如月の歌 ~さざなみ~

一月末から祖母は床につき、意識ははっきりしてベッドの上で体を起こすことはできても、立ち上がるのはかなり困難に。そしてこれまであれだけ三食ちゃんと食べていたのに、徐々に食も細くなっていき……



二〇二三年二月十日

「ワンワン」と人形胸に眠り落つ

九十七で童女にかへる



あめゆじゅとてちてけんじゃ

雪降るを祖母は静かに 寝たまま見上ぐ


   心躍る雪でありますように。

   どうかまだ遠くには行かないで。


二月十一日

目が覚めて「いいお天気ね」

空ながむ 祖母の体調 三寒四温

     

    雪は積もらずに、まぶしい青空の朝。



ストローで ごくんの力なき時は

星スポンジを飴のごとしゃぶる


    口腔ケアスポンジはかわいい花型?星形? 

    それをパクッと加えてしゃぶる祖母。



二月十二日

新登場 魔法のシート「移座えもん」

段階進み 顔ぶれ変わる


    すっかり痩せてしまった祖母。それでも少しベッドの上に移動さ   

    せてあげたいと思うだけで一苦労。

    そんな時に活躍するのが「移座えもん」。

    何のことないビニールシートに見えるけど、百人力。


二月十二日

夜通しで声枯れるまで語りかけ

祖母には見える訪問者たち


    幻視が進み、まるで見えているかのように語りかける祖母。

    見えないほうがどうかしてるのかと思うほど、鮮明に見えている

    よう。背の高いずるずると着物を引きずる亡き妹と語り明かした

    朝は、声も枯れ。


二月十三日

梅咲きて八年来の訪問医

「桜は見れぬ覚悟を」と告ぐ


    やさしい女医の言葉が重く



梅誘ふ メジロ・ヒヨドリ・ヤマバトよ 

窓際ベッド 祖母目を細む


    祖母のベッドが庭むきの窓際に移動。

    今年も咲いた小さな梅と、残りみかんの餌台には千客万来。

    見える景色が、明るくにぎやかでよかったと思う。



二月十四日

「病名は?」医師の答えは「老衰」と

祖母は静かに老いて衰ふ



愛用のぶらさがり健康器には

「ソリタT1」点滴吊るす


     祖母があれだけ毎日大量に飲んでいたお茶も、今では一日

     コップ一杯飲めるかどうか。毎日自宅で点滴「ソリタT1」を

     二百ミリリットルか五百ミリリットルが命綱。

     成分を見ると、塩化ナトリウム、Ⅼー乳酸ナトリウム、ブドウ

     糖なり

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