水無月の歌

六月十六日

九十七瞬間記憶喪失も

茶道は手なり忘れぬ祖母よ


誕生日から十日後に詠んだのは、茶道の先生としての祖母。

年を重ね、足の運びも徐々におぼつかなくなってきましたが、それでも着物を着て茶室に入れば、手は自然と動き。身をもって体得したものは、深く刻まれ揺るがないのだと納得。



六月十七日

石のごと祖母の寝姿静かなり

微かな寝息 確かめ安堵



六月十九日

嬉しきは客人よりも手土産と

酒まんじゅうを頬張る祖母よ


荻窪にある高橋の酒まんじゅうをいただきました。



六月二十日

九 七 四 女ばかりの三世代

寝ても覚めても まさに姦し


祖母九十代、母七十代、孫四十代と女三代がそろって暮らし。



六月二十一日

むずがゆり「誰もおらん」と叫ぶ祖母

娘と孫はノーカウントか


六月二十二日

祖母と母 膝の痛みを競い合う

負けず嫌いは親子のさがか


六月二十四日

テレビ見て 声あげ笑う祖母なれど

字幕放送 一拍遅れ


テレビ大好きの祖母ですが、耳がすっかり遠くなり頼りは字幕放送。   

生放送の番組は、一拍遅れの字幕に笑いも後から。



六月二十五日

眠れずに夜のトイレの遠き道

それでも旅に出かける祖母よ


祖母の家のトイレは廊下を出た先にあり、ベッドからは百歩くらい。

足の弱った祖母にはなかなか苦労する道のりなのだが、それでも毎晩二時間おきくらいにはトイレ旅に出る。



六月二十六日

朝起きて カメラに残る祖母いかに

徘徊せずに独り茶を飲む


祖母の状況確認に、数年前から部屋にカメラをつけていました。リアルタイムに見る以外に、動きのあったところは録画で後から見られる設定にして、朝起きたら昨晩の祖母を確認。暗い中、お茶を飲んでいたり。



六月二十七日

目が覚めて「お母さんは?」と聞く祖母に

迎え来たかと言葉失う


祖母の妹が今年の春に九十歳で亡くなりました。 

その死の寂しさをずっと引きずっていたようですが、

朝起きて「お母さんも寂しいだろうね。今どうしてる?」と。



六月二十八日

手を引かれ デイサービスに向かう祖母

頭をめぐる「ドナドナ」の歌


祖母はすっかり足が悪くなり、両手でつかまりながらでないと、歩くのが不安のよう。前は誰かに手を取られるのが嫌だったのに、今では進んで手を引かれるように。ちょっと切なく。



六月二十九日

船乗りの祖父の土産の異国面

ほこりの厚さ 残されし日々


祖母の家の玄関に、アフリカの木製のお面が掛けられています。

大型船の船乗りだった祖父は、半年に一度くらい家に帰ると、世界各地の不思議なお土産をたくさん持って帰ってきました。見たことのないようなオウムや、ダチョウの卵など。

祖父が亡くなって三十年以上。祖母の家で、土産たちに静かにほこりが積もっています。

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