39 荒れた地で踊る皇太子妃ーそのよん

 豊穣祭りの場はこれほど民が飢えているのに、屋台がズラリと並び野菜や果物が並べられていた。


「おかしいわね? ここではこれほど食物が豊富にあるではありませんか?」


「ステファニー皇太子妃様、値段を見てくだせぇーー。今までの価格のおよそ6倍ほどの値札がついていますぜ」


 確かに見ればびっくりするぐらいどれも高い。焼きトウモロコシが一本3,000ダラ(1ダラ=1円)? これでは庶民は買えない。けれど、豊穣祭りの広場を警備している豊穣の守り手達は、気軽に買っては飲み食いをしていた。


「平民達の間でも貧富の差がかなりできているようですわね。ほら、あの桟敷席には貴族達が座っていますわ。その前に並べられたご馳走の量! 多過ぎませんか?」


 ヴァルに話しかけていた私の方に向かって貴族達がいそいそとやって来た。


「ブリュボン帝国の若き獅子、ヴァルナス皇太子殿下にご挨拶申し上げます。このようなむさ苦しいところにお越しくださるとは光栄でございます。まずは一杯いかがでございましょう?」


 高級な酒も贅沢な食材もこちらには潤沢にある。


「残った食料はどうするのですか? この量は多すぎませんか?」


「なぁに、ブリュボン帝国からの援助のお蔭で我が国は潤っておりますのでまったく問題ありません」


 お腹の突き出た貴族が、てらてらと脂で光った頬をにへらと緩ませた。


「そこにあるお団子と鳥を串焼きにしたものを子供達に分け与えなさい」


 私はその貴族達につい冷たい命令口調で言ってしまう。


「子供達にはあの屋台があるではありませんか? あそこで買えば良いだけの話です」


 最もでっぷりと肥えた貴族の男がそう言った。ヴァルを腕組みをしてその男の前に立ちはだかる。


「俺の妃の声が聞こえなかったのか? ここに並んでいる物は全て民に分けろ! もう充分お前達は食ってきたはずだぞ。食い過ぎだな。しばらく水だけ飲んでいろ」


 その場にいた貴族達は不満げだったけれど、しぶしぶと目の前のご馳走を民に振る舞った。これでこそ豊穣祭りだわ。子供達も嬉しそうに私達にお礼を言う。


「ありがとう。とても綺麗なお姫様」

「綺麗な緑の髪! それにとても良い香り」

 私の頭に飾った花たちがかぐわしい香りを放っていた。


 宴もたけなわ、ヴァルはフルートを取りだして吹き始めた。私は衣装を着替えその音楽に合わせて軽やかに踊り出す。鳥のさえずりのように純粋で透明な響きの高音域と、優美な旋律が優しく心に寄り添うような中音域に身を委ね、リズムに合わせて美しい曲線を描きながら踊った。


 躍動する姿勢としなやかな動きはフルートの音色の響きと一体となり、風が私の周りを踊るような幻想的な景色を生み出す。


 そうして踊っていくうちにあたりからは緑が芽吹き、花が咲き乱れ緑の絨毯が四方に広がっていくのだった。


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