9月20日 −2−

「なんだ?」


 スマホを引っ張り出してみると、優里先輩からの電子メールだった。

 なんだか圧縮された添付ZIPファイルがくっついている。その上、微妙にメッセージの意味がわからない。


「え、なになに?」

「いや、先輩からメールなんだけど……」


 僕は画面を延田に見せる。


〝誕生日 おめでとう〟


 画面にはそう表示されていた。ただその一行だけだった。


「え!? 四持、今日が誕生日なの? どうしてあーしに言わないの!?」

「え? なんで僕の誕生日が延田に関係あるのさ?」

「いや……だからっ……ほら、友達の誕生日は祝いたいじゃん」


 延田は再び顔を赤くして挙動不審になる。

 だが、僕は、じわじわと心を蝕む不安に表情をこわばらせた。


「僕の誕生日は十二月なんだよ。九月じゃない」

「え! 先輩が間違えた?」

「そんなわけない。この前誕生日の話になった時、はっきり十二月二十五日だって……誕生日とクリスマスが一度で済むからプレゼント代が経済的だって散々からかわれた覚えがある」

「じゃあ……」


 僕はファイル解凍アプリを立ち上げて、添付の圧縮ファイルを開いてみた。だが、パスワード保護がかかっているらしく開かない。


「ええと」


 先輩が考えそうなパスワードはなんだろう?

 数字? それとも何かの単語? 思い当たるものはいくらでもあるし、どれも違うような気もする。一つ一つ試しているうちにきっと夜が明けてしまうだろう。


「どうしたの?」


 顔がこわばったままの僕を見て、さすがに異常を感じたのか延田が眉をひそめた。


「パスワードロックがかかってる」

「あ、ホントだ」


 スマホの画面には空の入力欄と、点滅する〝パスワード入力待ち〟の文字だけがある。


「おかしいんだよ。先輩は確かにちょっと意地悪だけど、こんな風に何の説明もなしに無意味なメールを送りつけてくるような人じゃない。絶対に」

 

 僕の独白に延田はなぜかショックを受けたような表情になる。だが、次の瞬間「ちょっと貸して!」と僕の手からスマホを奪い取った。


「おい、ちょっと!」


 延田は慣れた手つきでスイスイとフリック入力し、すぐに僕の手にスマホを返す。


「パスワード、たぶんこれ。もしあーしならこうするし」


 入力欄には〝1225〟とあった。


「いや、どうだろ? 試すけどさ」


 やはりというか、入力は弾かれた。


「だめか〜。メールの本文見て、もしかして日付かなと思ったんだけど」

「さすがにストレート過ぎないか? 誕生日ってヒントがあれば、四桁数字なんて誰でも最初に試すだろう?」

「まぁそーか。仮に四持がクリスマス生まれだってことを知らなくても、たった三百六十六回のトライで解けちゃうわけだしなー」

「そんな安易なパスワード、優里先輩は絶対考えない気がする」

「じゃあ、なぜこの……」


 延田はむっとした表情で口を開きかけ、何かに気付いてスマホに顔を寄せると、きれいにコートされた爪の先で画面をつつく。


「四持っ、メールの本文を見て! 単語の頭だけが太字」

「あ、確かに良く見れば誕生日の〝誕〟と、おめでとうの〝お〟だけが太いな」

「こんなの、日本語の作法にはないっしょ?」


 いかにも重大な発見をした、とでも言いたげに、延田はフンスと鼻息を荒くした。


「ふーん、太字に何か別の意味を持たせているのか……」

「んじゃ、大文字と小文字じゃね?」


 延田がポロリとこぼす。確かに、その可能性は高いかもしれない。いかにもありそうな思いつきだ。


「……延田おまえ、けっこう頭いいな」

「そりゃ、あーし四持より成績いいしー」


 ドヤ顔で再びふんぞりかえる延田。


「でも、仮に英語だとして、ワンフレーズごとに大文字と小文字を使い分けるなんてこと、普通はしないよな」

「だったらさ、大文字小文字の使い分けが慣例になっている短いフレーズじゃね? 〝Fuck You〟とか」

「……たとえがえらく物騒だな」


 だが、そう言われてみれば、思いつくフレーズがいくつかある。


「〝Happy Birthday〟ってのは?」

「そのまんまじゃん」


 だが、これも弾かれた。


「わざわざ文章の間にスペースを入れてるんだから、パスワードもたぶん二フレーズ。方向性はあってると思うんだけどなぁ」


 その時、延田が不意に顔を輝かせる。


「ちょ、ちょっと貸してみ」


 改めてスマホを手渡すと、彼女はサラサラとフリックして僕の前に画面を突き出す。そこには〝Merry Christmas〟とあった。


◆◆


 結果的に復号されたフォルダには、どこかのビルの高い場所から撮影したらしき風景写真と、何の変哲もない……古い団地でよく見かける錆の浮いた青いスチールドアの写真、その二枚だけが入っていた。


「うわ、何だこりゃ? さすがにお手上げだ」


 僕はスマホをテーブルに放り出して唸る。先輩は僕に一体何を伝えたいんだろう。だが、延田はもう一つ別のことに気付いていた。


「ねえ四持。メールって普通、わざわざ時間ぴったりに送ったりする?」

「へ?」

「いやさ、これ、送信日時が 18時00分ぴったりになってる。普通そんな几帳面なことしなくね? それとも偶然?」

「うん?」


 僕はもう一度メールと、復号された写真をじっくりと見分する。


「この写真さ、夕方に撮影したにしては日が高いよな」

「あーしも思った。それに、メールに写真を添付するのにわざわざ圧縮してパスワードまでかけるってなんか怪しくね?」

「まあ、確かに」


 僕はスマホを握りしめて立ち上がった。これは僕の観察力を試す何かのテストかも知れない。だったら、本人に思惑を聞くのが一番早い。


「あ、四持?」

「悪い。用事ができた。僕、今から先輩の家に行ってみる」



 

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