第29話


 言うと思っていたが、いざ口にされるとぐったりする。いや、放っておいても自分から言い出して、実行する事も分かっていたが。俺が同行してもしなくても。


 このまま、いつもやってる通りの下らない話に花を咲かせて、適当な所でまた明日って言って別れられたら、どれ程いいか。……こいつはそう思わねえのかな。


 おどけた態度のまま尋ねた。


「何しに?」


「この一連の事件の真相を掴むヒントを探しに。他に今調べられる事も無いし。図書館で調べ物してる合間に、モトと守谷に体調どう? って連絡してみたけれど、どっちも未読なんだよね。キイはバイト中だからスマホ見れないし。藤宮さんにも体調とか、あの後学校の様子はどうなったかとか連絡してみたけれど、こっちも未読」


 ついシーの顔を覗き込んで尋ねた。


「……全員か?」


「うん。まるで示し合わせたみたいに」


 シーは立ち止まると、スカートのポケットからスマホを取り出し確認した。画面の照明が、無表情のシーの顔を照らす。


「皆何してるんだろうね。何時間もスマホ触らないなんて考え辛いし、無視していい内容じゃない事は、分かる筈なんだけれど。守谷と連絡がつかないから、足立の状態をく事も出来ない。本当におきつね様って言って、本当に自分から階段を転がり落ちたのか。……昼間はキイと普通に連絡取り合ってたみたいなのに、何で音信不通に」


 ここまで一度も弱音を吐かなかったシーが、浅く嘆息した。だが、すぐにいつもの無表情を貼り付けて言う。


「だから今出来るのは、廃旅館の調査だけ」


 目元に濃い疲労が滲んでいる。数時間かけて大量の本と睨めっこした所為だけでは無いだろう。精神的にも肉体的にも、もう限界の筈だ。そもそも相当華奢な通り体力のある奴じゃない。眠そうに空いている手で目をこすり出す。


「長居はしないよ。モトの家にも行かないといけないし」


「モトの家は俺が行くからお前は寝ろ。その前にコンビニで飯だ。あったら懐中電灯も買っていこう。スマホのライトだけじゃ充電が切れそうだ」


 自分のスマホを確認するがもう半分も無い。ずっとあちこちに連絡を送ったり、すぐに返事に気付けるように電源を入れっ放しだから当然だが、こうも不可解な事が起きている状況下で連絡がつかなくなるのは避けるべきだ。


 歩き出す前に改めてシーに念を押す。


「言っても聞かねえし放っておくなんて最悪だから付いて行くが、廃旅館でも何も掴めねえかもしれねえぞ。何時間もかけて調べたおきつね様だって何も出て来なかった」


 シーは俺を見上げた。


「うん」


「今の所、その廃旅館が調べられる最後の当てだ。それが終わったら今日はもう諦めて、帰って寝るんだぞ。モトの家には俺が行く。結果は後で連絡する」


「分かった。また明日調べる」


「調べても分からない事は世の中に沢山あるんだぞ。さっきのおきつね様みたいに何時間もかけてる内に変な事も収まって、まあいいやで終わるかもしれねえ」


「うん。それでも、収まるまでは調べ続ける」


「お前までおかしくなって怪我してもか」


 シーは考え込むように、視線を一瞬脇へ逸らした。


「程度によるけれど、たとえば正常な思考が出来なくなったり、調べ物をするにも歩けないぐらいの怪我をしたら、どうにもならなくなる。そこまで大きな事にならなくても、この件に関わる気力を削がれるぐらいの恐怖を覚えたら手を引くよ。私だって普通に、怖いのも痛いのも嫌だし、死にたくない人間だし」


「普通の人間はっくにビビッて逃げ出してる状況なんだが」


「じゃあ私は、メンタルがやや強めって事で」


「鋼のように強靭だわアホ」


 全く頑固者め。



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