小悪魔系後輩に告白された。ダウナー系幼馴染に監禁された。

綿宮 望

ダウナー系幼馴染は今日も見透かしてくる


僕にとって、室川 麗香という少女はまさしく複雑怪奇であった。

側からみれば、誰もが見惚れてしまう容姿を持つ少女。それこそ、今話題のモデルと大差ないほどのレベルだろう。

なのに、彼女の交友関係は限りなく0に近い。教室ではいつも隅っこで読書しており、誰かと私語をした場面は滅多に見ない。

深窓の令嬢とでも言えばいいのか。まさに孤高の存在。

それでいて、何故か僕とは幼稚園以来の友人関係を持っている。


そう。 僕と室川 麗香は幼馴染同士の仲だった。

それこそ、幼い頃は毎日のように遊んでいたものだ。その仲も良好だと言って良いだろう。

しかし、時間が経つにつれ、だんだんと遊ぶ時間は少なくなっていくもの。大人になっていく僕たちの間には、微かにだけど溝みたいなものが出来ていた。


じゃあ、疎遠になったのかといえば、これがそうでもない。

なんやかんや、毎日登下校したり、偶に家でゲームをしたり、昼も一緒に食べたりするくらいの交流はあった。

そして、それは今日も──。


「あっ……」


「おや? ケンくんじゃないか」


「そういう君は、幼馴染の麗香……」


ある夏の朝のこと。

学校に向かう道の途中に伸びている電柱に少女はいた。

室川 麗香。

数少ない僕の友人の1人。

背中まで流れる艶やかな黒の髪に白雪の大地に浮かぶ漆黒の瞳。

その容姿は、まさにザ・清楚系美少女であろうか。カーストトップにいてもおかしくなさそうなレベル。

ただ──。


「随分と酷い寝癖だね。 一体、どうしたらこんな形になるんだい?」


「……」


性格は奸悪だと言っても過言ではない。

出会い早々、失礼なことを聞いてくる人なんて、僕は彼女くらいしか見たことがない。いつもバカをやっている友人だって遠慮はしているのに。


「それに見た様子じゃ、朝を食べていないようだね。 朝食の不摂取は健康を害するよ?」


「……」


──君はエスパーか何か?

呆れたような口調で溜息を漏らす少女。

その一方、僕は空いた口が塞がらなかった。

なぜ、分かったと。

恐怖とでも言えばいいのだろうか。

何もかも見透かされたようで、ちょっと不気味に感じる。

だから仕返しとして言ってやった。


「すみませんね。 “令嬢”さん」


令嬢さん。

幼馴染──麗香の異名だ。

容姿端麗、成績優秀、生徒会幹部と、素晴らしい肩書きを持っている少女。

それでいて、いつも教室の隅で1人でいる。

そんな彼女を見て、誰かが言ったのだ。

「なんか囚われたお姫様みたいだ」と。

それはどんどん広まり、彼女はいつしかこう呼ばれるようになった。

“監獄の令嬢”と。


──その名で呼ぶのはやめてもらえるかな?

