求婚した王子に聖女はなんと言うか

小春凪なな

1.王子様は聖女に求婚した

 国の西に広大で恐ろしき魔物が闊歩する森が隣接しそこから捕れる薬草や魔物の素材で栄えるプロスペリテ王国。


 その国の王都にある慈愛と癒しの女神セレーノンを崇めるセレーノン女神教。白い石で造られた頑丈な建物にピンクを中心に柔らかな色合いの布が垂らされた美しい教会。



 その教会にプロスペリテ王国王子、シュネル・プロスペリテが来訪した。


 輝く様な金髪に宝石を嵌め込んだかのような蒼玉せいぎょくの瞳。その整った顔は青年から大人の顔つきとなり、21歳とは思えない色気を纏い始めている。立ち姿や歩いたときの仕草1つ1つが自信に溢れ、それがまたシュネルの魅力となっている。


 そんな、物語から出てきたかのような、本物の王子様を直視した教会のシスター達は、顔を赤らめうっとりとため息を吐き

 男性の神官達ですら王子様から目が放せなくなり、仕事の手が止まって、ぼうっとしている神官を見た司祭に叱られていた。


 そんな様々な反応をしている教会の者達をスルーし、これまたガチガチに緊張している神官の案内でシュネルは待ち人のいる部屋へ向かった。



「し、失礼致します!シュネル・プロスペリテ王子殿下がご到着されましゅた!」

 そう緊張で噛んだ神官が扉を開いた。




「「王子殿下にご挨拶申し上げます」」


「堅苦しい礼などいい。今日は私の私的な用事で集まってもらったのだから」


 部屋に入ってきたシュネルに王族への礼を執った少女と男性に言い、部屋にある客人をもてなす用であろう上質なソファーに座り、2人が座ったことを見てシュネルは少女に話しかけた。


「ラフィア。最近は会えなかったが元気だったか?」

「はい。何事もなく」


 そう短い言葉を返した時、その美しい桃色の瞳をわずかに伏せ、腰程あるサラサラの淡い金髪が彼女の儚げな顔に陰を落としたことをシュネルは見逃さなかった。


 最近はある準備の為忙しく、その上ラフィアの予定も重なり会えていなかった。その事で少々不安にさせてしまったのだろう。


 だがその不安も直ぐに消え去る。

 そんな思いでシュネルはラフィアを安心させるように微笑んだ。



 そうしているとラフィアの隣に座った男性の、確か数年前に高齢の司教に代わり新しく司教の地位に就いた者で茶髪に緑の瞳のパッとしない奴、という印象の男がシュネルに訪ねた。


「今日私共が呼ばれた理由…王子殿下の私的な御用とは何なのでしょうか?」


 司教は不思議に思っていた。今日、この面々が集まったのは王子が大切な話がある、と言ったから。

 だが王子が態々わざわざ来るほどの要件を、ここ数日昼も夜も考えたが睡眠不足になっただけで、これといった答えは出せなかった。

 

 そんな睡眠不足の司教の事など知らずに

 むしろ、今日の目的としては二人きりになりたかった。と邪魔にすら思っているが……な内心をニッコリと王子様スマイルで隠し


「ああ。言っていなかったな。……今日は聖女ラフィア……貴女に用があって来たんだ」

 対面にいる少女__聖女ラフィアを見つめて言った。



「私ですか?私に一体どのようなご用件が……?」

「そうだな………。不安させたい訳ではないのでな、早く言ってしまおう」

 

 こんな思わせ振りな事を言ったら他の者共は直ぐに色恋に結びつけるのだが…ラフィアはその発想はないらしい。先程言った言葉の意味が分からず首を傾げている。


 そんな仕草も愛らしい。


 そんなことを思いながら立ち上がり、懐から王家御用達の宝飾品店の刻印がされた箱を取り出し開ける。箱の中から現れたシュネルの瞳のような大振りの青い宝石のはまった指輪がキラキラと光を反射した。



 その指輪を差し出し、王子は聖女に求婚プロポーズをした。


「美しき聖女ラフィアよ。私がいずれ王となった時、隣に立ち支えて欲しい。貴女がいれば私はドラゴンをも倒せる」


 そう、告げたシュネルの表情は、女性であれば誰もが頷いてしまいたくなるような自信に満ちた美しい笑顔だった。





 ____それはまるで物語の1ページ。

 王子が想い人に思いを伝え聖女も思いに応え物語はハッピーエンドになる。

 ...そうなるシーンだった。



 ***



 シュネルは想い人であるラフィアにやっと求婚を申し込めたことに喜びを感じていた。


 初めてラフィアに会った日、雷に打たれたような衝撃を受けた。彼女の桃色の瞳を見た瞬間、その瞳に魅了され心から彼女を求めた。


 今まで見てきた女はぜいを尽くしたドレスに高価な宝飾品をふんだんに身に付けていた貴族令嬢だった。だが、刺繍以外目立った装飾をしていない白色の神官服を着た平民の少女にここまで心が掴まれるとは、少し前のシュネルには想像も出来なかった。


