第13話


 守谷は正気に戻ったが、それまでの事を全く覚えていなかった。幾ら尋ねても校舎で一旦分かれて以降の事を思い出せず、キイにコンビニで問い詰められるまでの間、自分が何をしていたのか何も記憶に無いらしい。自分のスマホの履歴に足立へ電話をかけた事が残っているのには驚いていたし、階段から落ちて病院に運ばれたと教えたら酷く動揺した。俺もキイもシーも、どう反応すればいいのか分からなくて、取り合えず足立との通話が切れた直後に履歴に残っている、足立の母親からの電話に折り返してみた方がいいんじゃないかと伝えて別れる。この遣り取りの間だけで、守谷がすっかり普段の調子になっているのは分かっていたし、もう疑う気にはなれなかった。疑った所で何の解決になるのだろうと、諦めただけかもしれない。


 村山が轢かれた現場からは早々に離れた。いた所で気分が悪くなるだけだ。キイの提案で駅前の大きなショッピングモールへ行き、昼食時間とぶつかって賑わっている店内をぶらぶらと歩く。どれぐらい歩いたんだろう。俺は呆然としてしまって、何の気晴らしにもならなかった。何軒目かも分からない店をウィンドウショッピングし終えたキイが昼食を摂ろうと切り出し、フードコートへ移動する。キイの言うままにファストフード店でハンバーガーのセットを注文して、全員分の昼食が揃った所でキイは、緊張の糸が切れたのか大きく伸びをした。


「はーあ! もー散々だよ今日は! 皆で美味しいもの食べて元気出そう!」


 いまいち食欲が出ない俺は、曖昧に頷く。


「ああ、まあ……」


「ああそうそう! さっき注文待つ間守谷ちゃんから連絡あってさ、足立が階段から落ちた時の事教えて欲しいって、足立のお母さんに頼まれたから病院行くって。これで守谷ちゃんももう大丈夫でしょ。大人の側にいる事になるし、井ノ元達に見つかっても何かされる心配無いって!」


 キイは言うなりスマホを取り出した。守谷との遣り取りを確認してるんだろう。


「そうか、よかったな……」


「そう! 全部オッケー! あー私ここのカルビバーガー大好きなんだよねえもうちっさい頃から食べてる! 期間限定と言わず常に置いてくんないかなあ美味しいのに!」


 キイはトレイの脇にスマホを置くなり包装紙に包まれたハンバーガーを掴み、待ち切れないと言わんばかりにバリバリ音を立てて包装紙を開く。早速かぶりつくが、まだ手を着けていない俺とシーに気付いて眉を吊り上げた。


「ほあ! ふあいほほはえあうお!」


 大真面目な顔で何やら言われたが、口いっぱいに含んだハンバーガーの所為で聞き取れない。


 つい小さく噴き出した。


「……分かんねえよ」


 キイはかさずハンバーガーから離した片手でジュースの入った紙コップを掴み、ストローで勢いよく飲み込むと言い直す。


「ほら! 二人とも冷めちゃうよ!」


「悪かったよ。お前オススメのメニューだもんな」


 キイは片手にジュース、もう片方の手にはハンバーガーを持ったまま身を乗り出した。


「そう! 今しか食べられないカルビバーガーの一番ハイグレードなセット! お値段もいいんだから早く食べないと勿体無いよ!」


 キイの勢いに苦笑しながらハンバーガーの包みを解く。


「何か高いと思ったらそんなん頼んでたのかお前」


「幸福を掴む為なら妥協しない!」


「カッコいいなおい」


「ほら、シーちゃんも!」


 キイはぐるんと、隣に座るシーへ振り向いた。


「冷めても美味しい料理なんて嘘! 料理とは出来立てこそが最強! つまり食べ時とは今!」


 シーは俯いたまま動かない。呆然としてしまっているのか、何か考え込んでしまっているのか。客で賑わうフードコートの騒がしさに触発されて元気を出す所か、浮いてしまっている。無理も無い。気丈に振る舞って来た所に、村山と守谷の豹変なんだ。冷静な方がどうかしてる。


 ……キイもそれを分かってるから、俺達を元気付けようと明るく振る舞ってるんだよな。モトよりはましだが、こいつだって怖がりだ。あの写真を持って来た時だって、最初から怖がってたし。何か二人の気晴らしになるような話題でも振ってみるか。


「そう言えばキイ。お前守谷の事よく見てたんだな」



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