第15話 ミッション形式の仮デートその2『ゲーセンデート』
最寄りの駅から徒歩五分の場所にある複合型アミューズメント施設。
一階から三階までは中央が吹き抜けになったゲームセンターエリア。クレーンゲーム、メダルゲーム、レースゲームやシューティングゲームなど手軽に楽しめる筐体であふれている。あちこちから爆音の音楽が流れているしピロリロリンみたいな機械音も混じってるし人ごみの会話も騒がしいし、慣れていない人にとっては頭が痛くなる環境かもしれない。
「喜律さん、大丈夫?」
「スペクタルでファンタスティックでデンジャラスな……おお、耳が……」
喜律さんはすでに目がグルグルしてました。
四階から十階にはボウリング、ダーツ、ビリヤード、卓球、カラオケ、バッティンセンターが入っていて、友達と遊ぶにしても彼女とデートするにしても文句ない遊び場だ。
さて、今回もただサキュバス探しをするだけじゃない。ちゃんと隠密デートが用意されております。
尾行しながらゲーセンデート。
達成条件はこちら。
1・喜律さんがクレーンゲームに苦戦
2・助太刀に入った俺が見事ゲット
3・喜律さんがぬいぐるみに顔をうずめながら感謝を口にする
……喜律さんはどこからデート知識を手に入れているんだろう。テンプレすぎるし簡素すぎるし。古のラブコメでも呼んだのかな?
前回に比べてありがたいところは、土志田さんの視線は常に朝久場松下に向けられていること。
隙を見て離脱すればすぐに達成できそうだ。
なんて思っていたら、
「あ、君たちは好きにしてていいよ。私一人で尾行するから」
三人でこそこそしていたら目立つから、という理由で追い払われた。
「君たちを呼んだのはもしサキュバスが本性を現したときに力づくで止めるため。用があったらこちらから連絡するよ」
土志田さんは一方的に発言すると、パーカーをかぶって人ごみの中に消えていった。
残された俺たちは拍子抜け。
「土志田さんの監視をかいくぐるために作戦練ってきたんだけどな。お腹下してトイレに行くふりとか、両替するためにお札を多めに持ってきたりとか」
「骨折りゾンビの首だけモーゼですね」
「何それ怖い」
こうして突発的に始まったゲーセンデート。
嬉しいはずだけど、それ以上に押し寄せてくる不安。
(デートって何をすればいいんだろう)
付き合い始めて一週間弱。こうして二人きりでデートをするのは初日の下校デート以来二回目になる。最近は土志田さんのおかげで二人きりになる時間もほとんどなかったし、そのわずかな時間の会話もいかにサキュバスを悟られないか、という作戦会議に終始。
思い返すとカップルらしいことなんてほとんどできていなかった。ランチデートだって仲睦まじいカップルの営みとは程遠い代物だったし。
俺と喜律さんの仲はまだまだ仮のカップルのままなんだろうな。もっとアピールしてかっこいい彼氏にならないと。
と、ここで気づく。
――この時間って絶好のアピールチャンスなのでは?
