3 王太子殿下に質問するアデライン

 ところが私の専属侍女アデラインは思いがけない言葉を口にした。それは帰りの馬車の中で、先ほどのキャサリン王太子殿下の口ぶりを非難し始めたのよ。


「ステファニーお嬢様はけっして物覚えが悪いわけではありませんよ。全てを完璧にこなすなど、希代の天才でなければできません。教師の皆さんは意地悪ですよ。いつだって誰かと比べます。ですが、こう申し上げてはなんですが、その先生がたや奥様に王妃殿下だって、全てを完璧にはできませんよ? あの王妃殿下のおっしゃり方は酷いですわ」


「まぁ、アデライン。あなたってば、そんなことを言ったら不敬罪になるわよ」

 私はアデラインが大好きなの。私の為に怒ってくれるし、悲しい時には一緒に泣いてくれるのよ。


 

 幼い頃の苦い出来事を思い出す。あれはお母様のお誕生日に、必死で練習した曲を弾いた時だった。お母様の大好きな曲を毎日練習して、きっと喜んでくださると思ったの。でも・・・・・・


「とても上手に弾けましたね。ですが、オーデン侯爵令嬢は有名なピアノコンテストで一位だったらしいわよ」

 私の気持ちが一気にしぼんでいったわ。オーデン侯爵令嬢より自分が劣っている、そう言われた気がしたの。その時に慰めてくれたのはアデラインだった。


「ステファニーお嬢様のピアノは世界一ですよ。なにより心がこもっておいででした」

 そう言って抱きしめてくれた。だから、レオナード王太子殿下と同じぐらい大事な人はアデラインだったの。







「今日も頑張ったね。おいで」

 いつもの王太子妃教育の講義の後に、腕を広げて待っていてくれるレオナード王太子殿下に、ほんの一瞬抱きしめられるだけで、その一日の辛いことが吹き飛ぶ。いつもの王宮の庭園のガゼボ。講義が終わると必ずそこで彼がお茶を飲みながら待っていてくれるのよ。


 異文化を学ぶ講義の先生に、国際法ぐらいはすべて暗記するものだと言われたことも一瞬忘れられたわ。あれは分厚い辞書並みのテキストで、きっと寝る時間も相当削らなければならないと覚悟していた。


「レオナード王太子殿下、私がお話をさせていただく許可をくださいませ。殿下は国際法をすべて暗記なさっていますか?」

 私を抱きしめて、よしよしと頭を撫でるレオナード王太子殿下に、少しこわばった声で質問したアデライン。私とレオナード王太子殿下が一緒にいるときには、必ずアデラインが側に控えていた。もちろん王太子妃教育の場でもアデラインは私の側を離れない。


「国際法だって? あれほどの条文をすべて暗記なんてできると思うかい? 主要なところだけは覚えておかなければならないが、枝葉の部分なんてわざわざ暗記する必要もないだろう? それに法律は改正されることもあるし、その時々で調べれば良いと思うのだが」

 意外な返答にびっくりした。てっきりレオナード王太子殿下も同じような指導を受けていると思っていたのよ。


「あのぉーー、私はすべてを暗記するように言われたのですが・・・・・・」 


「あらあら、まぁまぁ。そんなことは当たり前のことですよ。王太子を支える王太子妃は、博識でなければいけません。レオナードは座学の他にもたくさんのお勉強があるのです。そのぶんステファニーが、がんばるのは当然ですわ」


 その声はキャサリン王妃殿下で、私は慌てて振り返りカーテシーをした。


「そうなのだよ。僕は戦略や戦術、兵法なども学んだり、剣の稽古もあるからね」


 あぁ、確かにそうよね。将来的には王立騎士団を指揮することになるのだから、きっと大変なことに違いないのよ。レオナード王太子殿下の方がよほど辛い特訓を受けているはずだわ。


「申し訳ありません。私の専属侍女が余計な質問をしました」

 

「いいわ、全く気にしていませんよ」


 にこにこと穏やかな笑みを浮かべたキャサリン王妃殿下にほっとしたけれど、その翌日、アデラインは姿を消してしまった。


「お母様、朝からアデラインがいませんわ」

「あぁ、アデラインは・・・・・・」


 私はお母様の返答に裏切られた気がした。だってアデラインは・・・・・・ 


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