第十五話 魔法少女フラグってなんですかい?

 オレは動物の中ではくまさんが一番に好きだが、別にうさぎさんが嫌いという訳でもない。

 いや、むしろよく考えたら結構好きな方かもしれなかったな。何せ、干支に選ばれた程のその俊敏さは中々だし、そもそもちっこくて柔い。可愛いと言えばその通りだろう。

 小学の頃は飼育当番として、なんか奴らが地面に放置した丸々ウンチをよく片付けてたな。

 だがまあ、あんまりくさくさじゃなかったとはいえ、これ食事中に考えることじゃなかったな、反省だ。


「うまうま」


 そう、今オレはうさぎさんの形をしたリンゴをシャクシャクいただいている。酸っぱいより甘い品種が、噛めば噛むほど果汁滴らせるのは面白いな。

 うさぎおいしいかのやま、だったか? まあ、可愛くて美味いなんて、うさぎさんは凄いもんだ。


 そんなオレの隣でバスケットから取り出され次々に加工されていく、リンゴ。

 もう食べられないからお願い、と見舞いに来たオレ等に見舞い品をご馳走してくれる太っ腹は蘭だ。相変わらず、胸はぺったんこだが。

 苦笑しながら、彼女は皿の上に最後の一個を置いて、もぐもぐしてるオレに声をかけた。


「はは、かさねちゃん、美味しいかい? いや、知り合いが果物……何故かリンゴばかり差し入れてくれたんだけど、余っちゃってさ……こうして旺盛に食べてくれるのはありがたいな」

