終業式と佐伯さん

校舎のどこかで放課後を告げるチャイムが鳴る。

 今日は終業式。明日からは夏休みが始まる。

 保健室の窓から見える校舎の外では、一斉に運動部の生徒が校庭へと走り出し、部活動の準備をしている。そんな彼ら彼女らを見ながら、私、佐伯奏はしばらく会えていないある生徒のことを考える。

 

(西本さんに会いたいな。)

 

 昔から体が弱く、学校を休みがちな私にとって同級生の存在は友達ではなく、いつも必要以上に気を使われる存在だった。


 本当の友達なんてずっといなかった。

 だから、あの時ここで初めて西本さんと話した時、私は本当に嬉しかった。

 いつでも私のことを気を使わず、素の状態で接してくれる彼女は今ではかけがえのない存在だった。

 でも、私たちが頻繁に会うことはあまりない。西本さんが保健室に来る時だけ。

 もう一ヶ月も会えていない。

 

明日からは夏休みでしばらく会うこともないんだなとそんなことを考えていると、職員室に書類をコピーしに行った先生が帰ってきた。

 そしてその先生の後ろには、私が今までずっと考えていたある生徒の姿があった。

 

(え!?西本さん?こんな放課後の時間に会えるなんて……)

 

 久しぶり。会いにきちゃったと手を振りながら言う彼女を見て、私は自然と笑みがこぼれる。

 私は西本さんのために、おしりを浮かし隣に座れるスペースを空ける。

 彼女は少し赤らめた顔をしながらそこに座った。


そこから私たちは、会えなかった月日を埋めるように、他愛もない話をした。

 西本さんは私にとって高嶺の花だった。

 彼女はとても勉強ができ、運動もでき、クラスでも人気者らしい。

 明るい性格でとても優しく、ほとんど教室に行ってない他クラスの生徒である私でも知っているくらい、彼女は有名なのだ。

 

 そして、何よりも顔がとびっきりにかわいい。正直に言えば、私好みだ。

 そんな彼女と二人きりですごす保健室での時間は、とても大切で貴重で、そしてあまり学校に行けていない私と高校生活をつなぐ大事な存在なのだ。


私は今度西本さんに会ったら、ずっとあることを言おうと決めていた。

 端的に言えば、彼女と保健室以外で会うことだ。

 勉強を理由に西本さんを家に誘うことを、少しためらっていたが、彼女の口からもうすぐくる夏休みの話題が出てきたとき、私の口から自然と言葉が出てきた。

 

「あ、あの。お願いなんですけど……。今度うちに来ませんか?」

 

西本さんは少し驚いた表情だった。

 そんな彼女に家で勉強を教えてほしいと伝えると、

 

「うんうん!全然そんなことない!行く!行かせてもらいます!」と言われ、私は嬉しい気持ちと驚く気持ちでいっぱいになった。


(まさか、本当に西本さんが私のうちにきてくれるなんて、、、)

 

 そんなことを考えながら、隣に座る西本さんのわくわくした表情を見ていると、私までもが笑顔になってくる。

 話す前の緊張感はどこかへ消え、心のなかで少し安堵した。


(今年の夏は、楽しみだな。)


私は隣に座る西本さん聞こえない声でそうつぶやいた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る