3.聖女は親友と恋バナをする


 夜、セレーノン女神教会。

 教会の敷地内には教会で働く者の為に造られた居住区画があった。

 其所で暮らすのは教会の神官、シスター達、そして聖女も。


「さぁ!知っていること全て、洗いざらい話してもらうよ!ラフィア」


 そう言って、顔をずいっと近づけたリンは横に座っているラフィアを見つめた。


「わかっているよ。ちゃんと話すから」


 今、ラフィアはリンと一緒に教会の居住区画内の聖女に与えられた部屋にいる。


 絨毯を敷いた床にクッションを置き、その上にリラックスした体制で座り、低めのテーブルの上に置かれた、リンの持ってきた幾つかのお菓子とグレープジュースを飲み食いしながらお喋りをする。リンとの、いつものお泊まり会の様子だ。


「えーっと、何処から話そうかな。王子殿下が来たあたりからかな」


 居心地を良くしすぎたのか、同じ建物内でラフィアの部屋から徒歩数秒のリンがよく泊まるようになってしまったが。


「そうだね。最初からしっかりと話してほしいな」


 やっぱり、王子殿下の話は気になるらしいリンにお泊まり会INラフィアルームが始まって早々に詰め寄られている。まぁ、はぐらかすのにも限界はある。リンとは付き合いが長いだけあって嘘とかは絶対見破られてしまう。

 それに王子殿下や司教様に口止めとかされてないし。リンなら…私が恋をしたことを気付いて、直ぐ様誰なのか吐かせたけどその後、今まで誰にもバラさないでいてくれてるリンなら…信用できる…うん。信用できる。


 そう考えを纏めた私はリンに話した。



 ***



「そうだね。…王子殿下から大切な話があるって話の場を教会に指定してね。王子殿下は教会に来て部屋に入って話もそこそこに私に求婚したんだ」

「…え?今、何て?」

「王子殿下は話もそこそこに私に求婚したんだ」

「うん。知りたいところを察して言ってくれてありがとう。……いや、そうじゃない」


 質問の答えを聞いたリンはラフィアから話された内容を頭で理解し、理解したがよく分からず混乱した。


 今、目の前にいる親友が昨日教会でシュネル王子殿下とほぼ2人きりで話をしたのは、教会の皆が知っている。そして皆が気にしている話の内容。それが求婚だったのなら確かに凄いことだ。だが、そんなことは誰も聞いていない。直ぐに広まりそうな話なのにリンは聞いていなかった。

 祈りの間に続く廊下で聞いたラフィアの話の方がまだ本当に近いように思う。


「…嘘じゃなくて?」

「嘘でも、冗談でもないよ」


 そう考えて訊いた言葉はラフィアに否定された。

 その言葉を聞き、その真面目な嘘などついていないと思える親友の顔を見てリンはラフィアの言葉が本当の事だと察した。


「そっか、でもそれなら何でシュネル王子殿下の求婚の話が広まってないの?おめでたいことなのに」


 だが、別の疑問が出てきた。シュネル王子殿下の結婚なんて国を挙げてお祝いする様なことだ。求婚をしたことが昨日今日の話とはいえ、噂にすらなっていないというのは少し不思議だ。


「ああ、それは私が求婚に気付いていないふりをして王子殿下を帰したからだよ」

「…うん。何て?」


 ついさっきにも同じ様な事をした気がする。そう思ったリンだったが聞かずにはいられなかった。



 ***



「……なるほどねー。中々の事をするね、ラフィア」

「そうかな?」


 リンに昨日の王子殿下の求婚の全貌を話した。流石に説明が端的すぎたらしく『詳しく話して!』と言われてしまったので、懇切丁寧に説明をした。王子殿下が求婚の言葉を言ったところは目をキラキラさせていたリンも、私が求婚に気づかない(ふり)をして言った言葉辺りを聞くと、訳が分からないという顔になっていた。

 まぁ、最終的に理解したようなら良かった。


「でも、勿体ないことをしたね」

「勿体ない?どこが?」


 そう思っていたらリンが残念そうな声で言った。

 一体どこが勿体ないと言うんだろう。私としては満足のいく結果だと言うのに。


「だって、王子殿下に結婚を申し込まれるなんて一生で無いか無いかだよ!」

「ええ…。私は無くて良かったのに。それに、ほら私には…」

「好きな人いるって知っているけど!それとこれとは話が違うの!本物の王子様から求婚されたらキュンってしない?」

「しない。」

「えー、即答。王子様に憧れる子達全員からブーイングされるよ」


 そんなことを言われても、と思う。私から見れば王子殿下は誰かに押し付けたい位に関わりたくない人物だ。

 だが、王子殿下は式典以外で見ることはそうそう無い。王子殿下とほぼ2人きりでお茶会をしまくり、王子殿下の本性を見た私とあまり接したことの無いリンと印象が違うのだろう。

