第35話


「……え?」


「このコンビニに幽霊がいようがいまいが、私の人生には関係が無い。私が知りたいのは、今朝から起き続けてる妙な出来事の原因とその正体で、それが偶然でない、たとえ幽霊だろうと人間だろうと神だろうと何者かによって起こされている事であるのなら、その一切を許す気なんてまるで無いから。気に入らない事があるんならコソコソやってないで、正々堂々姿を現して直接文句を言えばいい。車に轢かれたり飛び降りなんかさせられないといけない程、皆は本当に悪い事をしたの? こんなに調べ回ってやってるのに未だ尻尾さえ出さないくせに、それで罰が当たっただの不明瞭な事言って終わらせようとしてるんなら、もう幽霊だろうがぶん殴る。っくに死体なくせに何生者に干渉してるのよ。よくもキイやモトを不安にさせたわね。守谷だって藤宮さんだっておかしくさせて、井ノ元達にだって大怪我させて。正当な行為だって言うんなら、筋道立てて説明してみなさいよ。最初から逃げも隠れもしてない、ずっとあんた達の正体を追い続けてる、私の前で!」


 怒りを爆発させたシーは右足を振り上げ、その足裏でアスファルトを踏み付けた。硬い音ががらんとした駐車場に突き刺さり、蝉声せんせいすら掻き消して鳴り渡る。


 驚いた俺が両肩から手を離しているのにも気付いていない様子で、シーは俯いたまま余りの怒りによる興奮にか、十数秒間荒い息を繰り返した。胸に片手を当ててやっと息を整えると、呆然としている俺を見上げる。


 その顔に頼り無さなど残っていなかった。最早憎悪にも近い強烈な信念を宿す双眸は爛々と輝き、何人たりとも行く手を阻む事は許さないと示している。


「実在してるんなら上等。飛び降りる間際の井ノ元で、言葉が通じる奴もいる事は分かってる。井ノ元達がモトを連れて肝試しに行ったっていう、うぐいす旅館を調べに行く。今すぐ調べられる原因の居所は、現状そこが最後だから」


 言葉が咄嗟に口をいた。


「何が起きるか分かんねえんだぞ」


「そんなの今日一日ずっとそうだった」


「もう危険度が今までの比じゃねえ。幽霊はいるんだ。さっきのトイレみたいに、前触れも無く現れて消えるような、人を惑わして飛び降りさせるような奴らなんだぞ」


「だから何。死んでれば何されても怖いからって見逃すの?」


「違う。俺はお前が心配なんだ」


 シーの両肩を掴んだ。少しでもこれ以上力を入れたら、砕けてしまうんじゃないかってぐらい細くて頼り無い。その強情な性格と華奢な身体がどこまでもちぐはぐで、いつも見ていて不安だった。


何遍なんべんこの話繰り返す気だってうんざりしてるだろうけどな、百回目になったって言い続けるぞ。俺はお前に、危ない目に遭って欲しくない。それだけなんだ。だからお前が調べる手を止めないって言うんならこうやって付いて行くし、何かあった時にはなるべく危険から遠ざけようと、何度でもお前の手を引いて連れ出して来た。でもこれ以上はきっと無理だ。幽霊なんてどう対処すればいいか分かんねえ。お前だって同じだろ? どうすればいいかも分からねえ奴に近付いて、もし取り返しの付かない目に遭ったら、キイもモトも、俺も悲しむ。守谷だって藤宮だってそうさ。友達思いなのは知ってるし、正義感があるのも素晴らしい事だ。お前みたいにそれらを全力で燃やして怒れる奴も滅多にいねえよ。お前の気持ちは正しいし、何も間違っちゃいない。でもその為にお前は、身を滅ぼすかもしれない事をしようとしてるんだ。幾ら正しくたって美しくたって、お前にそんな事して欲しくねえんだよ」


「……ここで立ち止まって、掴めるかもしれない真相を取り零して、今日の出来事が全部、ただ気味の悪い思い出として終わったとしても?」


 シーの語気が微かにだが、確かに迷いで弱まる。いつも無表情を貼り付けている原因であるその共感性の高さで、俺の気持ちが分かってしまい板挟みに苦しんでいる。自分が俺の立場なら、こうして引き止めたくなって当然だろうと。


 堪らずシーが逸らした視線を追いながら、強く頷いた。


「ああ」


 シーは弱くなった声のまま返す。


「私はそんなの嫌。顔も名前も知らない奴に、友達がいいようにされたのにだんまりなんて」


「俺も心底ムカついてるさ。でもお前をこのまま行かせたくない」


「このまま手を引けば日常が戻って来る保証も無いのに? もしかしたらここで引いたら、全部元に戻らなくなるかもしれない」


「ああそうさ。それでもだ」


 シーはすがるような顔になって、逸らしていた視線を俺へ向けた。


「どうして? 私を引き止められるなら、キイやモトに何かあってもいいの?」


「構わないさ」


「何言ってるの? 分かんないよ」


「確かな事が何も言えない状況になったって、お前が誰より大事だからだ」


 また視線を逸らそうとしていたシーは息を呑み、見開いた目で俺を見る。


 俺は今を逃したら、一生伝えられない気がして言い切った。


「お前がいない日常なんて要らない。出会った時からそうだった。お前と出会ってなかったらキイやモトとも友達になれてなかったし、きっと今と全然違うつまんねえ毎日を過ごしてた。大袈裟だって思ってるだろうが、お前は俺の人生を変えたんだよ。そんなお前を見殺しにするような事をしてまで守りたいものなんて俺にはえし、だから何度聞き流されても引き止めようとここまで一緒に歩いて来た。他の全てが日常に戻ったとしてもお前がいないんじゃ、俺にとっちゃあ何の意味も無いんだよ。もうそれ以上、得体の知れない方へ踏み込むな。側にいろ。ここで引き返すなら、お前を守れる」



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