母と娘

クレマンスの計画では、三歳から「パーチェ・ディヴェルティメント」に入学させ、卒業は各々で決めて良い、と、これまた、新しい制度を確立した。


何故か、と言えば、これまで通り、「ティーム・ディ・スポルト」や、「ドクトラ」そして、「ペルフェット・ドクトラ」になりたいと言う生徒も勿論いたからだ。


そして、そのどれもに、クレマンスは新しい基準を設けた。


まずは、「パッフェ・ゲリゾン」を習得させる事。それは、もし、もしも、だが、また、何かこの国に、良からぬことが起きた時、自分で自分の傷を治癒できるのであれば、相手に対して、これほどの脅威はない。と、考えたからだ。


それでも、「パッフェ・エレディタ」だけは、クレマンスしか使うことのできない、それは高度な魔法だと言う事が、教えているうちに、クレマンスにもわかってきた。




コンコン……。


マティルドゥの部屋の扉静かに叩かれた。


「マティルドゥ様、少し、お話がございます。よろしいでしょうか?」


やって来たのは、クレマンスだ。


「良いですよ。入っていらっしゃい」


マティルドゥの優しい声に、少し、心が救われるクレマンス。


「失礼いたします。マティルドゥ様。少し、ご相談がございます」


「何でも言いなさい。貴女は、私の娘なのですから」


「……ありがとうございます……」


「ふふふ。あらあら、泣き虫な娘ですね。きっと、この数か月の間で、ずっと、我慢やストレスをため込んでいたのでしょう?そろそろ、来るのではないか、と思っておりました」


クレマンスは、そっと、片方の頬だけに涙を伝えながら、マティルドゥの優しい声に、つい、安心してしまった。


暫く、泣くのを止められなかったクレマンスだったが、ようやく、新しい自分の「魔法使い博士」としての考えを、話し始めた。





「マティルドゥ様、わたくしは、少し、欲をかきすぎたようでございます。すべての国民に、『パッフェ・エレディタ』をかけるのは、少し、難しいかと……。ですので、わたくしが面倒を見られる三歳の子供だけに、この国の血の継承、『パッフェ・エレディタ』を施そうかと思うのですが……」


「……そうですね。確かに、今からこの広い国の民の子供……まぁ、六歳までとしても、大変過ぎるでしょう。貴女の判断は、正しいと思いますよ」


「あ、ありがとうございます! マティルドゥ様!」


「でも、クレマンス」


「……あ、は、はい……」


「そんなに、頑張るものではありません。貴女は、本当に素晴らしい王女です。それだけは、忘れず、堂々と生きてくださいね」


「…………」


思わず、クレマンスの瞳から涙が零れた。


「わたくしが……わたくしが……もっと、もっと、注意していれば……」


「それをおやめなさい、と言っているのです」


そう言うと、マティルドゥは、椅子から立ち上がり、そっとクレマンスの肩を抱き、横に腰を添えた。


「クレマンス、貴女は、本当に立派な王女です。このような逆境の中、貴女は一人で立ち上がり、一人で考え、一人でこの国をより良い国へと変えようとしてくれています。それを、私は大変、ありがたくお思っているのです。今は、女王と王女ではなく、母と娘で話をします」


「は……はい」


「良い子ね。クレマンス。とても、貴女は素敵な子だわ。誰よりもマティスに相応しい、私の、自慢の娘です。どうか、無理はせず、ゆっくり、進めばいいのです。貴女には、私も、マティスも、リュカも、そして、国民も、この国の全員に、貴女は愛されているのだと言う事を、どうか、忘れないで……」


「……お母様……、ありがとうございます……」


その後、クレマンスは、「子孫消滅」の魔法を使われて以来、久しぶりに涙を流した。堪えていた。我慢していた。抑えていた。隠していた。


それを、マティルドゥだけは、見抜いていた。女同士、やはり、通じ合う所があるのだろう。その心が、温かく、優しく、クレマンスの罪悪感と、悲しみを癒した。





そして、クレマンスは、そのマティルドゥの優しさと、持ち前の責任感で、「ティーム・ディ・スポルト」や、「ドクトラ」、「ペルフェット・ドクトラ」を、リュカと、マティス、マティルドゥの力を借りながら、育て、自分は、三歳児の教育に専念した。


マティスは、最初、自分にこんな才のある魔法使いが、よく嫁いでくれたな……と、自分でも、毎日、クレマンスの笑顔に救われ、国王である前に、自分も国民なのだ、と考え、リュカに頼み込んで「ペルフェット・ドクトラ」を目指し、1年かかって、ようやく、その資格を得た。




「クレマンス!」


二人の部屋に、登校する生徒を迎えようと、出かけようとしていたクレマンスを、マティスが呼び止めた。


「マティス、どうされたのですか?」


「ペ……『ペルフェット・ドクトラ』に合格したぞ!!」


「本当ですか!? マティス!! おめでとうございます!!」


「ありがとう! これで、俺も、クレマンス、君の力に少しでもなれよう!」


「わたくしの為に、公務や、式典、祭典など、沢山の行事がありながら、『ペルフェット・ドクトラ』に合格したマティスは、本当に、素晴らしいです!!」


クレマンスは、満面の笑みで、マティスを讃えた。そして、マティスも、これでようやく、クレマンスの力になれる……と、胸の中は、悦びでいっぱいだった……。

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