第17話 負けイベに抗ってもロクなことにならない


 クレーンゲームデート。

 そのターゲットを巨大テディベアに絞った俺は、長期戦に備えてさっそく両替機に向かった。


「お金は大丈夫なんですか?」


 両替機の前で財布を取り出した俺に心配そうな顔を向ける。


「大丈夫。一万円ある」


 大事な貯金。そのすべてを持ってきた。


「い、一万!」


 口を押えて青ざめる喜律さん。


 高校生にとって万札は大金。ま、心配になるわな。

 しかしこういうときこそ男の見せどころ。女のために猪突猛進。熱くてクールなクレージーボーイ。

 俺は顔だけ振り返り、さながらアクション映画のラストシーンで恋人に命を捧げるイケメン俳優のようなキザなセリフを口にする。


「安心してほしい。喜律さんのためならすべてを投げ打つつもりだからさ」


 そして財布から一万円札を(震える手で)取り出し、(目を泳がせながら)投入。

 ジャックポットでも当たったかのようにジャラジャラと音を立てて落ちてくる百円、その数、百枚。これが俺の命だ。

 排出皿に溜まった命を(血の気の引いた顔色で)鷲掴みにして、乱雑にポケットに突っ込んだ。そして(ふらふらした足取りで)獲物の前に戻り、決め顔で(ただし充血した目、引きつった口角で)、


「さあ、勝負デートを始めようか」

「死に体ですよ!?」


 ……だって全財産なんだもん。怖いもん。


「だ、大丈夫……吐き気と頭痛と陣痛に襲われてるだけ」

「最後のは幻覚なのでは? 無理をしない方が……」

「本当に大丈夫だから。それより喜律さんが最初にプレイして。早くしてくれないとトイレに逃げ込んじゃう」

「わ、わかりました!」


 急かされた喜律さんは慌てて百円を投入。ピロンという電子音が鳴ってゲームスタート。

 まずは一番のボタンを押してクレーンのエックス軸をボスの頭の位置にピタリと合わせる。

 次に二番のボタンに右手を乗せながら腕を伸ばして体を筐体の横に回り込ませ、奥行きを測る。さすが喜律さん、どんな相手でも手を抜かない。


「行きますよ」


 ボタンを押すとピロピロピロという音とともにアームが奥に移動。


「ここです!」


 アームが前頭部に差し掛かった直後、ボタンを離す。爪を開いたアームが下降する。本来なら最下段の下敷きベアーのところまで落ちていく仕様だけど、ボスの頭が天井付近にあるので、ほとんど下降することなく接触、下降が止まる。


「押し倒し作戦です」


 クレーンゲームと言えば爪で景品を取るのが一般的だけど、今回のような巨大な景品の場合、ひ弱な爪でつかみ上げることは不可能。

 そこで喜律さんはアームが落ちてくる力を利用してテディベアの頭を押す形をとった。ポイントは頭頂やや前よりを押すこと。アンバランスな圧縮力を受けることで頭部が前方に傾き、そのまま頭から前転するのを狙ったわけだ。

 が、


「ダメですね……」


 アームの下降する力に比べて重過ぎる体重、加えて前方に放り出された両足がつっかえ棒となって踏ん張る。結果として前転をするどころかちょっとお辞儀をしただけで終わってしまった。


 出発時はピロピロピロピロと意気込んでいたアーム君もあまりの惨敗具合に「あれ? 何かありましたか?」とまるで他人事のように音もなく定位置帰還。これでは木の棒でラスボスに立ち向かうようなもの。先が思いやられる。

 でも。

 喜律さんが失敗したことはよかった。クレーン史上最高級の難易度を誇るこの筐体を突破されてしまったらミッション達成は不可。カップル(仮)はあえなく解散となるところだったからな。最悪のシナリオは免れた。


 さて、ようやく舞台が整った。あとは俺がボス熊を倒すだけだ。


「待っててくれよ喜律さん。絶対に取ってみせるから」


 筐体の前に立つ。こんもり盛り上がったジーンズのポケットから一枚取り出し、デュエルスタンバイ!


 チャリン。

 デレレレレン!

 ピロピロピロ。

 ピロピロピロ。

 ……。

 チャリン。

 デレレレレン!

 ピロピロピロ。

 ピロピロピロ。

 ……。

 チャリン…………。



 ……。

「成仁さん……! 硬貨ライフが……!」


 夢中にボタンを押し続けること十五分。気づけばポケットのふくらみは半分以下になっていた。


「はぁはぁ……俺のターンはまだ終了していないぜ!」


 なのにクソッ! どうして足が震えているんだ!


 下腿三頭筋の力を失った俺は台にすがりつきながら猛獣を見上げる。

 フロアボスは残酷なほど無表情に俺を見下ろしている。その立ち位置は微動だにしていない。掴んでみたり押しつぶしてみたり足を引っ張ってみたりしてみたけど、うんともすんとも言わない。


 まさに不動熊王。負けイベに直面した主人公たちの気持ちが今ならわかる気がした。

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