 その日からシュネルはラフィアと結ばれる為に動いた。婚約者が決定しないように画策かくさくもした。ラフィアを城に呼び、王家シュネル教会ラフィアの交流のお茶会もした。


 結ばれるにあたって様々な準備を必要とした。だがそれも結ばれるための試練と思い頑張った。それは準備に忙しくなる余り定期的に行っていたお茶会も出来なくなる程だった。

 その準備も終わり、今日遂に思いを伝えることができた。


 きっとラフィアは喜んでいる。泣いてしまうかもしれない。そうしたら優しく抱きしめよう。


 そう思いながら期待の眼差しで、ラフィアを見つめたシュネルが見たのは


 求婚され、驚きの表情を浮かべた後ニッコリと微笑んだラフィア愛しい聖女だった。





「勿論でございます。王子殿下」






「私はいずれ王となられる王子殿下の支えとなりましょう。……王子殿下が平民上がりの聖女である私にハッキリ思いを示される程、に思っていると言うことなのですから」


 その言葉に隣で聞いている司教は驚いた顔をし、シュネルは喜色を浮かべた。

 求婚を了承された。と喜びで頭がいっぱいになっているシュネルは最後の言葉の違和感など耳に入っていなかった。


「王子殿下も心配されていたのでしょう。この国は恐ろしき魔物のいる森に隣接しております。先日も森近くの町が魔物に襲われ被害が出ました。教会の者が癒し、死者は僅かな人数で済みましたが、数人救えなかったこともまた事実。王子殿下が気にされるのも当然の事でしょう」


 了承の返事にしては話が跳びすぎではないか?と違和感を感じた。此処ここは私も殿下のことが好きだった等と言われると思っていた。


 何故先日起きた魔物の被害についての話が始まっているのか分からず、シュネルが想像していた状況ではないことに内心首を傾げる。


 そんな中、ラフィアの話は続く。


「私は聖女。癒しが得意とされる慈愛の女神教でこの国一番と言える癒しの奇跡の使い手です。先日のような魔物の被害がでても私の奇跡で苦しむ者は減らせるでしょう。

 聡明であらせられる王子殿下のことです。私が重荷に感じ過ぎず、役目を全うできるように態々高そうな宝石の付いた指輪を持ってこられたのですね」


 それに、と疑問を感じ始めたシュネルが口を挟む前にラフィアは話を続ける。


「ドラゴンは日々魔物と戦う冒険者でも倒せるかどうかの強大な魔物です。それを王子殿下が倒すと宣言される程に国を想い、王国の危機が迫った際に国民の為に戦うと思うその心意気に感激致しました。

 ですが心配することはありません。

 この国の教会には私を含め腕が良い者が沢山います。

 皆、生まれ故郷であり大切な者がいるプロスペリテ王国の為に動く覚悟はありますから」

 ですからいざという時は共に支えあいましょう王子殿下。と笑顔で言うラフィア。


 シュネルはラフィアに求婚の言葉が全く伝わっていなかったことにガツンと殴られたような衝撃を感じ、驚きで固まった。



 因みに司教は頭を抱えていた。



 ***



 その後教会の入り口まで司教と聖女に見送りをされたシュネルは無事? 帰りの馬車に乗り

 シュネルの想定と違い虚ろな目で渇いた笑い声をあげながら帰っていった。



 シュネルの乗った馬車を見えなくなるまで見送った司教はフラフラとした足取りで教会内に入っていった。相当今回の件が心労になったようだ。


 司教がいなくなり、残された今回の犯人である(主にシュネルへの心理的大ダメージと司教の心労的な意味で)聖女ラフィアはシュネルが帰っていった王城の方を見ながら言った。



「これでもうだよね…。」






「まさか王子に求婚されるなんてビックリしたな」


 聖女ラフィアは気付いていた。

 先程シュネル・プロスペリテ王子殿下に結婚を申し込まれた事に。



 ラフィアにとって王子殿下は面倒な存在だ。毎日のように王城に呼びつけられて、王子殿下と話をさせられる。

 それだけではなく、王国と教会の親睦を深める。等と称して週に4回はお茶会をする。月に4回じゃない。週に4回だ。

 最初はドキドキして行ったが、だんだん行きたくなくなってきた。

 何故か?

