第二話 好きってなんですかい?


「じゃあな、ばかさねー」

「ばかさね君、気をつけて帰るんだよ」

「ばかさねさん。今日は体育の時間、どうもありがとうございました。それではまた明日」

「おお。皆、またなー」


 部活に向かう準備をしている奴や、よく片隅でくっちゃべってる(どうやら毎日飽きずに猥談をしているらしい)男子たち、そして体育という無双タイムにオレと一緒に組めたラッキーガール。

 彼ら全員に愛称で呼ばれていることに満足して、オレは手をぶんぶんと振りジャンプまでして笑みを見せつける。お前らの愛するばかさねちゃんだぞ、っと。


「ぐべ」


 おう、やり過ぎてべちりと顔に尾っぽのひとつが当たっちまった。自慢のキューティクルも物理的に目に入れば痛いだけだ。オレは背中に沢山の笑い声を感じながら、逃げるように帰路へと就くのだった。

 目をこすりつつ、オレは人の流れに乗って下駄箱へと到着する。なんでか時々ラッピングされて置かれている飴ちゃんは今日はなく、ならオレは靴を履き替えるだけ。

 中学からサイズの変わらないあんよを入れて、オレは脱兎。アイツが待っているだろう校門横まで駆けるのだった。


「おう。お待たせ三咲! いくぞ!」

「重ちゃん……わわ、手引っ張らないで」

「おおー」


 そしてオレは待ってくれていた彼女、今回の人生で一番だと胸を張って言える友達、高野三咲の華奢な手を取りそのまま周りをぐるぐる廻りだす。

 引っ張って連れてこうと思ったんだが、あれだ。ウェイトの差がありすぎて引きずることも出来なかった力がそのままオレの回転の勢いになっちまってるんだな。

 ちっこいオレと違って、三咲はでっかいからなあ。そして擬音で表すならオレがストーンで三咲はドカーン。そりゃ持って行こうと手をつないでも月みたいに周囲を廻るばかりになるわけだ。

 ぐるぐるぐる。なんだか楽しくなってきたな。もっとやろう。


「もうっ、重ちゃん。おふざけばかりしてると、勉強もう教えてあげないよ?」


 すると、柳眉をひそめた三咲がオレをたしなめてきた。その内容を聞いたオレは慌てて止まる。そしてすたっと着地だ。


「それは困るな! 三咲先生にストライキされてこれ以上成績が悪くなったらお母にコロされちまう!」

「なら、楽しくても暴れないの。ほら、重ちゃんたら、スカート捲れちゃってたよ?」

「あ、オレのクマさんパンツ丸見えだったのか。これは恥ずい」

「はぁ……ちっとも照れてないのが不思議。本当に重ちゃんって私と同い年?」


 なんだかぼやいてる三咲を他所に、オレはスカートを正す。どうやら動いている間にリュックと背中の隙間に端っこが挟まっていたみたいだ。皆におしり見せてたなコレ。

 まあ三咲は気にしているようだが、開けっぴろげを気にするほどオレだって若くない。前世数えたらアラサーだしな。ふざけてちっちゃなぞうさんを披露していた前世の幼少期と比べりゃこんなの恥にも入らない。

 そんなことより、今日のご飯の方が気になるところだ。気を取り直して歩みだした三咲に付いていきながら、オレは尋ねた。


「なー、三咲。三咲ん家の今日のご飯はなんだ?」

「んー……そうだね。肉じゃがかな」

「昨日はカレーじゃなかったか? 具材の使い回しだな! レシピに困ってるならお母連れてこうか?」

「うーん。結さんはコックさんだからレシピ色々知ってるだろうけど……流石にそこまでご迷惑をかけるわけには……」

「何水臭いこと言ってんだよ。三咲とオレの仲じゃんか。お母も三咲のこと好きだっていってたぞ? なんかオレと交換したいくらいとか言ってたけど、あれってどういう意味だろうな?」

