第33話


 店員は考え込むような顔になる。


「難しい事くねえ……。改めて問われると困るけれど、僕は常識じゃ判断が付かない事を、取り合えず幽霊って呼んで括ってる。今の電話の音とかね」


「お兄さんって幽霊が見えるんですか」


「霊感のある人といる時は見えるけれど……。え? 君達も普段から見聞きしてるんじゃないの? さっき電話の音が聞こえてたんだから。僕驚いたよ。あの音、誰にでも聞こえるものじゃないから。他のバイトの人でも聞こえる人と聞こえない人いるし、お客さんで聞こえる人は滅多に会わないから。まして自分で調べに行くなんて、君達が初めてだったよ。そういうの凄い慣れてる子達だと思ったけれど……。違うの?」


 目を丸くする店員の言葉に耳目を疑った。


 慣れてるだと? なら昼間、部室の廊下に現れたあの黒い人影は見間違いじゃなく、本当にあの場所にいて、俺達を見てたってのか? なら軽音部の幽霊も実在する? そしてシーはあの時やっぱり、あの黒い人影が見えていた? なら何だ、あの足立の首が無くなってた写真も、村山や守谷がおかしくなったのも、井ノ元達が飛び降りたのも、霊の仕業だって言うのか?


 シーは絶句していた。何秒そうしていたんだろう。俺もショックで呆然としており正確な時間は分からないが、俺の体感では十秒はそのまま動けなくなっていた。


 シーは生唾を飲み込んでから、店員へ尋ねる。


「おきつね様って、聞いた事ありますか。さっきまで図書館で調べてたんですけれど、何も出て来なくて」


「おきつね様っ?」


 店員は、急に尋ねられた内容に驚いたように声が高くなるが、すぐに「あー」と覚えがあるような声を漏らした。


「小さい頃、親父の方のばあちゃんが似たような事言ってたなあ。ここから電車で小一時間ぐらいの所に住んでたけれど」


 シーは思わず一歩踏み出す。


「どこかの神社で祀られてたんですか? 罰が当たったとか言ってた人がいて」


「んー神社は記憶に無いや。凄い狭い地域の人の間でしか伝わってない内容みたいだったし、嫌われてたし」


「嫌われてた?」


「子供が悪さしないようにする怖い話みたいなものだよ。今は公園だか住宅地になってるけれど、僕が小さい頃はあの辺にでっかい山があって、そこで遊んだらおきつね様に攫われるから山には行くなってばあちゃんがよく言ってた。……何だっけかな。ばあちゃんが小さい頃はどこも農家ばっかりだったから、当時その山に住んでた狐を、畑が荒らされるからって近所の人が撃ち殺したら不幸が起きるようになったから、その山には行っちゃいけないし、その山の周りで遊んだらいけませんとか何とか大真面目に話してたよ? 開発が進むにつれて人の出入りが増えて畑も山も消えたから、そんな話知ってるのは昔からあの辺りに住み続けてるお年寄りぐらいじゃないかな」


「電車で小一時間ぐらいって、何て名前の駅で降りるんですか?」


すずり駅」


「ありがとうございます。助かりました」


 シーは周辺の棚を見回すと何かを見つけ、素早く近付くと手に取った。懐中電灯だ。俺の分も含めた二本。


 それを持ってお兄さんへ真っ直ぐ歩き、レジへ懐中電灯を置く。


「これ下さい」


 店員はそんなシーを見て、困ったように眉を下げた。


「……よく分かんないけれど、見聞き出来るならあんまりそういう場所には行かない方がいいよ。ホラー映画じゃないけれど変な事起きても不思議じゃないし、その所為で何かあっても、誰も信じてくれないしさ。気持ち悪い思い出が出来るだけだよ」


「用事があるんです」


「そっか。じゃあ仕方無いね。ポイントカードはお持ちですか?」


 仕事モードに戻った店員は懐中電灯を手にすると、慣れた調子で会計を始める。


 その光景で現実に戻って来たような気分になった俺は、慌ててシーに追い付いた。俺の分まで纏めて払おうとしていたのでちゃんと出す。


 店員はシーへポイントカードを返し、お釣りを渡した所で言った。


「頭で考えても分からない事って沢山あるし、そういう事がある事自体を、僕は別に悪いと思わないけどね。お互いに迷惑をかけずにやっていけたら、それで十分だと思うよ。在るだけで駄目なものならっくに誰かが何とかしてるし、どっちかが迷惑をかけて何かが起きてるんなら、自業自得に過ぎない話じゃない?」



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