馬鹿なことはしないでくれ』とも」


「そうか。家族か…ああそうだ、なら僕からも伝言を頼めるかな。全てが終わったら、家族全員で祝杯を上げよう。もちろんマリーとナターシャも一緒に。ってね」


「承知しました。ゼロ様に伝えておきます」


「ありがとう。僕は少し眠るよ。どうしようもなくなったら僕を頼るといい」


「ゼロ様にもそのようにお伝えします。では…おやすみなさいクロード・スティングレイ。おやすみなさいクロード・ドラズィアスター。おやすみなさいクロード・ベルナール」

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