「あはは……それは私には分かんないな……」


 オレは疑問に首を傾げながら三咲のちょっと苦そうな笑みを見る。

 変だな。なんか、友達の家の夕飯事情を聞いてみたら、最終的にお母が言ってた言葉の意味に悩むことになった。

 お母はオレのこと大好きに決まってるのに、それを三咲と交換したがるなんて、どういう了見なんだろう。あれか、交換留学的な何かをしたいのかな。可愛い子には旅をさせよってやつか。


 まあ、そんなことよりお母さんが出てっちゃったからって家事を一手に担ってる三咲の方が心配といえばそうだな。

 今は飯屋の娘ってことでサボってるけど、オレも誰も作ってくれないからって前世一人でご飯作ってたりしたからな。その大変さは分かるぞ。


「あのさ、三咲。大変だったら言うんだぞ?」

「ううん。前に重ちゃんが色々と教えてくれたから、大丈夫。……ホント、あのときは重ちゃんが意外なくらいに家事のイロハを知ってたから助かっちゃった」

「そうか?」


 うーん。前に家事がわからないって公園で泣いてたところを見かねて色々と手助けしてやったけど、それくらいで大丈夫になるもんかな。

 ちょっと教わったくらいじゃ家事って別に楽になんないだろ。暇なときは力になってやったっていいのにな。遠慮してんのか、変なところで頑固なやつだ。

 三咲を安心させるためにオレは胸を張って言い張った。


「こんなんで良ければ胸くらい貸すぞ?」

「……ごくり。いや……間違ってるよ重ちゃん! お胸じゃなくて手!」

「手? こうか?」

「うわっ、とっても柔らかい…………ってこれじゃあお手だよ!」

「ワン!」

「お手からの連想かな? そうだね、犬の鳴き真似お上手だね! でも私が抱きしめたくなっちゃうから止めてー!」


 くぅん、とオレは頭を抱えて奇声を叫ぶ三咲を悲しく見つめる。せっかくの美人さんが台無しだぞ? 三咲って見ただけならクール系なのにな。

 いや、手がどうのこうの言うからふざけたてみたところ、この大混乱だ。そんなにオレの犬のマネ、迫真だったのだろうか。

 以前から好きで動物クッキーならよく食べていたからな。オレのそんなところが出ちゃったんだろ。

 しかし、三咲は犬がだめなのか。そうか、ならこっちにしよう。


「にゃん?」

「その上目遣いが素敵! わーもう理性とか知らない知らない!」

「わっ」


 そしていたずらに猫の鳴き真似をしたオレは、なんだか混乱した三咲にしばらくもふもふされたのだった。




「ひどい目にあった」

「ごめんなさい……ちょっと興奮しちゃって……」

「いいけどな。しかし、三咲が猫嫌いだとは思わなかったな」

「え? どういうこと?」


 しなしなになってしまったツインの尾っぽを整えながら、オレは落ち着いたはずの三咲が再び慌て始めるのを横目で見る。

 情緒不安定で変わったやつ。だが、三咲のそんなところが面白くてオレは好きだ。

 三咲のよくわからない疑問に、オレは腐らず真面目に返答する。


「ん? だって三咲、あんなに混乱するくらいにオレのモノマネが嫌いだったんだろ?」

「相変わらず重ちゃんはズレてる……むしろ好きだから興奮しちゃったんだけど」

「んー……どういうとだ? 好きだと興奮するもんなのか?」


 三咲の言っていることが、オレにはよく分からない。

 好きだとむしろ落ち着くんだと思うんだけれどな。ニコニコふわふわとなるというか。

 むしろ好きを表すときにはクラスメートとの別れ際みたいに興奮することもあるな。それとは違ってただ好きだから興奮、か。


「そりゃそうだよ! 私とか、重ちゃんの前で興奮しっぱなしだからね!」

「ふーん……」

「まさかのスルー!?」

「いや、三咲は病気だなとは思ったが、それ以上に興奮が好き、か……」


 病気!?とか驚く三咲だが、いや普通にそれって病気の勘違いだろう。動悸とか風邪でもひいたんだろう。

