生徒会・消えた優勝旗
9月10日
「説明は以上です。あと十分ほどで古沼高校の生徒会が来校します。全員校門にて待機をお願いします」
会長の訓示を受け、僕は借り物のカメラを抱え直して生徒会室を出た。時刻は午前七時。いつもならようやく目が覚める時間で、正直まだ半分夢うつつだ。
「おお、眠そうだな。ところで例の問題はどう解決したんだ?」
突然副会長に後ろからがっしりと肩を掴まれて尋ねられる。
「ええ、残念ながら近所の電器店やカメラ店にCFカードの在庫はありませんでした。取り寄せに二週間くらいかかるそうです」
僕は昨日の結果を報告する。
生徒会備品のこのカメラは、記録メディアに今時あまり見かけないCFメモリーカードを使う。ただ、導入当初の生徒会にデジタルに詳しい人間がいなかったのか、セットされているメディアは最小容量で、予備のカードもない。とても今日の撮影に対応できそうになかった。
それに気づいたのが体育祭前日の昨日。慌てて思いつく限り店を回ったが、結局手に入れることはできなかった。
「じゃあ、どうするんだ?」
「ええ、このカメラにはもう一つ、SDメモリーカードのスロットもあるんです。残念ながらこっちも規格が古くて大容量のカードは差せないんですが……」
「はあ? それじゃ駄目じゃないか」
僕の撮影スタイルはなるべく多くシャッターを切って、そこからベストのショットを選ぶ、というもの。必然的に撮影枚数は増え、旧式のメディアでは容量をまかないきれないのだ。
「じゃあ、どうするつもりなんだ?」
僕は返事代わりに腰のポーチからスマホサイズの機器を二つ取り出して見せる。
「モバイルルーターとバッテリーです。あと、カメラの中にはブラッシュ・エアっていう特殊なSDメモリーカードが入ってます」
「特殊?」
「ええ、メモリーカードそのものに無線LAN機能が付いていて、撮影した画像をその都度モバイルルーター経由でネット上のサーバーに飛ばすんです。だからカードにデータを保管しなくていいという……」
「ほー、良くわからんが、お前そんな物良く持ってたな」
「いえ、これは――」
「で、容量不足は解決か?」
「ええ、おかげさまで」
「なるほど、じゃあ、今日は存分に頼むぞ!」
副会長はほっとしたようにニカッと笑い、僕の背中をバシバシ叩くと、遠くに見えてきた古沼高の面々を出迎えるために校門を出ていった。
◆◆
ウチの高校が隣の古沼高校と合同で体育祭を行うようになったのは、古沼高の校舎新築がきっかけだったと聞いた。
仮校舎が建ったために一時的にグラウンドが使えなくなり、ウチに体育祭実施のための借用を頼んできたらしい。ところが、当時の生徒会が悪乗りし「だったら一緒にやりましょう」と合同体育祭が始まっておよそ三十年あまり。
毎年優勝旗を獲ったり獲られたり、勝率は今のところ十五勝十六敗で微妙にウチが負けている。
「でもさあ、最初のころはウチの方が強かったらしいよ」
というのは情報通の延田の弁。
「さすがに三年連続負け越しは許されないって、古沼高も相当頑張って惜しいところまで行ったんだけど、結局、最後のクラス対抗リレーでギリギリ追いつけなかったって」
「延田、ずいぶんリアルに話すな。タイムリープでもしてきたか?」
「ヘヘッ、実は叔母さんが古沼のOBなんよ。しかもその時負けたリレーのアンカーだったって」
「うわ、そりゃあ悔しかっただろうなあ」
「……うん、まあね」
一昨日、バイトでの休憩時間、延田とはそんな話をした。
だが、話の終わりに彼女が妙に寂しそうな表情をしたのがちょっとだけ気になっている。
「四持、写真!」
そんなことを考えているうちに古沼の生徒会は坂を登り切り、副会長はじめウチの生徒会役員と握手をはじめていた。
僕は慌ててカメラを構え、バシャバシャとシャッターを切った。
すぐにスマホが震え、LAIMにメッセージが入る。
『受信良好。早くからご苦労なことだね』
相変わらずの優里先輩だ。
昨夜、メモリーカード問題で相談に行ったところ、先輩はすぐに一連の機器を例の魔窟から持ち出してきた。
使い方の説明を受けるついでに「良かったら先輩も体育祭に来ませんか?」と誘ってはみたものの、
「やだよ、日焼けしたくない」
その一言で断られた。
「ところで、君は何か競技に参加するのか?」
そう問われてノーと答えると、
「じゃあなおさら意味がないじゃないか。ボクはここで、君が撮影した写真をチェックしながら気分だけでも味わうことにするさ」
それっきり話を打ち切られた。
吉見先生にも、せめて学校行事には参加を促すように、と頼まれてはいるのだが、肌の露出を極端に嫌う先輩は、夏の間ほとんど家から外に出なかった。
ただ、最近は時々出歩いているらしく、「一週間留守にする」とか、「来週までは来るな」などと言われることがある。
先輩がアクティブになるのは嬉しい半面、何をしてるのか教えてもらえないのはちょっとだけモヤモヤする。
「四持、花火が上がるわよ、撮影よろしく」
会長が腕時計を睨みながら言った。
澄み切った青空に綿菓子のような煙がポンポンと広がり、少し遅れて腹に響く炸裂音が届く。
こうして、第三十二回〝緑古戦〟が開幕した。
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