第21話 善光寺内乱(繁信17才)

空想時代小説


 宮城県蔵王町に矢附という地区がある。そこに西山という小高い丘があり、その麓に仙台真田氏の屋敷があったといわれている。ただ、真田信繁(幸村)の末裔とは名乗れず、白石城主の片倉の姓を名乗っていた。その真田の名を再興するべく、信繁の孫である繁信が活躍する話である。


 夏が終わり、稲が実り始めたころ、松代藩に多くの難民がなだれ込み、難民部落を作っているという知らせが入った。どうやら隣の善光寺領から土地を追われた農民がなだれ込んでいるらしい。善光寺領で何が起きているのか、その探索を繁信一党に命じられた。

 繁信は、早速、幻次郎と円寿坊を善光寺領へ向かわせ、自分は三井知矩とともに、難民部落の視察に出かけた。

 千曲川と犀川(さいかわ)にはさまれた川中島の中洲にあばら屋が建てられている。増水すると水没するところだ。遠目には、そこに50人ほどいる。皆、みすぼらしい姿だ。繁信らが近づくと、村役人が来たのだと思ったのだろう。クモの子を散らすように逃げていく。

 一人、子どもが逃げ遅れて、泣きながら突っ立っているので、繁信は近寄り、持ってきたにぎり飯を渡した。すると、その子どもはガツガツと食べ始めた。それを見ていた他の子どもたちも走ってきて、にぎり飯をねだった。繁信のだけでなく、知矩のにぎり飯も分け与えることになってしまった。知矩は(昼飯抜きか)とガッカリしている。

 その様子を見ていた大人たちが、そろそろと近寄ってきた。

「お侍さまは、わしらを追い出しにきたのではないのですか?」

「違う、違う。拙者は松代藩士真田源四郎繁信と申す者。ご家老より、そちたちの話を聞いてまいれ。と言われてやってきた」

「そうでございますか。ここに置いていただけるので?」

「それは無理だ。ここは大雨が降ると、沼地となる。ここに住むのは無理だ。話を聞いて、松代のどこかの村に置くか、善光寺領にもどすかを決めなければならぬ」

「どこかの村へお願いいたします。善光寺領にはもどりたくありませぬ」

「それはどうしてだ? 仔細を聞かせてみよ」

「はっ、わしらは元々、大本坊の土地の者でございました。しかし、ひと月ほど前、大勧院の僧兵と百姓どもが来て、わしらを追い立てました。何度か戦ったのですが、大本坊のお味方は来ず、わしらの半数が亡くなりました。それで、ここに逃げてきた次第です」

「そうか、どうして大本坊の味方は来なかったのだ?」

「わしらに聞かれてもわかりかねますが、昨年智道上人が亡くなり、若い誓道上人が後を継ぎました。それで、もう一方の大勧院が力をつけて、領地を広げているのやもしれませぬ」

「ふむ、武家の世ではよくある話だが、仏の世界でもあるのだな。まずは今の話をご家老に話してみる。しばらくは、ここに居られるよう村役人に話をしておく。ただ、大雨に気をつけられよ」

「ありがとうございます」

農民たちは、頭を下げていた。


 その夜、城代家老の屋敷で、難民部落の話をしていると、そこに幻次郎がもどってきた。

「幻次郎、よくもどった。そちの話をまず聞こう」

「はっ、全てがわかったわけではござらんが、善光寺は大勧院と大本坊がにらみ合いをしております。どちらも僧兵が武装し、百姓たちも鍬などを持ち出しております。今にも戦が始まります」

それを聞いて、家老の真田源斎が口を開いた。

「大本坊は若い女人の上人だからな。大勧院がしかけたか?」

その話を聞いて、繁信が問うた。

「その大本坊と大勧院とはどういうことですか? また女人の方が上人なのですか?」

「そうか、繁信はまだ善光寺参りをしておらんだったな。善光寺は、ひとつの寺のようだが、実は二つの宗派がしきっておる。今までは、大本坊という浄西宗派が上人をだして仕切ってきた。その上人は、代々女人が続いている。それ(牛にひかれて善光寺参り)というではないか。あれは女人の話ぞ。それで善光寺は老若男女だれでもお参りできるのじゃ。比叡山は、本来女人禁制ぞ。それを破ったがために、信長に討たれたがな」

「それでは大勧院というのは?」

「うむ、こちらは天来宗派じゃ。新興勢力じゃの。善光寺がだれでも受け入れたので、浄西宗派でない者たちが集まってつくった勢力だ。こたびの争乱も、上人が入れ替わったスキに勢力拡大をはかったのだろう」

