37 荒れた地で踊る皇太子妃ーそのに

 私とヴァルはルコント王国に向かった。あくまで豊穣祭りに参加する為だけに訪問することを知らせて、精鋭騎士達だけを連れ仰々しくならないようにする。

 

 わたし達がいない間のブリュボン帝国は、リッキー皇子とラヴァーン皇子が治めてくれている。その点はなにも心配なくて、兄弟仲がとても良いことは素晴らしいなと感心してしまう。


 義妹のチェリーナ皇女も行きたがったけれど、安全な旅ではないことを言い含めて諦めてもらった。これは観光旅行ではなくて、私だけができる妖精王との踊りを通しての対話だから。私はきっと緑が守ってくれるし、ヴァルも自分の身は自分で守れる。でも、チェリーナ皇女は剣も使えないし護身術でさえ身につけていないという。それではあまりに心配だった。


 わたし達がルコント王国に入る際にも、国境を守っている騎士達はいなかった。王立騎士団が解体していて国を他国から守る機能を失っている。荒れた地は乾燥しきって、風が吹くと黄砂が吹き荒れた。


 見渡す限り草ひとつ生えていないこの大地は確かに緑の妖精王を怒らせていると感じた。けれど、わたし達の馬車が通った道筋だけに緑が芽吹きだす。名も知らぬ木や鮮やかな花が咲いていくけれど、その周りにはなんの変化もなかった。ブリュボン帝国では荒れ地はひとつもなく、植えたタネは必ず花を咲かせ実を結ぶし、植えた覚えのない作物さえ立派に成長し食料になったのに。


「やはり私がここに来ただけでは妖精王様のご機嫌はそれほど良くはならないようですね」


「いや、それはないだろう。ほら、ステフの言葉に反応して花たちが馬車の中まで伸びてきている。この花々はすごく綺麗だから髪に挿してやろう」


 色とりどりの花が私の髪を飾った。この不思議な花達は決して枯れることはなく、私の髪飾りとしてずっと愛用していくことになった。


 

「妖精王からのプレゼントだろうよ。なかなか似合っている。どうやらここの緑の妖精王はステフが大好きらしい。ほらまたツルがのびてきた。今度はステフの指や腕に巻き付いているな。なんてことだ。金の装身具になっているぞ」


「素敵ですね。ルコント王国の緑の妖精王様はとてもステファニー皇太子妃殿下を愛していらっしゃるのでしょう。緑の妖精王の愛し子はこの世に一人でも、妖精王様はその土地ごとにいらっしゃいますからね」

 

 アデラインが誇らしげに私を眩しそうな眼差しで見つめる。だとしたら、私はたくさんの妖精王達に愛されている素晴らしい存在なのだと実感できた。


「ヴァル、私って凄いのかしら?」


「はっはっは。今頃気がついたのか? もちろん凄いさ。とんでもなく尊くて美しくて可愛い。そして頭も良いし、妖精王達のお気に入りで、俺の最愛だ。ステフほど凄い女性はこの世にいないよ」


 それは褒めすぎな気がして頬を染めると、前方から武装した民衆が鎌や斧を持ってこちらに向かってきているのが見えた。明らかに暴徒の一派で緊張がわたし達に走る。


 その瞬間、荷物を入れていた大箱が中から開いて、チェリーナ皇女がそこから這い出てきた。


「チェリーナ様! あなたはお留守番だと言ったでしょう?」


「だって、ステファニーお義姉様が踊るところを私も見たいもの」


 私とヴァルはこのお転婆なチェリーナ皇女に呆れながらも、可愛いと思っている気持ちが勝っているので強く怒ることもできないのだった。


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