「重ちゃん、遠慮ってものをあまりしないから……重ちゃんってそんなに甘いの好きだったっけ?」

「ま……美味いものは好きだぞ」


 そう、オレは基本的にしいたけでもなければいただけるが、それに加えて味が良ければぐんぐん食べられる。

 とはいえ、ちっちゃめなこの身体に見あった量だがな。

 クラスの男子に弁当見られたら、そんなに少なくて足りるのかと言われ、何故かアスパラのベーコン巻きをプレゼントされたことすらあるくらいだ。

 薄味な感じがしたからココア味のプロテインパウダーを振りかけて食べたそれは、まずまず美味かったな。

 くれた奴はなんだかばっさり振りかけた時変な顔してたが、あれか、いちご味のプロテインかけて欲しかったのかな。


「美味かった」

「はい、お口汚れてる」

「ん」

「うふふ……重ちゃんの唇、ぷりぷり……」

「うん?」


 オレがそんなどうでもいいことを考えながら咀嚼を終えると、何故かティシュで口の周りを拭き出す三咲。

 甲斐甲斐しくしてくれるのはありがたいが、やたら汚れていたのか三咲はしばらく拭き拭きしてから次につんつんし始めた。

 相変わらず、よく分かんないなとオレが首を傾げていると、何故か暗い雰囲気になった蘭が口を開いた。


「……かさねちゃんは、ボクのこと、まだ好きかな?」

「蘭もまだ好きだが、今回のやらかしはいただけなかったな」

「うぐぐ……あの時は、迷惑かけちゃってごめん」

「だな」

「……重ちゃん、八重歯可愛い。後でかぷかぷしてくれないかな?」

「三咲はそろそろオレの口から離れてくれ……」

「あ、ごめんね」

「はは。君らは本当に相変わらずだね……ありがたいや」


 オレが何時もみたいに三咲にツッコミをしていると、噴き出す蘭。途端に彼女の放つ空気が柔らかくなった気がする。

 少し沈黙が降りるが、まあその間も決して辛いものではなく皆何だか微笑んでた。


「ふふ……本当に、いいな」


 白いベッドから身体を持ち上げながら遠く蘭は小さく言う。

 ああ、なんだか最近仲良くなった筈なのに、なんかちょっとこの関係オレも好きだ。

 光彦と仲良くしてた前世のものとは違う、ちょっと穏やかな感じ。


 まあ、でもそうあっても、白黒つけるべきことはある。オレは、率直に彼女に尋ねた。


「それで、どうしてあの日蘭は変なのにやられてたんだ?」

「ああ、あれは一応……戦って負けた形ではあるんだけどね。一矢も報えず。いや、かさねちゃんはまさかあいつを蹴りでやっつけちゃうなんてね……」

「んー? あんなの、ざこざこだぞ? 多分ジョンや光彦でも余裕でいける」

「はぁ……キミと吸血鬼関連はやけに戦闘力高いね……」

「そうか?」


 オレは首を横に傾げざるを得ない。それは、ばかさねちゃんは最強極まりないし、ジョンとかの能力は中々反則的だが、光彦は筋肉で勝っちゃうだけだからな。

 しかし、筋肉に秘められた戦闘力というのはたしかに凄いのかもしれない。タンパク質の塊みたいなとこもあるが、造形美と効率に優れて究めれば考えられないパワーを発揮するからな。

 途中でオレが納得をしてうんうんしてるのを、どこか冷たい目で見つめ、蘭は言った。


「かさねちゃんが何を納得したかわかんないけど、まあいいか。確かに、あの時気を失っちゃって後片付け任せちゃってゴメン……取り調べとかボク、はじめて受けたよ」

「そうだなー。どう何を話せばいいか分かんなくてオレもびっくりだった! まあ、警察のおじちゃんから、最後に美味い飴もらったからまあ、いいけどなー」

「はぁ……重ちゃんったら、いやしんぼなんだから……まあ、でも一ケ谷さんが怪我なくて良かったけど……逆に、どうしてあれだけの怪我があっという間に治っちゃったの?」

「あ、それはオレも疑問だな。蘭も吸血鬼みたいな感じだったりするのか?」


 あの後、血を見た誰かの通報で警察やら救急車やらが来たのだが、しかしそれらの登場の前になんでかするする蘭の怪我、治っちゃったんだよな。

 まあ、良いことではあるが、蘭の怪我が治っちゃってたから、よく分かんないことになった。

 謎の大量血痕に塗れた少女とか、普通に事件的だと周りは大騒ぎ。

 お父が言ってたが、テレビにもちょっと流れたらしい。どこかのチャネルにばかさねちゃんの金髪キューティクルが映ってたとかどうとか。

 まあ、誰も彼もよく分からない事態に、また蘭も知らぬ存ぜぬしたらしいから、オレも根掘り葉掘り聞かれて、でもよく分かんなかったから、消化不良な今がある。


 やっぱり何か特別な力持ちだったりすんのかな、蘭はと思っていると、彼女は重い口を開いた。


「……キミ達には話さないとあまりに不誠実だよね……うん。仕方ない……ゴードリク、聞いてたよね?」

『……いいのか?』

「わ、ネックレスから何か声が出たぞ」


 突然響いた男の声に、オレは驚く。いや、まさか血だらけひらひら服の時からずっと付けていたネックレスが通信機になってたとは。どう見てもおもちゃの宝石にしか見えないんだが。

