第24話 偽デートは順調……?


「ういっすー」

「あ、朝久場さん」

「リリカでいいよー」

「呼びづらいよ。本当に付き合ってるわけじゃないし」

「キリっちゃんとも仮のカップルなのに名前呼びじゃん。だったらアタシにもそうしないとチコチーに不自然に思われるでしょ」

「じゃあ……リリカ、さん」

「さんはダメ。設定上、アタシはキリっちゃんよりも親しい関係なんだから。呼び捨てじゃないと」

「……リリカ」

「よろしい」


 時は進んで日曜日。約束通り十時に駅前に到着した俺を出迎えたリリカが早々に主導権を握ってきた。

 呼び方だけじゃなくて服装も攻めてきている。

 胸元を強調した黒いオフショルダーに曲線美を余すところなく見せつけるホットパンツ。いくら温かい晩春とはいえ露出の激しい恰好だ。こうして間近で見るといかにもサキュバスっぽい。


 なんでリリカが普通の人間で喜律さんがサキュバスなのか、世の中不思議だ。


「で、チコチーとキリっちゃんも来てるの?」

「もちろん」


 ちらりと後ろを見ると、サッと壁に隠れる二人の女子。サキュバスバスターズ。


 今回のデートは彼女たちにも伝えてある。


 喜律さんに関しては朝久場さんが協力者になってくれたことまですべて話してある。喜律さんは少し複雑そうな顔をしていたけど「朝久場さんは迷惑していないよ」と強調したところ、ようやく納得してくれた。罪悪感を取り払う効果は少なからずあったと思う。


 土志田さんにはこの裏話までは伝えていない。「朝久場さんにデートに誘われた」とだけ伝えておいた。そしたら「尾行させてもらうよ。サキュバスとしての決定的証拠がつかめそうだからね」とストーキング宣言。リリカをサキュバスと確信してもらうためのデートなので、こちらとしても大歓迎。とことん見せつけるつもり。


 ちなみに会話を盗み聞きしたいと土志田さんからトランシーバーを渡された。デートの所々で通話状態にする約束を交わしてある。


 とにかく。今日の目的は土志田さんに俺の彼女が朝久場さんだと勘違いしてもらうこと。それだけを意識するんだ。


「よーし。今日はとことん遊んでアタシたちの愛を見せつけようね。それじゃあレッツゴー」

「!」


 なんということでしょう。リリカ様がいきなりカップル特有の女が男の腕にしがみつくタイプの腕組みを仕掛けてきたではないか。しかもそのまま密着するように体を押し付けてきた。

 ムニっと、腕が柔らかいものに挟まれた。


「……当たってる」

「えー? それくらい普通じゃない? カップルなんだし」


 当ててんのよ、と言わんばかりになおも押し付けてくる。


「フツウ?」


 思えば俺は異性と縁のない人生を送ってきた陰キャ。最近は喜律さんや土志田さんと一緒にいる時間が増えて免疫が付いていたけど、ここまで女の子らしい女の子と話すのは初めてだ……あ! ふたりのことを悪く言っているわけじゃないぞ! ただ体つきを見るとね、リリカとはね、月とすっぽんくらい差があるよね。女子力も雲泥の差だよね。


 背後から木の枝が折れる音がした。きっと細枝すらも挟むことができない貧乳の怨嗟だろう。おぞましい。

 男のロマンを腕に感じながら街に繰り出した。






「まずはそのダサい服っしょ」


 最初に訪れたのはオシャレなメンズファッション店。

 モノクロをベースにした店内は大人の雰囲気。新品の服の匂いって落ち着くよね。

 普段着を古着屋で調達している俺からすれば異世界転生した気分。こんなお店にも入っていいんだ。会員証とか掲示しなくて大丈夫?


「せっかくのデートなのにさ、なにそのくたびれたシャツは。ダサいよ」

「ダサいかな……」


 毎日着てたのに。喜律さんとのデートにも着ていったのに。


「それにジーパンも色あせてる。こんなのでデートに来るなんて最低っしょ」

「……ごめん」

「ま、どうせ本命のデートじゃないからって油断したのかな。キリちゃんのときはもっといいもん着たんじゃないの。それくらいわかるから」


 ……喜律さん。ホントごめん。


「コーディネートから始めないとね」


 リリカは早足で店内を回り、次々とラックから服を手に取り俺の体に合わせては首をひねって元に戻す。着せ替え人形と化した俺は黙って付いていくだけ。

 ふと店の外を見ると、ガラスの向こうで険しい顔の土志田さんが耳を指で叩いていた。

 合図だ。トランシーバーの通話をオンに。


『死ねクソビッチサキュバス』


 音量を最小にしといてよかった。これをリリカに聞かれたらせっかく協力してくれているのに申し訳ないからね。


『土志田さん。口が悪いですよ』


 さすが聖人! 言ってやれ!


『たしかに胸を押し当てるなどというような直接的なやり方には私も胸が痛いところではありますが、朝久場さんだって悪気があるわけじゃありません。きっと素で淫乱なんです。エッチなんです。生まれつき性に支配されているんです』


 あれれ? 喜律さんもちょっと口が悪いぞ。そんな子だったっけ?


「一通り見繕ったから試着してみて」


 数着を両手に抱えて戻ってきたリリカに黙ったままトランシーバーを見せつける。通話中であることを伝えるため。

 リリカも察しがいい。黙って頷く。

 ここから先は土志田さんに会話が筒抜け。カップルの演技をしていることは絶対に知られてはならない。言葉に気を付けないと。


「はーい、試着室はあちらでーす」


 あっけらかんとした声を出せるリリカは演技上手。盗聴されているという緊張を微塵も感じさせない。

 俺も頑張らないと。


「おー。リリカが選んでくれた服かー。嬉しいぞー」

「……わあ、こんなところに大根が生えてる!」


 ……ええはい。大根役者でゴメンなさい。

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