#008 オタクのジレンマ

「(ジュン、ジュ~ン。ジュンジュン)」

「(そんな動物の気をひくみたいな掛け声、やめてくれない?)」


 授業中、隙あらば僕に話しかけてくる師匠。正直に言ってしまえば、話しかけてくれるのは嬉しい。嬉しいけど…………同時に僕は凡人であり、心のどこかで『いつか師匠を失望させてしまう』事を恐れている。


「(私の中では、ジュンは子犬カテゴリーです。お持ち帰りしてイイですか?)」

「(生き物を勝手に拾ってきちゃダメって、ママ、言ったでしょ?)」

「(そこを何とか、責任をもって飼いますから……)」


 責任をもって飼われたい。そう、僕にだって自堕落でエッチな部分はあるので、純真無垢な小動物のように扱うのはやめてほしい。


 でも、嬉しい気持ちもあるから、やっぱりやめないでほしい。


「(そういえば、シャルルさんは……)」

「…………」


 反射的に不機嫌な表情で、視線を逸らす師匠。理由は分かっているけど…………ボッチでコミュ障な僕にとって、リアル女子は気軽に話しかけられる存在ではなく、"呼び捨て"なんてもってのほかなのだ。


「(えっと…………シャル…………"さん"は、絵は描かないの?)」

「…………」


 いや、"さん"でもダメなの? ちゃんもさんも同じでしょ??


「(えっと、ギャバン……)」

「はぁ~(絵は、ちょっと苦手意識がありまして)」


 なんか"諦め"ともとれる表情だけど、OKならそれでいい。ギャバンはファミリーネームであり、つまり名字だ。名字くらいなら呼び捨てでも違和感はないだろう。


「(下手だから、描きたくない?)」

「(まぁ……)」

「(じゃあ、何か描いてみてよ。何でもいいからさ)」

「…………」


 お絵描きシリトリに誘われた事はあったけど、いわゆる『お絵描きの練習』的な絵を描いている様子は無い。


「(なかなか可愛くて、良いと思うけど)」


 ノートの端に小さく描かれたのは、可愛い感じの2頭身の女の子だった。特別ディテールがくるっているとかはなく、子供向けの動物キャラを描かせたらウケそうな感じだ。


「(ダメなんです。私が描きたいのは、こんなんじゃ……)」

「(気持ちはわかるけど、こういうのって結局、続けた成果だから……)」


 正直に言って、これが初期状態なら僕よりもよほど才能はあると思う。もちろん、師匠が秘かに練習して、その結果コレが限界だった可能性もあるけど…………これはこれで味があるので、挿絵系のイラストレーターならなれると思う。


「(それはそうなんでしょうけど…………私は、イラストレーターになりたいわけじゃないので)」


 半分は嘘だと顔に書いてある。しかし実際のところ、そういった葛藤をいだくのも『オタクの道』であり、くわえてオタク業界は才能的なハードルが高いわりに儲からない。それなら、努力しないで消費たのしむ側にまわるのも間違いではないのだろう。


「(そっか。まぁ、それもいいんじゃないかな。できれば…………アシスタントをたの……)」

「やりたいです!!」

「「…………」」


 机と椅子を吹き飛ばす勢いで答える師匠。おかげで教室が騒然となってしまった。


「この問題、解きたいのかね?」

「はい! ぜんぜん、分かりません!!」

「そうか、お喋りは程々にな」

「はい!!」


 どうやらヒソヒソ話はバレていたようだ。




 それはともかく、部活動の発表や、それこそ将来本格的に創作活動に打ち込むようになった時にそなえ、有望な同士であり…………その、まぁ、可愛い女の子が隣にいてくれるのは、悪くないと思っている。

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