第18話 勇退

 そこから毎日、私と真広は二人で暮らす。私に関する一連の事件や、私を扱う真広の様子から鑑みて、もう真広の婚期については諦めた。こりゃあ絶対に無理だ。

 真広は巾着袋の布が擦り切れるほど私を持ち歩き、先日は裁縫に挑戦、頑張ったのだが失敗した。巾着袋は作者である母親に直して貰い事無きを得る。母親は心配したのか、同じ物を十個も作ってくれた。「私もいつ死ぬか判らないからねー、十個もあれば何とかなるでしょ」と笑っているが、真広は「長生きしてね」と本心で返す。その様子を見て父親もにこにこ。一時はあれほど仲違いしていた親子関係が修復されて本当に嬉しい。

 しかし、そんな事を言っていた母親が、数日後にころりと老衰で亡くなったのには驚愕した。通夜だ何だとバタバタしていたら、翌日には父親までもが亡くなる。こちらも死因は老衰であり、死亡診断は主治医でなく真広が行った。夫婦揃って老衰という葬儀は涙を誘うというより「幸せだったね」の声の方が大きく、それは喪主である真広も同じような心持ちに見える。でもご両親がお骨になって独りぼっちになると真広の明るさが無くなり、それなのに自分のクリニックでは一日も休まず診療した。雪が降ろうが桜が咲こうが、うだるような真夏でも、診療の調子は普段と変わらない。私は立て続けにご両親を亡くして寂しいだろう真広の様子をかなり心配する。しかし真広はご両親の死を、私とは全然違う形で受け止めていたようだ。

「花華クリニックには、僕の後を継ぐ人材が必要ですね。僕だっていい年齢だし、いつ死ぬか判らない」

 ご両親の老衰という死を目の当たりにしてか、顔があまり老けないので今年幾つになるのかも判らない真広が動き出す。

 真広はまず、いつぞやのネットワークから超能力者リストを手に入れてきた。その中に、かなり真広と似たような考えを持つ男子高校生が三人見つかる。みんな基本マジメで成績優秀、超能力は真広より劣るものの現段階で除霊可能、まだまだ伸びる可能性があった。

 高一になったばかりの彼らに、真広は自分がやっている仕事を話した。その子たちは何度も頷きながら聞いていて、すっかり真広を尊敬したようだ。

「すごい! 患者さんを治療しながらの除霊! 理想です!」

「大変な事も多いけどね。良かったら医師免許を取ってみないかい? それからインターンを経て、大学病院で何年か勤務したあと、うちのクリニックへ来てくれたら嬉しいな」

「はい、ぜひ!」

 本当にあの子らが花華クリニックに来るかは判らないが、帰り道の真広はご機嫌だった。お互いに超能力者だし、通じ合うものがあったのかもしれない。


 真広はその子たちが青春の悩みで躓くと忙しい中を縫って面倒みたり、良い成績で進学したはいいものの金銭的に不安が出てくれば援助して、医師免許を取った時には自分の事のように喜び、インターンの忙しさも実際の話を聞かせて緩和、精神科の専門医として進んだ三人にそれなりのアドバイスを送っていた。親身な真広に対し、高一だったあの子らは尊敬の眼差しを持ったまま。自分が診療する身になってもだ。

 彼らは真広の言う通りの道を進み、花華クリニックへやって来た。既に大学病院で何度も除霊しており、『一番最初に不調を訴えた段階で除霊して、患者さんの負担を減らす』という真広の方針を強く理解したらしい。


 そのころ花華クリニックは、除霊の患者が「一発で治った!」などと広めるから評判が評判を呼び大混雑。新入りの彼らは即戦力という感じで、真広が様子を見ながら二番から四番の診察室を任される。

 彼らはかなり頑張ってくれて、気づけば真広の三分の一程度の仕事量をこなすまでになっていた。こういった事は段々慣れていくし、いざとなれば予約制にして負荷を減らしてもいい。