耳に響く刃物のような冷たい声。

鋭く尖ったそれは、暑い朝なのに鳥肌が立ってしまいそうだった。


「ごめんごめん」


少しやり過ぎたかと反省。

監獄の令嬢と呼ばれる彼女。だけど、その本人はこの異名を忌み嫌っていた。

それこそ、その名を呼んだ者は、まるで親の仇と言わんばかりに睨むくらいに。


まあ、それもそうだろう。

普通の令嬢ならいざ知らず、監獄の令嬢である。一歩間違えればいじめに成りかねない異名。

まず易々と受け入れる人はいないだろう。


「まったく……誰が考えたんだが」


「災難だね。れーちゃん」


「……よく言うよ」


吊り目を向ける幼馴染。

彼女の視線に憎しみが少なかったのは、僕が唯一の気の知れない友人だからだろうか。


「デリカシーがないから友達が少ないんじゃないのかい?」


「君に言われたくないな……」


学校ではチートレベルのクラスに所属する女子生徒。

だが、僕の前では覚妖怪のように心を見透かす少女であり──。


「それにしてもキミ……また夜遅くまでゲームをしていたね?」


占い師のように僕の行動を当ててくる少女であった。


「……それはどうして?」


流れる冷や汗。

自分の行動を一つずつ当てて来るなんて恐怖の何物でもない。まるで皮を一枚ずつ剥がされている感じ。

はぐらかしてみるが、果たして上手く言っただろうか。


「匂いだね」


……匂い?

