第27話
シーは俺の怒りを受け止めるように、少しの沈黙の後答えた。
「分からない事を分からないままで放っておけば、解決になるの」
「これ以上深入りして、お前まで飛び降りたり車に轢かれたりするのは御免だって言ってんだ! 何で分からねえんだよ、そうやって危険に突っ込んで行くお前が、心配だって言ってんだ! 誰も心配しないと思ってんのか!? キイやモトの気持ちも考えろ!」
「心配の仕方が違うだけ」
シーは静かに言って目を伏せると、垂らしていた両手を膝の上で組んで俺を見据える。その仕草は苛立ちを誤魔化す為のものでも、反論が思い付くまでの時間稼ぎでも無く、ただ座り直しただけの動きと分かった。怒りなんてそもそも覚えていない、然し俺を拒絶するとも違う、ただ目の前の状況と向き合っているだけの目をしていて。自身の頬を伝って滴る汗にすら気を取られていない、徹底的な理性を纏い。
「ここで手を引いて、この件には一切関わらない事にしたとして、私達の生活に平穏が戻って来る確証は無い。キイとモトに事情を全て話したとして、二人は安心するのかな。不安だけが大きくなって、なら自分達が危険な目に遭わないようにするにはどうすればいいんだろうって混乱も生じる。私はその時になるべく、二人を守れるように有用な情報を手に入れたい。ただそれだけ。自分を軽んじてるつもりは一切無いし、周りの心配を理解してないつもりも無い。ユウが怒るのも分かってるつもりだよ。自分を守る為に友達が危険な目に遭ったら、罪悪感も胸の悪さも尋常じゃないって。でもここで手を引いても、どうすれば危険を避けられるのかっていう疑問は消えない。なら私は、危険に目を瞑ってでも、この件について少しでも知りたいと思う。手伝ってくれたら助かるけれど、強要はしないよ。手を引くのも止めない。もし私に何かあっても、止めたのに聞かなかったって言えば、キイとモトも納得するよ。私が頑固なの、知ってるし」
「……何かしら納得出来る結果を掴むまでやめないって事か。目の前で井ノ元が飛び降りたのを見たのに」
「
「足立が自分で階段から転がり落ちたのも忘れてないか」
シーは思い出したようにぽかんとした。
「ああ。忘れてた」
その顔が本当に間抜けで、両手を腰に当て呆れ顔で尋ねていた俺は、つい噴き出してしまう。
「何でだよ。守谷の彼氏だろ」
「試験勉強も
「いやしっかり覚えてんじゃねえか」
「何であんなんと付き合ってるんだろうね。守谷」
「俺が知るか」
てかあんなんって。こいつも疑問だったんだな。
シーはブランコから立ち上がる。
「昔から男運悪いんだよね。悪趣味なのか。私なら付き合わないよって、いつも言ってるんだけれど」
「ふうん。そういうお前はどういう奴と付き合うんだよ?」
シーは、ブランコの支柱に立てかけていた楽器ケースを背負いながらこちらに歩いて来た。
「理解し難い事と
「うるせえよ」
隣で立ち止まるシーの頭へ、苦笑しながら軽くチョップを入れる。
咄嗟に目を閉じていたシーは、頭へ手をやりながら瞼を持ち上げると出入口へ向いた。
「おきつね様を調べに図書館に行く」
ブレない奴め。
俺は肩を竦める。
「まあ、他に情報が得られそうな場所も
肩を並べて歩き出した。
「嫌なら帰ってもいいよ」
「アホ。キイとモトに怒られるわ」
「てか人目に付かない場所選ぶの上手いよね。あんなボロい自販機見た事無い」
「誰かさんが見つかったら厄介な事にばっかり首突っ込むからな」
「別に警察に時間取られてもいいけれど、何だか逃亡犯の気分。村山の件でもあれこれ
木陰が切れ、再び太陽光が直撃する炎天下へ踏み出した途端、シーは眩しそうに目を細めると立ち止まる。
シーを待とうと足を止めた。確かに歩くだけで気力が要る真夏日だ。早くコンビニでも動いてる自販機でも見つけて、水を買ってやらないと。
日差しで白く照らされる景色の中で佇むシーの姿は、余りに儚い。じっと見ていると季節感が狂って来る程白い肌と、病的一歩手前なぐらい華奢な身体の所為で、そのまま景色に溶けて消えそうに見える。背負っている黒い楽器ケースが嫌に浮き立って、それだけが嫌に存在感を投げて来た。昼間でもいるかいないか分からない見え方をするなんて、本当に幽霊みたいだ。
ここまで徹底されてるならもう生来なんだろうし見慣れてると言えばそれまでだけれど、どうしてこいつってこんなにも落ち着いてるんだろう。口にしていないだけでもしかしたら、この一連の奇怪な事件の真相を、もう掴んでいるんだろうか。
「何かこんな雰囲気だったっけ」
日差しに慣れ切っていない目を細めたままシーが言った。
「ん?」
「ユウと初めて会った日。こんな感じだった気がする」
余りに唐突でつい笑ってしまう。
「何だよ急に」
「さあ。何か急に気になって」
「熱中症は勘弁してくれよ? 先にコンビニにでも入ろうぜ」
シーの腕を掴んで公園を出た。
引き
「かもね」
その声はどこか、無感情な気がした。
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