 私も第一印象は物語から飛び出した王子様だった。度重なるお茶会で違うと知っただけで。


「それじゃあ、これを聞いても私にブーイングが来るか判断してもらえる?」

「?うん。王子様は皆の憧れだからね!厳正に判断するよ」


 今、目の前にいる親友がシュネル王子殿下を憧れの王子様だと思っているのなら、それは違うと気づかせるのみ。


「それじゃあ、話すね」


 きっとこの話が終わる頃には『勿体ないことをした』なんて言えなくなっていることだろう。


 そう思いながら、ラフィアは王子殿下との思い出をリンに話し始めた。




 ***




 私は、聖女就任式で初めて王子殿下を見たんだ。その時は忙しくて一言挨拶しておしまい、だったけどね。


 だけど後日、王子殿下から王城に召喚の手紙が毎日のように来るようになって、


「ギラギラとした宝石で着飾り、猫なで声をして話す令嬢達がすり寄って来て煩わしい」

「昨日言っておいた資料を用意できていない仕事の出来ない側近がいる」

「この菓子の見た目が悪い」

 等々の王城で働き、王子殿下の為に動いている者達への、愚痴ばかりのお茶会が始まったんだ。


 流石に毎日の様に他人の罵詈雑言を聞いていたくはないし、頻繁に行われるお茶会で教会の業務が溜まっていたので、お茶会に行くことを1度、断ったんだ。


 そしたら…、王子殿下が教会に来て、セレーノン女神教会の見学を急遽行ったんだよ。


 もう教会はてんやわんやの大騒ぎだった。なにせ、『何時もの様子が見れるから』と言う名の事前連絡無しの訪問だったから。


 急な訪問でわたわたしている司教様達を気にせずに私を見つけて王子殿下は、


「聖女ラフィア、プロスペリテ王国1番と言われる癒しの奇跡使い手が普段教会でどうしているのか私に見学させてはくれないか?」


 数日前に『聖女の業務が忙しいのでお茶会には暫く行けません』って手紙を出したばかりの人に言うセリフかな?


 しかも王子殿下のその言葉に、司教様がこれだ!って顔をして私に、どうかそうしてくれ!って訴えかけてきたから、渋々私が治癒をする時に使っている部屋に王子殿下を案内したんだ。


 それにしても、私が使っている治癒用の部屋に王子殿下とその護衛がいるのは圧が凄かった。


「何時も通り、楽にして大丈夫ですからね。お怪我をされて辛いでしょうから」

「いっ、いえ、大丈夫です。問題ありません」

「…そうですか。本当に辛かったら言って下さいね」

「は、はい!お気遣いありがとうございます。聖女様」


 そう、ガチガチに緊張した声で返事をする患者さん。右腕は紫色をしていて明らかに怪我をしている。きっと今も痛みが襲っていることだろう。


 私は癒しの奇跡を使って治癒をすることが得意だから案内される人は怪我人が殆どなんだけど、部屋にあるベットを患者さん達は王子殿下に気をつかって使ってくれなかったんだ。


 とうとう無理して座り続けた人が貧血で体調不良になってしまったから、これは見過ごせない。と王子殿下に軽く注意したんだ。


「王子殿下、此方にいらっしゃる方達は怪我をして治してもらいに来ます。決して無理をして体調を崩すなんてことはあってはならない場所です。ですので王子殿下、一言で良いのです。私のことは気にしなくていい。とそう言って頂ければ皆さんが少し楽な姿勢をとれるはずです」


 そう私が言った言葉を聞いた王子殿下は、微笑んでこう言った。


「そうか。ラフィアを不安にさせたようだな。すまない。だが、そんなつもりではなかったんだ。信じてくれ。私は心配だった。治癒と称してこんな個室に2人きりだなんて、何かあったらと思うと心配でな」

「部屋の前には教会騎士の方がいます。それにこの部屋で傷つく者は患者さんも私もおりません。王子殿下が心配される様なことは何も」

「ラフィアは純粋だな。だが、そんな優しい者ばかりではない。私は、ラフィアがこの部屋で治癒をすることで女性として致命的な事があったと思われてほしくはないんだよ。君の為にならない」


 ラフィアの為に言っている、と言わんばかりの態度で。私に受け入れられて当然だと、そう思っている顔で。間違いなんて言ってないと、そう自信のある声で言った。


 結局、治癒が終わるまで王子殿下は態度を変えることも、部屋に来た患者さんに言葉を掛けることもなく、見学は終了した。



 ***



「……どうかな?王子殿下との一部の出来事を語ってみたけど」

「あー。確かに、ブーイングはないかも。少なくとも私はできない」


 話を聞いたリンは、苦々しい顔でジュースを飲んで言った。


「だって、私達セレーノン女神教会に所属している者にとって、女神様に与えられた奇跡を誰かに使う事は大切で当たり前の話だよ。それを一国の王子とはいえ、蔑ろにする様な言葉を言ってほしくはないなぁ」

「うん。そうだよね。私もそう思うよ」


 ラフィアがジュースを注いだそばから飲み干し、只のグレープジュースであるはずの飲み物をグビグビと喉に流し入れたリンはダンッ!っとテーブルにコップを置いて話し始めた。


「と言うか、それを聞いているともしかして知らないのかな?有り得ないと思うけど。契約を知らないなんて、有り得ないよね!治癒用の部屋では神官と怪我人は互いに許可しないと触れられないってやつ!」

