主人公の親友ポジに転生した俺、匿名のラブレターを貰って困惑する

有賀冬馬

第1話


この世界はゲームの中だ。

しかも、そのゲームは恋愛シミュレーションゲームだ。

それに気づいたのは、一年と少し前のこと。

ちょうど俺がこの高校に入学した日だった。

俺は自分が、プレイ済の恋愛シミュレーションゲームの中に転生したのだと悟った。


プレイヤーとして、このゲームを何周もクリアした記憶が蘇ってきたのだ。


この世界は恋愛シミュレーションゲームだ。

しかし、俺は主人公ではない。


俺は、主人公の親友ポジションにいるキャラクターに転生していた。


このゲームでは、主人公の周りにたくさんの女性キャラクターが登場する。

彼女たちとのコミュニケーションの取り方によって主人公とのフラグが立ち、それぞれの女性キャラクターがヒロインとなるルートに分岐していく。

無事にエンディングを迎える事ができれば、そのキャラクターと結ばれて高校を卒業していくという流れだ。

ルートによっては、誰とも結ばれずに卒業したり、逆にハーレムエンドになる場合もある。


そんな主人公に、各女性キャラクターの好感度を知らせたり、フラグが立った事を伝えたり、女性キャラクターの好みなどのちょっとした攻略ヒントを伝えたりするのが、親友ポジションの「水原遊真」の役割だ。


