9月10日 −4−

「えー、何とかなりませんか?」

「駄目よ。一つでも例外を認めると際限がなくなるから」


 きっぱり断られ、僕はため息をついた。

 この先生は、僕が優里先輩の事情についてたずねた時にも頑なに口を閉ざした人物だ。普段の物腰は柔らかだが、決まりごとにはとことん忠実で、絶対に曲げようとしない。

 図書の番人としてはとても頼りになるが、こんな時には融通が利かずにちょっと困る。


「……わかりました。では、記録の有無だけでも先に確認させて下さい」


 僕はストッカーに書かれた年号を指で追い、該当年度の引き出しを開く。中には文庫本の半分ほどのサイズのプラスチックケースがずらりと並び、〝第三回緑古戦No.1〟から〝No.8〟までのラベルがついた八本のビデオが収まっていた。

 とりあえず外観だけ撮影して優里先輩に送る。同時に再生手段が無いこともメッセージしておく。先輩にも少しは悩んでもらおう。


「ちなみに、〝緑陵〟のページを写真に撮ることもNGですか?」


 ふと思いついて聞いてみる。

 司書先生は顔をしかめてしばらく考え込んだ末、しぶしぶ、といった感じで頷いた。


「あくまで個人利用に限って、だけど、普段から図書室でコピーサービスはやってるし、今回はそれと同じ枠組みで考えることにするわ」


 頭を下げ、僕は彼女の気が変わらないうちにそそくさと閉架書庫に向かう。

 目的の記録はかなり詳細だった。選手の名前まではわからないが、ウチと古沼高それぞれについて、各競技ごとの得点や順位が詳しく記載されている。

 僕は数ページにわたる記録を全て写真に収めた。これで先輩の元に必要な資料が届くはずだ。


「さて、次は……」


 その時、腰のトランシーバーが呼び出し音を響かせた。応答ボタンを押すと会長の緊張した声が流れ出す。

『四持、今どこにいる?』

「はい、四持、今は図書室です」

『古沼高生徒会との申し合わせで、競技は三十分遅れで再開することになった。詳しい段取りを説明したいから本部テントに戻ってください』

「え、でも、優勝旗はどうするんです?」

『最悪の場合、授与式は省略するしかありませんが……』


 無線ごしでもわかる。その声はずいぶん悔しそうだ。


『極力それは避けたいですね。できるなら、いや、なんとしても閉会式までに見つけ出したいんだ』


 僕はスマホを取り出して時刻を確かめる。閉会式まですべて三十分押しで進むとすれば、タイムリミットは十六時三十分だ。

 つまり、残りはたったの七時間しかない。


◆◆


 本部に戻ると、会長が厳しい表情のまま、腕組みをして待っていた。


「四持、あなたの任務はさっき無線で話した通り、閉会式までに優勝旗を見つけ出すことです。やり方は問いません。お前に全面的に任せます」

「はぁっ!?」


 いきなりとんでもないタスクが降ってきた。

 もちろん、優勝旗発見のため何かしらの働きはするつもりだったが、さすがに荷が重過ぎはしないだろうか。


「しかし、会長――」

「四持、あなたのこれまでの実績は高く評価してます。生徒会関係者の中で、発見の可能性があるとすればそれはあなたしかいないでしょう」

「……ありがとうございます」


 いきなり褒められてクラっと傾きかけるが、いやいや、これが会長のいつものやり方だと気を取り直す。


「せめて誰が助手をつけて下さいよ」

「無理です。生徒会役員はそれぞれ担当の業務がりますから。わかっているとは思いますが、体育祭の円滑な運営が第一、そのための人員を割くわけにはいきません」

「いえ、しかし――」

「比楽坂がいるでしょう?」

「優里先輩はここには来ませ――」

「あの~」


 その時、僕のすぐ脇で手が上がった。


「その、助手って、私がつとめては駄目でしょうか?」

「え?」

「いえ、これは合同体育祭でのトラブルですし、緑陵高そちらだけにご面倒を押し付けるのってなんだか申し訳ないというか……」

「でも、岩崎さん」


 僕は慌てて彼女の言葉をさえぎった。彼女の気持ちは嬉しいが、優里先輩のさっきの様子を考えるとかえって面倒なことになりそうな気がしたのだ。


「君は写真部のマネージャーだろ? そっちの仕事は大丈夫なのか?」

「それなら多分平気です。もともと私は競技が始まれば暇になる予定でしたし、さっき太陽君を撮影シフトから外したような大きな変更はもうないでしょう?」

「いや、でも」

「四持、彼女とは前から知り合いなのですか?」

「え? いえ――」

「ええ、良く存じ上げております」

「なるほど、では二人で動いて下さい。任せました」

「いや、あので――」

「了解しました。それでは捜査にかかります」


 岩崎さんはさっと敬礼をすると、困惑する僕を引きずるようにして、さっと本部を飛び出した。


「岩崎さん、どういうつもりだよ!」


放送席の後ろあたりまで引きずられたところで、僕はようやく彼女の腕を振りほどいた。


「え、だって助手は必要なんでしょう? 私、お役に立つと思いますよ」


 岩崎さんはそう言ってニコリと微笑んだ。


 

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