 流石に興奮しっぱなしっていうのは身体に毒だから早く快方に向かって欲しいと思う。

 だが、それは時間でなんとかなるだろうから置いておいて、もし好きが興奮と直結しているのだとしたら、それを感じる人間は一人。


「ひょっとして、誰か気になる人でも居るの?」

「ああ、見たらドキドキするような奴が居ることは居る」

「誰! どんな人?」


 そう、ドキドキするのだ。あのせり上がった胸元、弾けそうな大腿四頭筋。笑みにすら表情筋の優れを感じられた。

 オレは昔から筋肉を愛している。それが好きといえば、その通りなのだろう。

 そして、それを一番に感じられる元親友。光彦のことをオレは驚きに目をかっぴらいた様子の三咲に語り始める。


「二十九歳の多分独身の男だ。一人暮らししてるな。オレとは友達からとか言ってたぞ」

「はい、これ聞いただけでアウトポイント二つ! アラサー男子と女子高生とか普通にアレだし、友達からとか明らかにそれ以上を求める下心に溢れてるじゃない!」

「そういやアイツ、契約者とか吸血鬼とか言ってたから、中二病っていうのでもあるのかもな」

「はい、こじらせ過ぎでスリーアウト。チェンジよチェンジ! 重ちゃんはそんな人と関わっちゃダメ!」


 両手でおっきなバツを作りながらブーブー言う三咲。いや、関わるも何もオレからアタックして先日変な感じで仲を取り戻したばかりなんだが。

 ダメと言われても。三咲の黒い瞳を真っ直ぐ見つめて、素直にオレは言う。


「でも、オレはアイツと仲良くしたいぞ?」


 それは本当に。オレがオレである理由が、もしアイツにあるのなら。

 そうでなくても大好きだった光彦だ。それがちょっと変わろうがオレは変わらない。

 また、仲良くなりたい。そして前みたいにバカをやりたいと思う。


 首を傾げるオレ。膝に尾っぽの先がぺちりと当たる。

 何だか急におとなしくなった三咲。空気もどこか重くなったような、そんな気がした。

 まあ多分それは気のせいだろう。ツツジは風に揺れているし、空は雲を大いに浮かばせている。

 当然、潰れなかった三咲はぽつりとつぶやくのだった。


「……重ちゃんは……その人のどんなところが好きなの?」


 どんなところが、好き。

 そんなの答えるのは簡単だ。だって親友なんだ。思い出でもある。何しろ大切だったんだ。

 オレが以前、キラキラ光っていたその証。それのどこが好きっていうなら。


「んー。全部だな!」


 そう、答えるしかないだろう。

 オレは多分、とってもキレイに笑えたと思う。


「そう……分かった」


 でも、どうしてだろうか。更に雰囲気は妙な感じになる。

 重いどころかなんかじとっとしてきたというか。目の前の三咲の笑顔だってなんかおかしい気がする。


「うん?」


 よく分からずにまた首をかしげるオレ。今度は髪の房が肩に上手に乗っかった。

 すると唐突に、オレとは比較にならないくらい大きな胸を張って、三咲はまた妙なことを口走るのだった。


「重ちゃんがその人に騙されてるってこと」


 瞳がぐるぐるぐるぐる。焦点はどこ行ったんだろう。オレは目を回しそうになる。


 おかしな様子におかしな言葉。

 三咲がなんか勘違いしてるな、っていうのはオレにもなんとなく分かったのだ。


「私が助けてあげるからね」


 そして、そんな余計なお世話まですると言う三咲にオレは顎に手を当て考えて。


「むぅ……意味分かんないな! まあそれでいいや!」


 じとりと見つめる彼女の隣で賢くも、理解を放棄するのだった。




 天気の良し悪しなんて、どうでもいい。そんなの気にしなくたって、世界は回ってる。

 だから、ちょっとくらい間違っていても。


「どうとでもなるだろ」


 そうに違いない。だって、オレは親友たちを信じてるから。




「うふふ」

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