そう。

俺は主人公ではない。

ゲームに登場する美少女キャラクターは軒並み主人公と恋愛をするように定められている。

決して、恋愛において主人公にはなれないのだ。


悔しかった。

しかし主人公と俺は親友である。

転生してから今まで十五年以上生きてきた第二の人生の中で、いい奴だということも知っている。

正直、邪魔をする気にはなれなかった。






ある朝、俺は教室で前の席の白雪サラと話していた。


白雪サラは俺のクラスメイトで、中学校も同じだった。


その名前の通りに透き通るような真っ白い肌に、いかにも儚げな、美しい顔立ちをしている。

長い黒髪を太めの三つ編みにして、眼鏡をかけているのも、その弱々しい印象に拍車をかけていた。

高校入学当時は、すごい美人がいると噂にもなった。

病弱で出席日数が足りず、実は1歳年上であるなんていう根拠のない噂が流れたりもした(もちろん実際にはそんなことはない)。

まさに「深窓の令嬢」「薄幸の美少女」といった言葉がぴったりくるような外見である。


ちなみに彼女はゲームには登場しない。

いかにこの世界がゲームだといっても、ゲームに出てくる設定がすべてではない。

ゲームに出てこない事柄もちゃんと存在しているのだ。


「遊真君……今朝は早いのね?いつもギリギリなのに」


「ああ、たまにはね。白雪の方こそ俺より早いなんて珍しいじゃないか」


「そうかしら……。ところで華音ちゃんは?」


「いや別に、いつも一緒に来てるわけじゃないぞ?たまたま家が近くて電車が一緒だからってだけで」


「そうなの……?」


「ああ。待ち合わせてるわけでもない」


「ふーん……。そうなんだ」


意味ありげな含み笑いをする白雪。


と、その時、ガラリと教室の扉が勢いよく開いた。


「遊真!あんた何先に行ってんのよ!」


威勢のいい大声が教室に響き渡った。


教室内の視線を一斉に浴びて、入って来た彼女はその大きく野性的な瞳で俺の方をにらみつける。


彼女が、立花華音だった。


華音はつかつかと窓際の俺と白雪の席へ迫って来た。


「なんだよ、約束してたわけじゃないんだから別にいいだろ。たまには」


俺が言うと、華音はぐっと詰まったような表情をした。


しかし次の瞬間には勢いを取り戻して、


「違うわよ!そうじゃないの!ほら、これ!」


カバンから布袋に入った箱を取り出した。


「あ」


俺の弁当だ。


「あんた今朝これ忘れて出てったでしょう!あんたの家の前で、おばさんに渡されたのよ」


華音は弁当の袋を俺の前に突きつける。


「あー、ありがとう。悪い」


俺は頭をかいてそれを受け取った。


立花華音は俺の幼なじみだ。


家が近所で、幼稚園、小学校、中学校、そして高校まで同じの腐れ縁というやつだ。

うちの母とも仲が良い。

お互い部活には入っていないためいつもは同じ電車で登校するのだが、今日はたまたま俺が早かったので置いていく格好になった。


異性の幼なじみがいるなんて羨ましいと思う人もいるだろうが、実際にその身になってみるとあまり、そんな気は湧かない。姉や妹と同じようなものだろうと思う。


「まったく、しっかりしなさいよね!忘れ物癖、いつまでも直らないんだから」


華音は腕を組んで言う。


教室のどこかから、「おーおー、今日も仲が良いねぇ」というからかうようなヤジが飛んだ。


華音は顔を赤くして、そのヤジのした方をキッと睨んだ。


「誰だコラ!お前か!」


カバンを振りかざして走ってゆく。


俺は体をずらしてその華音を避ける。すると、背中で誰かにぶつかってしまった。


「あっ……」


小さな声に振り向くと、床にバラバラとルーズリーフが散らばるところだった。


その声の主は緑川実咲。

小柄で痩せ型、短い黒髪の前髪をしっかりヘアピンで留めて、四角い眼鏡をかけている様は、いかにもガリ勉といった感じだ。


「わ、悪い!」


俺は謝りながら床に落ちたルーズリーフを拾い集める。


この緑川実咲、隣のクラスなのだが、実はゲームの攻略ヒロインの一人なのだ。


一見すると大人しくて真面目そうなキャラデザだが、いざルートに入ると、実はかなり思い込みが激しくヤンデレ気質がある事が判明する。

このキャラのルートでハッピーエンドを迎えるのはかなり難易度が高い。


ちなみに、彼女が落としたルーズリーフは小説の原稿である。

緑川実咲は文芸部に所属しており、そこで自分の理想を形にした恋愛小説を書いているのだ。


俺は拾い集めたルーズリーフを重ねて彼女に差し出した。


「ごめん、大事なものなのに。全部あるか?」


緑川は顔を赤くしてルーズリーフをひったくると、急ぎ足で教室を出て行ってしまった。

小説を読まれたと思ったのかもしれない。


確かに緑川実咲は厄介な性格をしているが、ヤンデレ好きのユーザーの間ではそのエキセントリックな行動が人気を博していた。

それにヒロインだけあって、少なくとも見た目はとても整っている。


まあ、どうせ主人公のヒロインだから、俺には関係ないんだけどな。


と、教室の前側の扉が開いて、一人の女性が入ってきた。


かっちりとしたスーツを着たかなり背の高い女性だ。

二十代くらいで、キツそうな表情だがいかにも仕事ができそうな印象を受ける。


英語を担当している山本七美先生だ。


「はい、みんな席について」


先生が登場したことにより、生徒たちはそれぞれの席につき始める。


しかし、七美先生は俺たちのクラス担任ではない。疑問に思っていると、


「担任の金田先生は急用ができたため、来られなくなってしまいました。そのため、1時限目の担当の私が来ました。そのまま1時限目の英語の授業に入りますので、そのつもりで」


と七美先生が教壇から言った。


えー、という落胆した声が上がる。


「静かに。ちゃんと後で授業の準備をする時間はとります。金田先生からの申し送りによれば、今朝のホームルームは特に連絡事項はないそうです。まずは前回の期末テスト。英語の結果を返却します。名前を呼ばれたら取りに来るように」


期末テストの返却が始まり、生徒たちが順番に採点済みの回答用紙を取りに行く。

返却が終わると七美先生は厳しい顔で言った。


「今回のテストの平均点は64点。あまり良くはありませんでした。平均点の半分以下の点数は 赤点となります。赤点を取ったものは来週の日曜日に補習授業を行います。補習授業に参加せず赤点を取り続けると留年も有り得ますので、そのつもりで予定を調整するように」


日曜日に補習授業か。先生も大変だな。


生徒たちから不満の声が出ないのは、赤点を取ったものが少ないからだろう。

まあ、俺は赤点だったわけだが。


30点。


英語は一番の苦手科目なのだ。


横目で華音の席を見ると、滅茶苦茶なしかめっ面をしていた。

どうやら華音も赤点らしい。あいつも英語が苦手なのだ。


それから、俺は前の席の白雪の肩をつついた。


振り返った白雪に、


「どうだった?」


と尋ねる。


白雪は落ち着いた様子で小さく溜息をついた。


「3点です」


「は?」


「3点」


白雪は自分の回答用紙を肩越しに見せてくれた。


確かに、3点と書いてある。


そこに、七美先生の呆れ声が降ってきた。


「白雪さん。あなたはせめてもう少し丁寧に字を書きなさい。私だってできるだけ良い点を取って欲しいのよ?でも、数問だけどうしても解読できない回答があったわ」


「はい」


澄ました顔で返事をする白雪。


その姿は物憂げで、いかにも育ちが良くて美しい御令嬢といった雰囲気だった。

このまま病室の窓際にでも連れて行ったら似合いそうだ。


解読できなかったのが数問だけ?ではあとのほとんどの問題は回答そのものが間違っていたということになる。


俺は肩越しに白雪の回答用紙を見た。

ミミズののたくったような汚い字が回答欄を埋めている。

そしてそのほぼ全てにバツ印がつけられていた。


しかし彼女の浮世離れしたその端正な顔には、100満点のテストで3点をとって恥ずかしいとか、ショックを受けているといった感情は微塵も見て取れない。


そう。

こいつは、見た目はまるで繊細な才媛のようだが、中身はマジもんのアホなのだ。




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