 例え、この国1番の容姿に圧倒的な立場を持っていようと無理なのだ。会話がつまらないと。


 ***


「ラフィアは今日も美しいね」

「お褒めいただき恐縮でございます。王子殿下」


 美しく細部まで整えられた庭園。其処でお茶会をする男女。

 男性はこの国の王子、シュネル・プロスペリテ。金髪碧眼の絵画から出てきたかのような理想的な姿は国中の女性を魅了している。

 その王子を相手にしている女性はこの国にあるセレーノン女神教会の認めた聖女である、ラフィアだ。淡い金髪は風が吹けば消えてしまいそうに儚げで対称的に桃色の眼は強い意志をもって宝石のように輝く。

 そんな、画家が思わず絵画を描きたくなるようなお茶会でラフィアは思っていた。



 帰りたい。と



「ラフィア。私はね、君程に美しい女性を見たことがないよ。その飾らない素の姿の美しさ。ギラギラと着飾った女どもに少しでも見習ってほしいよ」

「そうなのですか。王子殿下も大変なのですね」

「ああ!そうなんだ。毎日毎日、濃い化粧をし、香水を塗りたくった女にすり寄られて辟易へきえきしていたんだ。だから、そんな時に出会ったラフィアは………」


 では、毎日毎日愚痴を聞かされて辟易している私の気持ちを分かって頂きたい。

 ある日は側近の小さなミスを愚痴り、またある日は王家に仕える料理人の食事にケチをつけ、今日の令嬢の話なんて10回以上は聞いた。


「……だったのだが、ラフィアはどう思う?」

「王子殿下のご苦労が皆に分かって頂けると良いですね」


 危なかった。話は聞いていなかったがどうせ、令嬢達の距離の詰め方が嫌だ、とかの話だろう。何十回と聞いたから覚えてしまったよ。


「ふむ…。ラフィア、その"王子殿下"という呼び方を変えてはくれないか?」

「変える、と申しますと?」

「そうだな、この茶会は我ら王家と教会の親睦を深めるという目的がある。だから私がラフィアと呼び、ラフィアが私のことを親しく呼べば充分親睦を深めたと言えると思うのだよ」

「そうなのですか」


 急に何を言い出すかと思えばこれは不味い。ここで親睦を深めたと言える様な呼び方にすると、王子殿下がその後どんな行動に出るのか読めない。王子殿下の要望に応えつつ、まだ無理だと思わせる呼び方にした方がいいだろう。


「……では、これからは2人のときは王子殿下ではなく、殿下と呼ばせて頂きます」

「えっ!いや、そうではなく」

「もうこんな時間ですね。日が落ちて暗くなると教会の皆に心配を懸けてしまうので失礼致します。殿下」

「あ、ああ。またなラフィア」


 そんな事が毎日のようにあり、私は聖女の業務が出来なくなっていた。変われるところは変わって貰ったが、聖女でなければならない事もある。


 せめて、週4回のお茶会が週2回に減れば、私も教会の事が出来る。と思い、王子殿下に提案した。


「殿下。お願いがあるのです。聞いて頂けますか」

「ああ。勿論聞くよ。どの様なお願いなんだい?」

「もう、充分王家と教会の親睦は深まったと言えます。ですので、お茶会の回数を減らして頂きたいのです」


 そう、切り出すと先程まで上機嫌だった王子殿下が一転真顔になり不機嫌そうな声で


「そうか…。それはラフィアの決断か?それとも、他の者に何か言われたか?」

「いえ、全て私の決断です」

「そうか…。、そう言うか」


 そう言うと、何やらブツブツと言いながら立ち去ってしまった。何を言っていたのか風でよく聞こえず、分からなかったが今日のお茶会は早く終わったと帰っていった。


 それから暫くは心地よい日々が続いた。王子殿下からお茶会に呼ぶ手紙が来なくなり聖女として動ける。なんて素敵な日々だろう、と思っていた矢先王子殿下から手紙が届いた。


『大切な話がある。話をしたい。空いている日はあるか?』


 と。大切な話と言う割りに空いている日があるかと余裕がある聞き方だったので、王子殿下の私的な用事なのだろうと予想した。話の場は意外にも教会で驚いたが、王城よりずっといいと思っていた。



「美しき聖女ラフィアよ。いずれ王となる私の隣に立ち、支えてほしい。貴女がいれば私はドラゴンをも倒せる」


 と、求婚されるまでは。


 教会で求婚したのは、私が了承したら直ぐに婚約したと届け出を出せるから、と考えたのだろう。婚約及び結婚の届け出は基本的には、真実と契約の神フォルテカの教会に出すのが一般的だ。ただ、私のように教会に所属している人達は所属の教会に届け出を出す。教会のルールとして決まっている訳ではないがお世話になった教会にお礼や感謝の意味でそうする事が暗黙の了解となっている。


 断りたいが、断れば教会と王家ひいては王国との不仲に繋がる。それはダメだ。


 そう考えた私は王子殿下が貴族らしい回りくどい言い方で求婚したことを利用して、求婚事態に気付いていない作戦を取った。


 無事、作戦は成功し王子殿下は帰っていった。

 喜ばしい限りだ。



 それに……


「私には好きな人がいるもの」










 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

あとがき


お読み下さりありがとうございます。


初めての作品ですが、面白いと思っていただけたら幸いです。

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