 「こりゃあクリニックも安泰だなぁー」と私が思っていたところ、真広から花見に誘われた。もちろん私に拒否権は発動できず、付いていくしか無いのだが、誘うという行為は私を一個人として見てくれている証なので幸せだ。


 真広は休診日にお握りとビール大量、酒の肴を持ってクリニックへ行く。そこには久しぶりの毛利と吉岡夫妻、独り身の大久保が待っていた。みんなお爺ちゃんとお婆ちゃんの部類だ。子供たちはすっかり大きくなって、なんと『仕事だから』という理由で欠席。顔が見られなくて寂しいが、もう自立しているんだなと嬉しくもある。

 和やかに始まった花見では、少し散り始めて丁度良いソメイヨシノが、素晴らしい景色を見せてくれていた。ちらちらと落ちる花弁が偶然にも手元の日本酒へ浮いたという事で、大久保は「風情があるよなぁ」と喜んでいる。

 そういえば、真広と二人で歩く出退勤で、どれだけの満開を楽しんだ事だろうか。忙しく歩いている真広は、立ち止まって花見なんかをしなかったけれど、私はちゃっかり楽しんでいた。その数は覚えていないが、細かった樹はすっかり太くなっていて、毛利たちが顔に刻んだ皺と共に時間の経過を教えてくれる。という事は、真広も同じ年齢だから、そこそこお爺さんなのだろう。私が毎日見ているから気づかないだけで。喋り方や私への態度が変わらないし、童顔の部類なのでついつい忘れてしまう。


 それでも何年か経つと『真広も老けてきたなぁ』と思うことが増えてきた。外見、仕事、性欲の辺りで。外見としては顔の皺や弛み。仕事では出退勤の時、歩くスピードが遅くなったし、診療中に急ぎの場合は間に合うよう超能力で移動していた。性欲も失せてきて、自慰なんかも本当に稀な感じだ。その代わりと言っては何だが真広はスキンシップを求め、四六時中ペンダントのように私を身に着けるようになった。食事、トイレ、風呂以外は外さない。巾着袋をぶら下げるのはどうなのかなぁと感じるが、元々サイズが小さいのと、真広の年齢から、多少の変わった行為が許されている気もした。

 そうやってペンダントとして貼り付いていると、常時真広の心臓の音が聴こえてくる。規則正しい動きは真広の生命を感じさせてくれて、これはこれで悪くない。ただまぁ、あまり真広の顔が見られなくなったのは寂しいが。でも真広はおはようとお休みのキスを欠かさないので、その時に会える。


 真広はそこからも仕事に打ち込み、気づけば完全なるお爺ちゃんになっていた。今や仕事量は新入りだった彼らの方が多いので、診るのは昔からお付き合いしていた患者のみだ。でも開業医に定年なんか無いので、毎日クリニックに通うのは変わらない。

 しかし、とうとう真広にも勇退というか、体力に限界を感じて医療という仕事から離れる時が来た。真広は『やりきった』という雰囲気だ。クリニックを立ち上げ、診療に打ち込み、勉強を続け、跡継ぎまで自分で見つけて来て、体力の限界まで頑張ったのだから。なのでクリニックのスタッフは泣きながらも「お疲れ様でした、今後はお好きな事をしてください」という感じで、真広は花束やパンパンに書かれた寄せ書き、それでも書き足りないのか手紙まみれになる。これが人徳というやつだろうか。

 真広は不可視結界と超能力で全てを一気に持ち帰り、特に文字を読んで泣いていた。その内容はペンダント状態の私からも見え、およそティッシュ八箱分に相当する。真広の頑張りを最初から最後まで見ているので、ティッシュが増量している感じだ。真広は医学部を目指した動機だけ「何だかなぁ」だったけれど、学ぶうちに目標を見つけ、最後まで頑張った。とても褒めてやりたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る