第35話 ハッピーエンド……?


「サキュバスは私です」


 実直ちゃんによる真実の告白。

 絶望に包まれる俺。


 それでも喜律さんは止まってくれない。


「今まで騙していたことを謝罪します。協力者として招き入れてもらいながらその信頼を裏切り続けるというのは心痛にいたすところでした。しかしながら成仁さんの想いを無下にしたくないという気持ちから、悪鬼になる覚悟で己の正体をひた隠しにしていました」

「ちょ、ちょっと……何が何だか……」狼狽えるのは土志田さん。

「ところが成仁さんとのデートを重ねるうちに、私は彼に恋をしてしまいました。すると自分がサキュバスであることが大きな障壁となって立ちはだかったのです。成仁さんを傷つけたくない、騙したくない、正しく恋をする朝久場さんに迷惑をかけたくない。積もりに積もった自己嫌悪が、最後の最後に私の誠実な心を動かしました。信念に従って取るべき行動を取るべきだと。困っている人を助け、人に迷惑をかけず、常に模範となるべし。ならば、これはもう自首以外に道はないという結論に至ったのです。これまでの自分勝手でわがままな振る舞い、お許しください」


 きれいな角度で頭を下げる。こんなに誠実な謝罪をできるサキュバスがどこにいるというんだ。


「待って。話が読めない」


 土志田さんは終始困惑していた。

 そりゃあそうだ。俺たちが積み上げてきた嘘が一気にはじけたんだ。身近に置いていた仲間が裏切り者だったんだ。誰だって頭を押さえたくなる。


「……整理しよう。矢走君がサキュバスで、番条君と付き合っていた。てことは番条君もグルだね。じゃあ昨日のデートは? ……ああ、そういうことか。私が朝久場君を疑ったものだから、これは利用できると仲間に取り込んだわけだね。私の知らないところですべてが動いていたというわけか」


 土志田さんはやれやれとため息をついた。


「本当にごめんなさい」

「悪かったと思っている。本当に申し訳ない」


 俺も深く頭を下げた。

 絶望の淵に立たされているとはいえ、俺が謝らないわけにはいかない。最愛の彼女の位置を守るという大義名分があったとはいえ、友達を偽り続けたのは紛れもない事実。


 どんな罵声も受け入れる覚悟だったが「顔を上げたまえ。友人に頭を下げられたって気持ちいいものじゃないからね」優しい声色だった。


 顔を上げると、土志田さんはいつもの捉えどころのない冷笑に戻っていた。


「君たちの気持ちもわかる。矢走君のような聖人君子がサキュバスだったとしたら守りたくなるのが人の性。フフッ。私が無駄に過激な発言をしてしまっていたことが君たちを追い込んでしまっていたということだね。私にも非があったというわけだ。だが謝らないよ。謝らない代わりに、君たちの背信行為をなかったことにする。それでいいかい?」

「土志田さん……!」


 土志田さんと親しくなるにつれて心の奥底でうごめいていた罪の意識。それが少しだけ取り払われた気がした。


「それよりも気になるのは、まさか矢走君がサキュバスだということ。まさかまさかのまさかだよ。こんなに色欲の匂いがなく、健気で純真無垢な姿を見せるサキュバスなんて初めて見た。どう考えても朝久場君一択だと思っていたのだが」

「ちょっとひどくなーい?」


 名指しで淫乱認定されたのにヘラヘラと笑うリリカ。


「まったく。矢走君みたいな幼児体形がサキュバスだと知っていたら最初から過激な発言は控えていたのに。貧乳サキュバスなら恨みがないからね。能力を抑制する聖具を装着だけして、殺すことなく解放するよ」


 土志田さんはやれやれとそう言った。


 ……えっ? ちょっと待て。


「殺さない? 今殺さないって言った?」

「言ったよ」

「それは本当か! 嘘じゃないよな?」


 土志田さんの前にひざまずいて、神に救いを求める信者のようなすがる目で見上げる。


「嘘じゃないよ。現代のエクソシスト協会は人魔の共生を掲げているからね。むやみな殺生は控えたいのだよ。巨乳なら個人的に抹殺案件だが、矢走くんなら問題ない。殺さないよ」


 当然のように言った。

 ……それを早く教えてくれよ。


「よかった……」


 嬉しくて顔を伏せた。こみ上げてきた涙を止める気はなかった。

 喜律さんはこの世界に生き続けることができるんだ。

 それだけじゃなかった。


「と、ということは、私はこれからも成仁さんとお付き合いを続けることができるのですか? サキュバスの力を抑制するわけですしね」

「力を抑えたとしても極上の餌と恋愛関係というのは難しいかもしれない。万が一があるからね」

「そうですか……」

「まあでも、エクソシスト教会に申請を出せば許可が下りるかもしれないね。矢走君の誠実さをアピールしたうえで、エクソシストの監視下に置かれるという条件付きなら、おそらく通るよ」

「! ……そうすればまた成仁さんと一緒にいてもいいんですか? 今度は一切の負い目なく」

「ああ。構わない」

「本当に?」

「本当さ。この天才エクソシスト、土志田千子に二言はない」


 俺と喜律さんは飛び上がって喜んだ。そしてお互いの命を確かめ合うように泣きながら抱きしめ合う。制服が涙で汚れたってどうでもいい。今は喜律さんの温度を確かめていたい。


 なんだよ! 最初から土志田さんに素直に伝えておけばよかったのか!

 今まで悩んできたことがバカらしくなってきた。でも同時に、一緒に悩んできたからこそ今の俺たちがいる。その意味で、この遠回りは決して遠回りじゃなかったと言える。

 俺たちは正式に付き合うことにした。土志田さんとリリカの前で愛する気持ちを伝えあった。

 もう俺たちを邪魔する壁はどこにもない。明るい未来が開かれているんだ。

 サキュバス騒動譚はハッピーエンドで幕を閉じた。

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