文月の歌 下

七月十三日

終戦後 土なき島で身籠りし 端島の日々を語らぬ祖母よ


七月十四日

「廃坑の運命たどりし町再び」いまの端島に郷愁の祖母


戦後、しばらく端島(軍艦島)の官舎で暮らしていた祖母。

辛いことも多かったようですが、テレビで見る端島は懐かしかったようで、短歌を残しています。

本歌は、「廃坑の運命たどりし町再び 活気ある炭車の写る今朝のテレビ」(昭和五十六年)



七月十五日

赤紙の無事を祈りし曽祖父母

長崎のピカ 端島より見る


赤紙一枚で出征し、フィリピンで戦死した祖父の兄。

その消息を知らないまま、端島の官舎で帰りを待ち続けていた曽祖父母。

終戦後、祖父母は下田から端島に引き上げ、身を寄せました。



七月十六日

目をこすり「お母さんは?」と問う祖母は

己が手の皺 数えおののく


最近、夢見心地なのか、三十年ほど前に亡くなった曽祖父母や祖父のことを、まるで生きてるかのように「今どうしてる?」と聞くようになった祖母。



七月十七日

暗闇で写真をめくる祖母一人

眠れぬ夜に何を思うか


寝れない夜が増えているようで。

暗闇の中でも目が慣れるようで、誰が写っているかを認知しているのにはびっくり。



七月十八日

祖母の和歌「眠れぬままに涙す」と

乾きし今は何を夢見る


祖母の本歌は、

「言ひ過ぎて心に痛く悲しさ増し 眠れぬままに一人涙す」。

そうそう、昔の祖母は激しい人でした。



七月十九日

疲れると テレビ見るのも億劫で

「これは違う」と遮断する祖母


普段はテレビが友達の祖母。音はほとんど聞こえていないようで、文字放送の字幕を追っているけれど、疲れるとついていけなくなるよう。

「これは違う」と言い出すと、もう疲れた、寝るの合図。



七月二十日

新鮮な刺身などには敏感で

宵越しの飯 パスする祖母よ


新鮮な刺身、うなぎ、お肉などにはとても鼻が効く祖母。買いたて作りたてのおかずはごはん一膳とぺろっと食べるのに、昨日の食べ残しをアレンジして出すと、まったく食指が動かず「お腹いっぱいだから」という。



七月二十一日

「これ食べる?」そう問う祖母は満腹で

好物だけに食指が動く


祖母の「これ食べる?」が出たら満腹の合図。

好きなものなら、聞かずにぱくぱく。



七月二十二日

目薬と鼻紙使う習慣が

絶えず反復 自覚なき祖母


しばしば目薬さして、鼻噛んで(別に出てないのだけど)の無限ループに陥る祖母。あまりの使用の激しさに、持続化可能な再生ティッシュを目指して、こっそり戻してみたり。でも本当にキリがない。



七月二十三日

色褪せた昭和時代の茶道本

祖母のメモ書き 学びをたどる


七月二十四日

田舎から両手いっぱい骨抱え

葉山に墓を建てしと語る


祖父と一緒に福岡から先祖代々の骨を両手に抱え上京したと語っていた祖母。



七月二十五日

盆彼岸 参り欠かさぬ祖母ならば

墓じまいなどありえぬ不孝


「墓じまい」は、いつか考えなければならない問題。



七月二十八日

悲しみにさようならよと足洗い

涙忘れて 日々笑う祖母


祖母が痴呆症になり、最初に失った感情が、悲しみのように思う。

誰かの悲しみに寄り添うことはなくなったけれど、日々を楽しく笑って

過ごせるならそれがよいのかもしれないと思う。



七月三十一日

クーラーの下を通ると「おお、寒い」

口ぐせの祖母 外は猛暑日


おばあちゃん、それはぜいたく。

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