5月19日 −2−
音楽室の真ん中では、ヘッドフォンをつけ、まるでパラボラアンテナのような器具を持った小柄な女生徒が音に驚いて硬直していた。
「あ、すいません。びっくり――」
「ああ、驚いたとも! 普通ノックくらいしないか!?」
肩を怒らせて半ギレ気味に振り向いた彼女を見て、僕は意外な再会に目を丸くした。
どうやら向こうも同じ気持ちだったらしく、驚いて口を半開きにしている。
「あれ? えーっと、比楽坂先輩?」
「あ、ああ、一昨日の盗撮魔か」
「だから盗撮じゃありません! 僕は写真部の――」
「ウソをつけ、写真部はたしか廃部になったはずだ」
学校でちっとも姿を見かけない割にはたいした事情通だ。僕はため息をついて続ける。
「ええ確かに、僕が入部届を出しに行ったちょうどその日、目の前で廃部を申し渡されました」
「じゃあウソじゃないか」
「だから、僕は今、写真部の復活を目指して実績を積み上げている最中なんですって」
「……ほう?」
「廃部の理由は活動実績の不足だそうですから。三年間一度もコンクールの出品履歴がなく、学校行事の撮影もほとんどしてなかったそうです」
「……それで盗撮を」
「ブレませんね先輩」
僕はため息をついた。
「でも盗撮じゃありません。新聞部に頼まれて男子テニス部の模擬戦を取材した帰りだったんですよ。新聞部でも男子テニスでも確認してもらえればわかります」
「ふむ」
先輩は少し考えるような表情を浮かべると、ヘッドフォンを外して首にかける。
「そこまで弁明を重ねるなら一旦態度は保留にしよう。どうせ調べればわかることだ」
「ええ、ぜひそうしてください」
僕はここまで言っても疑いを完全には取り下げない彼女の頑固さに苦笑しながら、いっそ話題を変えようと先輩の右手を指差す。
「ところで、先輩はこんなところで何を? それにそれ、何です?」
「ああ、これか」
先輩はなぜか少し照れくさそうな表情を浮かべると、手元の器具を差し出して見せた。
直径三十センチほどの透明なパラボラアンテナに銃のグリップがついたような、見たこともない道具だ。
「知らないか? パラボラ集音器だ。野鳥の鳴き声なんかを狙って収録する時に使う」
「へえ、見せてもらっても?」
先輩は無言で頷くと、僕に向かって器具を差し出した。
「この、真ん中の棒みたいなのは?」
「それがマイク本体。それだけでも使えるが、パラボラがあると一つの音に狙いが定められるんだ」
「へえ」
感心するほかない。恐らく、サウンドエンジニアとか、その手のプロが使う専門機材なのだろう。
聞いてみると確かにそうらしく、一介の高校生には過ぎた代物のようにも思う。
「そんな物まで準備してるってことは、先輩も例のうわさを確かめに来たんですか?」
「ほう、君もなのか?」
先輩は目を見開くと、少しだけ嬉しそうに口元をほころばせた。
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