「うん。そうだね。ジュース飲む?」

「飲む!………ぷはぁ!美味しい!」


 おかしいな。今、リンが飲んでいるジュースは普通のグレープジュースの筈。見た目だけならワインぽいといえなくもないが、決してお酒ではなかった筈だ。何でお酒を飲んでいるみたいな反応になっているんだろう。


 でも、そんなリンの言うとおりなのだ。昔色々あったらしく、治癒用の部屋では互いに許可がないと触れない。それはこの国、いやセレーノン女神教会のある国では、大人でも子供でも大抵の人は知っている。王子なら絶対に習っている筈だ。それなのに知らない、いや知らないふりをした?……いや、考えすぎだろう。


「ラフィア~。このジュース美味しいねぇ~」

「い、いつの間に、飲み干してる」


 そんなことを考えていたら、リンが絡んできた。いや、何でそんなに酔ってるの?ジュースしか飲んでないはずだよね?

 まぁ、深く考えるのはよそう。雰囲気に酔っているんだろう、きっと。


「はいはい。リン、落ち着こうね」

「うふふ~。そういえば、ラフィアはぁ~。例の彼と何か進展、あった?」

「ッ!え?し、進展ってなんの?」


 このジュース美味しくてお気に入りだけど、何か変な物でも入っているかもしれない。とさっきとは違うジュースを用意してリンに飲ませようと思っていたら、リンからアムルスさんに対する質問が飛んできた。


 昼間、部屋でしたアムルスさんの職場に行けるという約束を思い出し、僅かに反応した私を見逃さずリンはキラッと目を輝かせた。


「えっ!本当に何か進展があったの?なにがあったの?ねぇねぇ!」

「あの、えっとね。その……アムルスさんの職場にお邪魔できることになって」

「わぁ~!凄い!一緒にお出かけだぁ~!より仲を深めるチャンスだね。職場かぁ、確かそのアムルスさんの職業って魔獣使いだよね!……魔獣?」

「うん!そうなの。先月に約束をしてたんだけど、今日ついにアムルスさんから職場に来ないかって誘ってもらったの!」


 ちょっと前まで話していた内容なんて忘れてリンが話に飛び付く。

 私は私で話していたら、アムルスさんの職場に行ける嬉しさでテンションが上がってきて、当日の服どうしよう、可愛い服がいいけど魔獣に会うから動きやすい服にした方が良いよね。と考えていた。


 そんな中、さっきから静かになって何か考えていたリンがおずおずと私に訊いた。


「えーっと、初めてのお出かけで、職場である魔獣に会いに行くと。これであっている?」

「うん!そうだよ!ああ、リンも当日着ていく服を一緒に考えてくれない?」

「うん、それはいいよ。でもね……誰が恋した人と初めての、これからの関係を決めるかもしれない重要なお出かけで魔獣に会いに行くの!!普通は街中を歩いてスイーツを食べたり雑貨屋に寄って買い物したりするものでしょう!?」


 質問というか確認をしたリンが何故か叫びだした。何かが気にくわなかったのだろう、まぁまぁとたしなめる。ついでに、新しく注いださっきと違うジュースをリンに差し出す。


「まぁまぁ、落ち着いてリン。ほら、これでも飲んで」

「何で私がおかしいみたいになってるの。……あ、美味しい」

「気に入ってくれてよかったよ。そのアップルジュース、林檎の味が強いし匂いもいいし、炭酸が入っていてパチパチした感じが好きなんだ」

「うん、私もこれ気に入ったな~。どこで買ったか教えてね!……じゃなくて!初めての、恋した人とのお出かけが、魔獣に会いに行くってラフィアはいいの?それで!?」


 残念。アップルジュースで気を紛らわせる作戦は上手くいかなかったみたいだ。

 叫んでいる所為か赤くなって、ますますお酒を飲んだんじゃないかと疑いたくなる顔でリンに言われた。


「いいのか?って訊かれても、私はアムルスさんの職場に行けて凄く嬉しいし、今からドキドキしてるけど同じくらいワクワクもしているよ」


 有りのままに正直に伝えた私に少し不満げだったリンは呆れたように笑った。


「もう、ラフィアがそれでいい。なんて言っちゃうと私は何にも言えないよ。……ふふっ、当日の服選び手伝うよ。魔獣に会うならスカート系は着て行かない方がよさそうだからなぁ。う~ん、でも女の子らしさを出したいよね」

「うん、うん!そうなの!ヒラヒラの服だと、こいつ分かってないって思われそうで!安全性を重視しすぎると可愛く無くなっちゃうし~。どうすればいいのかな!」

「大事だからね。服装1つで決まることもあるし、場違いな服はそれだけ浮いちゃうからねぇ」

「だよね!一応これはどうかな?って服を考えたんだけど見てくれる?」

「うん。見せて。例を見てそこから考えた方がよさそうだと思う」

「わかった。持ってくる!」


 そうして始まったファッションショーは2人して、あーでもない。こーでもない。と悩み、たまにお菓子とジュースを摘まみながら最近あった面白い話や、恋バナを話す。そんな楽しい時間は夜明け近くまで続いた。

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