第10話


 呆然としている柿本先生に挨拶を残し、キイと共に慌ててシーを追って廊下に出る。


 足音で俺達が来たのを察したシーは、歩みを止めないままこちらへ横顔を向けると言った。


「つまりモトが送って来た写真は本物。足立はモトのあの写真上では、本当に首無しになってる。守谷と合流して、ここ一週間の足立の様子をこう」


 そうだ、加工検出サイトは問題無く動作していたし、使い方も正しかった。


 呆然としていたら置いて行かれそうな距離になって来て、小走りになるとシーの隣に追い付く。


「いや、そうだけどよ……」


 続いて俺の横へ駆け込んで来たキイはもう叫び出しそうだ。


「で、でも、いてどうするの? お寺に行って除霊して貰いなよって言うの? ていうかあの写真、本当に本物……!」


 顔の位置を正面に戻しながらシーは返す。


「放置していい判断はまだ出来てないから、そう伝えるのもあり。柿本先生っていう証人も作ったから、もう守谷にこの件について話しても信じて貰えると思うし」


 あっと言う間に玄関に着くと靴を履き替え校舎を出た。途端建物に遮られていた蝉声せんせいが四方から降り注ぎ、じりじりとした痛みとなって耳を襲う。


 汗が噴き出した。暑さでだろうか。それとも写真が本物だと分かったショックにか、神経を疑ってしまいそうな程に冷静なシーの態度にだろうか。いや、判断を躊躇っている俺の方こそおかしいのだろうか。


 いや落ち着け。夏は暑いものだし、シーが極めて冷静な奴なのは昔からだし、あの写真は本物だったと客観的に示されてしまったのも誰にだって強烈なショックになる。職員室で叫ばなかったキイが偉いぐらいだ。もし一人であんな結果を見せられていたら、俺だって声を上げて騒いでいる。俺もキイもパニックにならずに済んでいるのは、シーが冷徹に次の行動へ移り続けているお陰だ。現実が見えている奴が一人でもいれば、そいつを見て我に返れる。


 騒いだって始まらない。そうだ、これは現実なんだ。そして、あの写真が本物だったという事は言い換えれば、モトは悪戯をしていなければ、本当に困ってキイに助けを求めている事になる。昨日まで元気な姿を見せていたのに。まだ試験があるのも構わず突然欠席して。友達が困ってるのに心霊写真ぐらいでビビってる場合か。


 信号を一つ渡って、守谷の待つコンビニへ入った。冷房で冷え切った店内の空気に包まれ、滲んでいた汗が急激に冷たくなる。


「守谷?」


 シーが声をかけながら店内を歩き出した。酒やペットボトルの飲料が並ぶ棚の前で、ドアに背を向けて立っている守谷がいる。顔は見えないが間違い無いだろう。左手に提げているドラムスティックのケースが、いつも守谷が使ってるものだ。俺は身長が高い方だからすぐ気付いたが、キイとシーは気付いていないようで店の奥まで歩いて漸く見つける。


「守谷ちゃん!」


 キイが弾かれたように守谷へ駆け寄った。守谷の肩に手をやると、心配そうに顔を覗き込む。


「大丈夫だった? 村山に見つかってない?」


 守谷はまるで今キイに気付いたように、身体を跳ねせさせて驚いた。


「えっ、ああ、キイちゃん……」


「守谷。今日は練習行かないで。話があるからどこかお店に入ろう。きたい事がある」


 続いて追い付いたシーは守谷の右手を掴むと、もう外に出ようとする。勢いよく身をひるがえすもので、俺にぶつかりそうになり互いにつんのめりながら足を止めた。


 丁度ちょうどその瞬間に、他人事のような調子で守谷が呟く。


「足立が搬送された」


 既に冷房で冷え切っている店内の空気が凍った。


 偶然俺と向かい合う格好で一時停止したシーは、今日最も動揺を滲ませた顔になると振り向く。いつもなら「何で」とすぐに尋ねるだろうに、それも出来ずに守谷を見つめた。


 シーに引きられるようにドア方向へ半身を晒す姿勢で止まっていた守谷は、シーに掴まれた右手に収まっていたスマホを目で示す。


「待ってる間に足立に電話したの。オカルトなんて曖昧なもの嫌いなシーを肝試しに誘ったって聞いたけれど、どういう事って」


 ……守谷の顔が、紙みたいに白くなって表情が無くなっている。この一旦別れてからの十分足らずで。


 俺は、喋れなくなったシーの代わりに尋ねた。


「……足立は電話に出たのか? 今日休みだったろ?」



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