なんだそれと思う前に、視界に入り込む黒い何か。

やがて、それが幼馴染の髪の毛だと分かると、僕は叫びそうになってしまった。


「何を、してるの?」


答えはない。

ただ無言でクンクンと僕の制服の袖に鼻を近づけていた幼馴染。

僕としては至福なので何も言わないが、側から見ればかなりまずい場面だろう。

それにしても服の匂いから昨晩のことなんて分かるものだろうか。

女の勘と言ってしまえば、それまでだが。


「やっぱりゲームをしていたね。 FPSを……」


「……バレたか」


当たられてしまってはどうしようもない。

こうなったら、さっさと白旗を挙げるのみ。

“令嬢”の前では嘘は効かない。 ただひれ伏すしかないのだ。


「やりすぎは毒だよ?」


「次から気をつけよう」


「前にも聞いたセリフだね」


それにしてもなぜバレてしまうんだろう。 彼女は「服の匂い」って言ったけど、絶対に匂いではない。

いっそ、監視カメラとか言って言った方がまだ納得できるくらいだ。

しかし、あの“監獄の令嬢”の本性がこんなモノだと知れば、誰もがビックリ仰天、目を疑うであろう。それはそれで面白そうだけど。


「あと……」


「何か?」


麗香は思い出したかのように言葉を紡いだ。


「キミのお義母さんがね。 今日は仕事で帰れないから、今夜は私の家でご飯食べていきなさいと仰っていたよ」


「母さんが? ……いつ?」


──いや、待て。 それはおかしい。

浮かび上がる怪訝。

僕はそんな話は聞いていない。 母さんもそんなことを言っていない。 なら、目の前の少女はどこでその情報を知ったのだろうか。


「メールが来たんだ。 ケンくんに伝え忘れたから代わりに伝えてくれとね」


そう言って、自身のスマホの画面を見せる彼女。

そこには確かに母さんとのやりとりが書かれてあった。

ここだけの情報を切り取れば、彼女の言っていることは辻褄が合う。

ただ、怪しさは脱ぎ切れない。


「もし嘘だと思うなら、電話すればいい」


「いや、辞めておくよ……とりあえず、学校が終わったら直行すれば良いんだね?」


「そうだね。 鍵は持っているだろう?」


「一応ね」


ポケットから取り出す鍵袋。そこには片手で数えるくらいの鍵が付けられている。

家の鍵、今は壊れた自転車の鍵、自室の鍵──そして、麗香宅の鍵。

僕の家は母子家庭と呼ばれる物であった。いわゆるシングルマザー家庭。

父親が僕が物心付く前に事故で亡くなっていた影響で、父の代わりに母はいつも夜遅くまで働いていた。

その為、幼い頃から保護者が不在だった僕は、近くの家に住む母の友人のご家族にお世話になっていた。

それが室川御一家。つまり、麗香の家は僕の第2の家でもあった。


「まあ、楽しみにしているよ」


「私も、楽しみだよ」


他愛もない会話をしながら、通学路を歩む。

しばし進めば、見慣れた横断歩道が見えてきた。

人の形をした緑色の光が点滅している。どうやら、少し来るのが遅かったらしい。


「少し遅かったみたいだね?」


そう思ったのは、僕だけではないらしい。

麗香も同じだったようだ。

普通なら何も感じないが、さっきのこともあって、ちょっと心臓の鼓動が早くなっている。


「遅刻は……しないよね」


「問題ないさ。 このまま進んでも余裕を持って到着出来るよ」


「なら、良かった」


遅刻するといろいろと面倒なことになるから。

麗香の言葉を聞き、安心する。

学校に関しての幼馴染はちゃんと答えてくれる。 天使像を崩さないためか、真面目だから。ただ、普段もこうして欲しいと思うのは贅沢だろうか。


「……長いね」


「待てば、変わるさ」


信号が“青”になるには少し時間が掛かる。まるで停止した世界のよう。

信号が変わるまで待っていると、僕たちの隣でとある学生カップルがイチャイチャしていた。

制服は……近くの公立高校の物。

キャッキャウフフとしている高校生カップル。

場所は考えて欲しい物だ。

耳に伝わる会話の内容は──ベットの上での感想だった。


「……」


周りの目を気にせず、自己の世界に入っている2人。

彼らの会話は麗香にも聞こえたのか、その頬には赤い斜線が薄く描かれていたように見えた。


「……」


やがて信号が青になり、動き始めた時の如く、歩行者達が一斉に進み出す。

十字路を右に曲がり、学校に続く小さな坂道を登る。左右を緑のカーテンで覆われた小さな坂。

その上には、同じ制服を着た生徒たちがポツポツといた。

中には彼氏彼女の関係の生徒もチラホラと見える。

さっきの交差点と言い、この坂道と言い──。


「羨ましいな……」


自然とそんな願望が漏れていた。


「キミは……彼女が欲しいのかい?」


「えっ?」


「いや……だから、キミも彼女が欲しいのかい?」


どうやら、先ほどの呟きは麗香にも届いていたようだ。


──質問に答えって。

彼女の無言の圧が僕にのしかかる。


僕が彼女が欲しいって?


「彼女ね……」


これはなかなか難しい質問だ。

羨ましいとは思う。

なんだって、恋愛は青春の代名詞だ。

僕だって男だ。 ラノベの主人公みたいに可愛い女の子とイチャイチャしたいという気持ちはある。

だけど──。


「別に欲しいとは思わないかな……」


かわいい彼女とイチャイチャ出来るなんて所詮は2次元の話。

現実世界はその限りではない。

そもそも碌に異性と話したことがないのだ。その異性も出来ても気まずいだけ。

これは、あくまでも僕の偏見だが、彼女がいると自由時間が減るイメージがある。

それに別れる事だってあるし、もし浮気とかされたら、たぶん耐えられないだろう。

だから、羨ましいとは思えど、欲しいとは思わない。


「それは意外だね……」


驚いたような顔を見せる麗香。

いつもは無表情な彼女が表情を出すとはなかなか珍しい。

だけど、その表情はどこか嬉しそうにも見えた。


「本当はもっと詳しく訊きたいところだけど、もう時間だ。 悪いけど私は先に行くかせてもらうよ」


「生徒会?」


「まあね。 来週の学年集会について会議があるんだ」


「実にめんどくさいけどね」と溜めていた息を静かに吐き出す麗香。

そんな幼馴染の様子を見て、僕が返す言葉は1つ。

「お疲れ様」だ。


「あと、次の集会では寝ないでくれよ?上にいるとキミが寝ている姿を見ると、幼馴染としても恥ずかしい」


「だって退屈なんだもん」


「理解はするけど、生徒会の人間としては納得は出来ないね」


ふふっと笑みを浮かべる麗香。

「また」と別れを告げた彼女は、そのまま駆け足で坂を登って行った。

あっという間に小さなった幼馴染の姿。

隣に誰もいなくなった僕は、ただ1人、坂の真ん中にポツンと残される。


「僕も急がないと……」


4年連続の皆勤賞。

5年連続を目標とする身としては、遅刻するわけにはいかない。

そんな事を思いながら、学校へと足を向けた。

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