第31話


 ジリリリリン、ジリリリリン、と電話のベルが鳴り渡る中、トイレを探した。


 シーがレジと逆方向へ頭を向けているので、ならってそちらを見る。店に入って左手の壁際にレジがあって、右側の壁際に並ぶ飲料の棚の隣に、明かりの点いていない短い廊下を見つける。突き当たりには鏡が付いた洗面台、エアータオルがあった。トイレのドアは見当たらない。多分各トイレの個室は、今俺達が背にしている壁側へ設置されているんだろう。向かいの壁際には掃除道具でも入っていそうなロッカー代わりの小部屋があり、鍵の付いていないドアが微かに開いていた。


 まだ電話は鳴っている。ジリリリリン、ジリリリリン。音量は変化せず、繰り返されるペースも一定で、段々と録音したものをループ再生しているような印象を覚えて来た。だがよく聞くと少し籠っているし、確かにトイレの方からより強く響いているのが分かる。


 シーの靴音が響く。足取りは大股で、まさにずんずんという効果音が相応しく、然しいつ駆け出してもおかしくないぐらいの速い歩調が焦りを生々しく表していた。慌てて追い付くがシーはもう共用トイレのドア前で、俺に構わずシーはノブを掴むと開け放つ。室内は、車椅子を使う人や障害を持っている人でも使いやすいよう、手すりが配置されていたり、かなり広いスペースを使って設置されているが、それ以外は普通のトイレだった。


 まだ音は止まない。ジリリリリン、ジリリリリン。


「そこで待ってろ」


 踏み込もうとするシーの肩を掴むと廊下に押し止め、トイレへ入る。室内にもある洗面台や、補充用のトイレットペーパーがしまわれてある棚を物色した。洗面台の脇に置かれた芳香剤の後ろや、ゴミ箱の中まで見たが何も無い。


 ジリリリリン、ジリリリリン。ジリリリリン、ジリリリリン。


 立ち尽くす俺の周りで、電話の音は鳴り続けている。ふと音の種類に聞き覚えを感じた。やっぱり自分のだったなんて間抜けな気付きじゃなくて、今時実物では出会う事の無い、映画の中でしか見聞きした事が無い、黒電話の音だと分かって。


 心臓がバクバクと脈打っていた。


 何で黒電話。いやそんな事どうでもいい。何でこの辺りから聞こえるのに、スマホの一台も見つからないんだ。店の電話でも俺達の電話でもないんなら、誰かの忘れ物以外有り得ないだろ。


 ドアも開けたまま廊下に飛び出して、隣の女性用トイレのドアを激しくノックする。返事は無い。鍵もかかっていない。ドアを開けようとノブを掴んだ。その手を誰かに掴まれる。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る