 口をぽかんなオレに、そのなんだ、ゴードリクとやらが続けた。


『まず……こちらの不足によって迷惑をかけてしまい、申し訳ない。我はゴードリク・バルトラム・ラグナルス。不躾にも聞いてはいたのだが、お嬢さんたちの名前は……』

「私は、高野三咲と言います。そして……」

「オレはばかさねちゃんだな!」

『なるほど、高野三咲さんとバカサネチャンだな? 確り記録した』

「わわ、重ちゃんのあだ名が記録されちゃった……」


 なんだか、オレの尊称が記録されたことを気にする三咲。

 だが、三咲が挙動不審でなんかエッチにぷるぷるしてるのはいつもの事だ。

 気にせず、オレは名前の長いゴードリクに問いかける。


「で、記録したのはいいが、ゴードリク、お前はどこにいる何者なんだ? なんか、ちょっとこの世のものではなさそうな感じがするんだが」

「か、重ちゃん怖いこと言わないで! もしこれがあの世からのチャンネルだったらとんだホラーになっちゃうよ!」

『ふふ……声色だけで察するか。中々やるな、バカサネチャン』

「そりゃそうだ。ばかさねちゃんは最強だからな」

『なるほど、君がこの世界の最強か……記録した』

「わ、重ちゃんの自称まで登録されちゃったよ……」


 今度は、純然たる事実まで気にしだした三咲。おかしなやつだ。

 だが、三咲が気にしいで、オレの胸とかスカートの奥とかよく見ようとしているのは周知の事実。

 気にせず、オレは天然ボケ持ちのような気がするゴードリクとの会話を続けた。


「それで、結局ゴードリク。お前はどこから話してる?」

『ふむ……その前にまず問おう。君らは蘭が異世界から転生を果たした人間だとは知ってるか?』

「オレは知ってる」

「え? 私は初耳だけど……え? 異世界転生って普通アニメの話だよね? 一ケ谷さん、どういうこと?」

「あー……実はボク、普通に前世男子で、この世界と似たような世界で一度死んでるんだ」

「ふえー……衝撃の事実だよー」

「あ、ちなみにオレも転生してるぞ!」

「重ちゃんも!? こんなにお馬鹿さんなのに、過去の記憶持ってたの?」

「失礼な」


 驚き、何かとんでもないことを三咲は口にする。

 バカなんて、天才極まりないばかさねちゃんがそんなことあるはず無いだろうに。

 オレったら、過去の記憶なんておまけ的なくらいの天禀持ちだぞ。やれば出来る子って、お母が何度言ってくれたことか。

 三咲のとんでも発言にぷんぷんするオレを他所に、ゴードリクは続ける。


『まあ、我はそれより遠い異世界……それこそ君らにとって魔法のような技術が発展している世界から声をかけている』

「なるほど。じゃあ、姿は見せられないのか?」

『いや……出来なくはない。こちらとそちらの世界には指先ほどの繋がりしか可能にしていないが、我の姿を映写するのは可能だ』

「そうだね、このように」

「わっ」

「おー」


 蘭のこのように、という発言をきっかけに彼女が手にしていた通信機的な宝石が煌めき、空中にホログラム的な何かが投影された。

 そして、病室にぴかぴか出来上がったのは、やたら偉そうな男の姿。長い青髪に、黒の瞳が特徴的な異人。なんでか王冠的なものを被ったそいつは、光彦に負けないくらいのイケメンだった。

 だが。


「こいつ筋肉ないな……残念だ」

『ふふ。我の美貌に負けず、むしろこき下ろしたのはバカサネチャン。君がはじめてだ。これも記録しておこう』

「わあっ、重ちゃんの歪んだ筋肉好きが異世界にまで記録されちゃった!」

「筋肉愛はメジャーだぞ? 異世界だろうが、それはきっと関係ない」

『いや、筋肉質はこちらの世界だと時代遅れでね。でも、君らにとってはそうでもないのか……面白い。これも記録だな』

「なんと」

「あー……話が逸れちゃってるけど、これで大体わかったかな? ボクはこの異世界の王様、ゴードリクに頼まれて、異世界から逃げて悪さを働く相手をやっつけてたんだ」

「へぇ……なんだか凄い」

「ふぅむ」


 異世界、そして王様。色々ととんでもワードが出てきたな。

 さしものばかさねちゃんとはいえ、ついていくのにやっとだ。なんでか三咲は早合点して目をキラキラさせているが、どうにもオレは素直に頷きにくい。

 だってなあ。なんでこういうのに王様が直ぐ出てくるんだ。普通は、何か他のやつに任せるだろ。それに、どうして頼むに選ばれたのが蘭なのかもよく分からない

 オレは自前のツインテールを両の手で掴みながら、つい言ってしまう。


「なんか、怪しくないか?」

「そう? 魔法少女的な創作ではよくあるパターンな気がするけど」

「いや、現実的に考えたら、悪人の圏外脱走とかこっちで例えるなら国家間の問題に近いだろこれ。なんで、蘭一人に頼んでんだ」

「えっと、それもそう……どうしてだろ?」

「なんだか知らんがどうやら既に繋がりが出来てるんだ。そんな両者にとってすれ違えば大問題になりかねないこと、小さく済ましたいにしても、一人に任せるのは悪手だって。……王様は、それくらい分からないくらい、馬鹿じゃないだろ?」