「そうでござるか? 百姓どもはいい迷惑ですな」

「さて、繁信、どうおさめる?」

「拙者がおさめるのですか?」

「他にだれがいるのじゃ? わしか? 和之進か? 他の者も皆、おのれの役目がある。お主が一番暇であることは間違いない」

「それを言われると、耳が痛うござる。しばらく考えさせてくだされ」

「うむ、言っておくが、何もしなくてもいいのだぞ。寺領のことはわが藩には関わりないこと」

と言って、源斎は奥の部屋にもどっていった。


 繁信は、三井知矩と策を考えていた。

「川中島の難民の百姓どもをわが村に受けいれても、解決にはならんな」

と繁信がつぶやくと、知矩が続いた。

「確かにそうですな。後から後から難民の百姓が続くでしょうな」

「寺領の争乱をおさめんことには、解決せずか?」

「繁信殿、こういうのはどうですか?」

「何か策があるのか?」

「大勧院がしかけたわけですから、大勧院にあきらめさせなければいいわけですよね」

「それはそうだが・・・」

「大勧院に罰を与えては?」

「罰? 攻め入るわけにはいかんぞ」

繁信は、知矩の意図がよくわからなかった。

「武力ではござらん。仏罰でござる」

「仏罰?」

ますます知矩の言っている意味がわからなくなった。

「円寿坊が前に言っておりました。坊主がこわいのは侍ではなく、仏さまだと・・」

「仏さまがこわい?」

「そうです。仏に怒られるのがこわいのだそうです」

「それはそうだろうが・・今回のこととどう関係するのじゃ?」

「如来さまに泣いてもらいます」

「如来が泣く? 木像がか?」

「そう見せるだけです。けものの血を目から流せば、血涙を流しているように見えます。幻次郎ならば、たやすいこと」

「それこそ、わしらに仏罰があたるぞ」

「それゆえに、皆がおそれるのです。我らは、正義の道。清い行いをしておれば、仏罰はあおそるるに足りません」

知矩の決意は固いようだった。

「それはそうだが・・血涙だけで大勧院が勢力拡大をあきらめるかの?」

「二の手がございます。奪われた村に病を流行らせます。井戸にくさった魚をいれれば、村人は腹をくだします。それだけで、おそろしい流行病(はやりやまい)を思わせることができます。さすれば、たたられた村ということで、人はいなくなり、難民の百姓たちはもどれるでしょう。後は、大本坊に任せればいいのでは・・・」

「うむ、他に手立てがなければやってみるか。明日、ご家老に話してみる」


 翌日、なんとか真田源斎の了解をとりつけた繁信は、幻次郎と円寿坊に指示をした。二人の考えで、さすがに大勧院の本尊である如来像に血涙を流させるのはおそれ多いので、偽の如来像にすりかえて実行することにした。幸いなことに廃寺になったところに、似た如来像があり、大勧院におさめる収穫物にまぎれこませて入りこむことができた。もともと本尊の如来像をしっかりと見た者は少なく、奥の薄暗いところにあるので、偽物の像とは見破られなかった。事が成就すれば、元の本尊をもどすことになっていた。

 数日後、策は実行された。幻次郎が、偽本尊に血涙を流させ、円寿坊が奪われた村の井戸にくさった魚を投げ入れた。

 翌朝、朝のおつとめに来た僧侶が本尊の血涙に気づき、大騒ぎになった。

「如来さまが泣いていらっしゃる!」

と言って、お経を唱えるだけであった。下男がふこうとして近寄ってきたが、貫主から

「触るでない!」

と一喝され、まる一日お経を唱える日となった。その日の夕刻には、村から腹を下す百姓が続出しているということで、

「これはたたりじゃ。如来さまが悲しんでおられる。村を奪ったことを悲しんでおるのだ」

と円寿坊があらかじめ親しくしていた僧侶が騒ぎ始めた。一人がそう言い出すと止まらない。大勧院の中は、お経を唱え続ける者、村に駆けつける者とあわただしくなった。腹をくだした村人たちは隔離された。病にかからなかった者は、元の自分の村にもどっていった。

 翌早朝、やっと静まったところで、幻次郎が本尊を取り替えて元にもどした。大勧院の面々は、今回の騒動を反省し、僧兵たちも武装を解いた。それを知った大本坊も武装を解き、難民となっていた村人たちを引きもどすこととなった。

 真田の面々は、そのことを聞き、安堵の酒席を開いていた。そこに、眼帯をした三井知矩が入ってきた。

「知矩、どうした?」

皆の前で、繁信が尋ねると、

「物もらいでござる。大したことではありませぬ。政宗公をまねた次第」

と強い口調で言うと、真田源斎の

「ワハハ! その程度の仏罰でよかったの」

という声で、一同は大笑いだった。


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