何でもそろっている遊び場。ふたりきり。土志田さんの視線を気にしなくていい。
おまけに、自慢じゃないが俺はゲーセンには精通している。中学時代、友達がいなかった俺は勉強の羽休めに一人で足を運んでは遊びまくっていた。
「成仁さん。成仁さん」
弾む声に我に返ると、喜律さんが入り口そばにあるドーム型のクレーンゲームを興味津々に覗いていた。回転する盤上に積まれたカラフルな包装のチョコレートは宝石のように輝いていて童心をくすぐる。
「これ、どうやって遊ぶのですか?」
「知らないの?」
「はい。お恥ずかしながらこのような場所にはあまり来たことがなくて。普段は図書館に行ったり清掃ボランティアに参加したり。友達と遊ぶときも喫茶店やショッピングにはいきますが、ゲームセンターは数えるほどしか行ったことがありません。お金がもったいないとお母さんがよく言っていましたので」
「三日で小遣いを使い果たした俺にぶっ刺さるお言葉です」
「でも心の中では憧れていました。だって夢の世界のように煌びやかですもの。いつかこっそり遊びに行きたいと思っていました。しかし一人では遊び方がわからなくて……」
そう言って俺の顔を覗き込む。その瞳はそっと背中を押す一言を待っていた。
この瞬間、脳裏に理想の彼氏像が浮かび上がってきた。
『どうやってアームを動かすのですか?』
『タイミングに合わせてボタンを押すんだよ』
『ボタンの押し方がわかりません』
『しょうがないなあ』
華奢な体を後ろから包み込み、そっと腕をとる。交わる体温、高まる鼓動、初めての共同作業。俺たちのアルバムの一ページ目が刻まれた瞬間だった……。
「ムフフッ」
「成仁さん? どうしました? 鼻を伸ばしたような顔をしていますが」
「なんでもない!」
純粋な目を向けられ慌てて口もとの涎をぬぐう。
下心は置いておくとして。
これは株を上げるチャンス。ゲーセン素人の喜律さんをリードするんだ。
「しょうがないなあ。ゲーセンマスターと言われたこの俺がゲーセンの歩き方ってやつを教えてやるよ」
「! 本当ですか! ぜひお願いします!」
満面の笑みを浮かべる喜律さんと内なる魂をメラメラ燃やす俺。
男を見せるゲーセン巡りの始まりだぜ!
「ほら。こんな感じでアームが下りるタイミングとお菓子の山が流れてくるタイミングを合わせるんだ」(五個ゲット)
「なるほどです!」(十五個ゲット)
「レースゲームはハンドルとアクセルやブレーキのペダルがあるから、テレビゲームよりもリアルな運転が体験出来て楽しいよ」(二位)
「素晴らしい!」(一位)
「助けて! ゾンビに掴まれた!」(残機0)
「とりゃああああ!」(残機5)
「……喜律さんってエアホッケー部?」(〇点)
「図書委員の活動をしています」(五〇点)
……………。
一階のベンチに腰掛けて休憩中。自販機に飲み物を買いに行った喜律さんを見届けてから大きくため息をついた。
おかしい。こんなことは許されない。
一時間前の意気込みは光学顕微鏡で覗いても見えないほど粉々に打ち砕かれた。
特に最後のエアホッケーはなに? 完封ってありえるの? 最後にお祭り感覚で大量のパックが出てくるイベントあるじゃん。あれ全部俺のゴールにぶち込まれたんですけど。お祭りじゃなくてお通夜だよ。ただの虐殺だよ。
喜律さんの才能を侮っていた。
真面目なイメージが先行しがちだけど、喜律さんって実はパーフェクトヒューマンなんだよな。容姿性格学力運動神経、すべてがトップクラス。ヒューマンスぺックをレーダーチャートで表したら俺のグラフは喜律さんの多角形に完全に覆われるに違いない。
やっぱり俺なんかじゃ役不足(誤用)なのかな。
膝に顔をうずめてドンヨリ悲壮感を垂れ流していると、首元にひんやりとした感触。飛び上がる。
「運動後の火照った体を冷やさないとですからね」
喜律さんはキンキンに冷えた缶ジュースを俺に手渡すと、そのまま隣に腰を下ろす。
踵から膝、膝から腰、腰から上半身に至るまですべてが直角。スーツを着ていたら就活雑誌の表紙を飾りそうなほど整った姿勢である。
「楽しいですね! ゲームセンター」
しかし表情は正反対。遊園地に来た子供のような笑顔を浮かべている。
明るく元気に誠実に。
一年前のあの日、初めて出会ったときから変わらない俺の女神がそこにいる。
対して俺はどうだ?
俺はあの日から変わった。喜律さんに救われたおかげで運命に抗う心、射石飲羽の精神を手に入れた。だからこうして彼女の隣に座っているわけだし。
(だったらゲーセン初心者にボコられたくらいで諦めるわけにはいかないよな)
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