『ふふ……君は切れ者だね。覚えておこう』

「わ、重ちゃんがはじめて賢さ褒められてる! 異世界って広い!」

「三咲は何を言ってるんだ……」


 オレは、重ちゃんがシリアスやってる、だののたまってる空気読めてない三咲を白い目で見ながら、ため息を飲み込む。

 そして、オレはホログラムのように宙に描かれている怪しい王様を見定めるように見つめた。

 やがてゴードリクは、重い口を開いた。


『まあ、勿論最初は小さな盗賊団とはいえどうやってか異世界に逃げ出してしまったこんな大事、小事で済ますつもりはなかった。それこそ、我が政をその他に任せて出ずっぱりなのが証だ』

「あんたがこうして顔を出しているのはせめてもの誠意ってことか」

『その通り。だが、中々そちらへ直に連絡繋げるのは難しくてね。様々な魔法を用いたところでほんの少しだけ出力が足らず、中継点的なものが要った』

「ふむふむ。それが、異世界的な魂を持った蘭だったのか?」

『その通り。こちらの目算として距離的に魂だけ少しこちら側にズレているんだ、彼女は。だからまず、蘭に連絡をしてみた。こういう事情なんだが、どうしようか、と』

「ああ、最初はそんな感じだったね……」


 シングルテールを解いた、黒く長き髪を指先で遊ばせながら、蘭は感慨深げに呟く。

 なるほど、偶々見つかった蘭が選ばれ、そして話は始まったと。だが、以降がやっぱりちょっと妙なんだよな。どうして蘭一人で戦っている?

 せめて誰か助けがあればあんなボロボロにならなかっただろうに、と思う。

 そんなオレの疑問に応えるように、ゴードリクは続けた。


『それで……こちらの事情に詳しくない我は方針を蘭と立てた。我としては、事情を広く暴露して賊共を早々捕まえ事態を収集したかったのだが……』

「ん? 蘭がそれを許さなかったのか? どうしてだ?」

「それは……魔法とか世に知れ渡ったら絶対悪いことにだって使われかねないと思ったし、何より……」

「何より?」

「ぐっ」

「?」


 何より。その続きをオレは聞きたくて首を傾げたが、しかしなんだか蘭からはくぐもった声が出るばかり。

 ぐ、愚かということだろうか。いや、流石にそれは決めつけるのが早すぎるな。

 どんな考えがあって、蘭は力と情報を自分だけに留めたのか。それが気になりなんだかわくわくすらしていたところ。



「これ、ボクの魔法少女フラグじゃん、って思っちゃたからさ!」

「えー……」


 そんな残念言葉に、オレのやる気はがくりと下がったのだった。

 いや、なんでか三咲が分かるー、とか言ってるけど実際じゃああのズタボロは自業自得で、蘭がオレやゴードリクに迷惑かけたばかりで。

 更にあのひらひらパステル衣装はただの趣味ということになり、やれやれだ。


「てい」

「痛っ!」

「ばかさねちゃんチョップだ。反省するんだぞ?」

「うう、めっちゃ痛い……ごめんなさい」


 蘭は友達だ。だから、ホント、もう危ないこと独りでするなよな、と思うのである。

 涙目の少女の謝罪を、オレは満足して受け取った。




『ふむ……中々面白い子だな。我の心に留めておこう』


 だからその時、宙にまだ浮かんでたゴードリクの視線の熱が増したことに、オレはこれっぽっちも気づかなかったのだ。

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