第21話 ラブホ前にて張り込み中


 ネオンライトが輝く夜の街。空に浮かぶはおぼろ月。


 アミューズメント施設とは駅を挟んで反対側の繁華街。飲み屋、バー、スナック。どちらかというと大人向けのお店が林立している。平日ならばスーツ姿の人々が仕事帰りに立ち寄る姿が見られるが、今日は土曜日なので私服が多い。


 そんな駅前繁華街の目抜き通りから一つ内側の裏通りに入ると街灯が弱くなり、行き交う車も少なく、怪しげな薄暗さに包まれる。ただ暗いだけなら不気味という意味での怪しさになるんだけど、ここの場合の怪しさというのはどちらかというと夜の営みを感じさせる怪しさだ。


 特に目の前の建物はその象徴と言っていい。

 マゼンタピンクに染まった看板、洋風のお城を意識したデザインの外観、『ホテル・ラブリーゾーン駅前店』というド直球の名前。


 そう、ここはラブホテルが立ち並ぶラブホ通りである。


 ゲーセンデートを終えた俺たちは、あのあと土志田さんに呼び出された。


「朝久場たち、このあとラブホに行くらしいよ。夜ご飯を食べた後とのこと。ぜひその瞬間を己が目で確かめたい」


 デートに夢中ですっかり忘れていたけど、サキュバス疑惑の朝久場さんを尾行中だった。

 というわけで俺たちも腹ごしらえをしたあと、ラブホ通りに移動。朝久場さんと松下君が来るのを街路樹の陰に身をひそめて待っているという状況だ。


 時刻は二十一時を過ぎたところ。人通りも多くなってきた。


「十八歳未満はラブホテルに立ち入り禁止のはずです」


 むすっとした顔の喜律さん。同級生の違反行為にお怒りの様子。

 対してパーカーをかぶって不審者モードの土志田さんはニヤニヤしている。


「私服だとバレないから大丈夫だよ」

「でも高校生と疑われたら身分証明書の提示を求められます。もしバレたら警察に通報されてしまいます」

「ないね。だって店側からしてもお客を追い返すよりも知らぬ顔して招き入れたほうが得じゃないが。ウィンウィンだよ」

「それを警察に知られたらお店側が摘発されてしまうじゃないですか」

「バレなければいい」

「あなたという人は……」


 真正面からぶつかる喜律さんと、それを飄々と躱す土志田さん。やはり二人は対極の存在。


「ほら、雑談をしている間に主役の登場だ」


 マゼンダピンクに照らされてやってきた一組のペア。ツインテールに露出の多い服装をした女子が朝久場さん。サキュバスと疑われているけど普通の女子高生。その隣で大人の雰囲気に圧倒されて挙動不審の陰キャ男子が松下君。チン長ランキング銀メダル保持者(解説は金メダリストでお届けしております)。

 ふたりは手をつなぎながら、朝久場さんがリードする形でホテル・ラブリーゾーンに入っていった。

 一部始終を見届けた後、土志田さんが嬉しそうに声を上げる。


「ほらほらほら。見たかい見たかい見たかい? あんな不釣り合いカップルがホテルに入るかね? よほどの利害関係がないと行為に至るとは思えないねえ。矢走君、どう思う?」

「まだ朝久場さんがサキュバスだと決まったわけじゃありません」

「強情だね。ここまで見せられてまだ彼女たちを信じるというのか。君の誠実な心にはつくづく感服するよ。まあ疑いたくないならそれでいい。私は私を信用するだけだからね」

「それよりも、もう帰りませんか? 見たいものは見られたわけですし」


 喜律さんは終始居心地が悪そう。こうして普通の男女の営みを盗み見しているという事実がたえられないのだろう。しかもその原因が自分にあるのだからなおのこと。

 しかし土志田さんは首を横に振る。


「いいや、それはできない」

「どうして?」

「私はね、サキュバスの獲物が松下君一人だけとは思わないのだよ」

「……まさか朝久場さんがたて続けに別の男を連れ込むと思っているのか?」

「ご明察。サキュバスならば一夜に二~三人の男の相手をしてもおかしくないからね。その確認をしたいのさ」


 ふたりが速攻解散すればただのカップルの可能性が出てくる。逆に朝久場さんが別の男と再入店する事態があれば、いよいよサキュバスと断定されてしまうわけだ。

 ……朝久場さんはサキュバスじゃないわけだし、たぶん松下君で終わりだよな? もしそうじゃなかったら相当のヤリマ……ゲフッゲフッ。


「ちゃんと証拠をおさめるためにカメラも用意したよ。長時間待機できるように椅子も持ってきた。一人分だけど」


 カバンから盗撮でお馴染みのタブレット、そして組み立て式の椅子を取り出す。張り込み刑事かよ。


「未成年の外出は夜の十一時までです! もう帰りましょう」


 法令という観点からしても罪悪感という観点からしても土志田さんを強制退去させたい喜律さんが必死の説得。

 しかし、やはり土志田さんのほうが一枚上手なようで。


「安心してほしい。特別な祭礼などがある場合には十一時以降の外出も許されるケースがあるのだよ。ほら、今も真っ白な花火が打ち上げられているじゃないか」

「花火ですか? 音も聞こえませんが」

「ホテルから聞こえてくるじゃないか。パンパンって」

「聞こえませんが」

「土志田さん! 無垢な少女を弄ぶのはやめてくれ!」


 その後も土志田さんは従う様子を見せないので、俺は喜律さんを説得して、ふたりで先に帰宅することになった。


「絶対に十一時までには帰ってくださいよ!」

「はいはいはいはい。あと少ししたら帰るよ」


 はいは一回、と指摘する気も失せるはい連打。これは絶対帰らんだろうなー、と思いながら俺と喜律さんはラブホ通りをあとにした。

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