チートスキル『罠師』を持つ勇者が紡ぐ6つ目の英雄譚 ~異世界から来た勇者は少しえげつない~
茉莉多 真遊人
第1部 『罠師』、風の魔将や魔王の1人と相対する。
第1部1章 『罠師』、仲間の1人ソゥラと再会する。
1-1. 『罠師』、風吹く荒野で人助け。
仰げば太陽があり、雲が1つもないような空。大地はただ岩と乾いた土で覆われている。その土の上に少しばかり人の手が入った程度の道が1本だけあった。
「ここは風が強いね……」
薄茶色のぼろきれマントで体全体を覆っている1人の男が、そう独りごちる。彼の言う通り、風は強くて彼の長居を拒むかのようだ。
男は、その声からして20歳前後の若者と窺え、ぼろきれマントの隙間から見える限りで軽装の冒険者や旅人といった出で立ちだ。
「町まで大人の足で丸1日と聞いていたけども、それまでは本当に何もなさそうだ。水は魔法で出すとしても、携行食でも買っておくんだった。ケチらずに馬車にでも乗ればよかったかな?」
旅人の男はおもむろに腰に提げていた筒を持ち上げて口に当てる。
「今は考えていても仕方ないね。まずは皆を見つけないと……ん?」
旅人の男はある光景を目にする。かなり遠くで幌を付けた荷馬車らしきものが数台ほど止まり、その周りを複数人が囲っているようだった。
「お。これはイベント発生だな」
旅人の男は咄嗟に岩陰へと隠れて、どこからか取り出した望遠鏡を使う。
まず、10人ほどの人間がなめし革の防具を身に纏って、片手剣を構えて馬車を守るように囲んでいる。状況とその装備から荷馬車を守る傭兵たちのようだ。そして、その傭兵たちを囲むように30人ほどの馬に乗った野盗らしき姿も見える。
野盗たちは革の胸当て以外にこれといった防具を装備しておらず、武器も半円状の片手剣や投げナイフ程度の装備である。しかし、旅人の男が見る限り、人数はもちろん、場数の経験も野盗に分がある。
「やれやれ、どの世界にも野盗やごろつきの類はいるようだね。『勇者』である以上は助ける必要があるね。……ということで、あくまでついでにだけど、野盗たちの身包みを剥がして資金調達と、謝礼の代わりの足を確保できるぞ」
勇者を自称する旅人の男は言い訳のような独り言を呟いた後、一気に馬車に向かって加速した。彼はよほど馬よりも速いのではないかという速度で、あっという間に距離を縮める。
野盗の数人が走ってくる旅人の男に気付いてナイフを投げつけたが、彼は半歩ほど身をずらして躱す。
「おっと。割としっかりとした投擲精度だね。おかげで、躱すのも割と簡単だけど」
野盗たちが次々に旅人の男のほうに目をやるが、次の瞬間には野盗たちをすり抜けて、彼は荷馬車の前で野盗たちの方に振り返る。
「ちっ、速いな。何者だ、てめぇ」
「いやいや、僕は名乗るほどの者ではないよ。ただの旅人さ。強いて言うなら、君たちよりは正義面をしているくらいかな」
旅人の男はフードを取り去った。彼は、声同様の青年という顔立ちで精悍な顔つきと言えば聞こえは良いが、少し整っている程度の平凡といえば平凡な顔である。
「てめぇ……、自分の顔を見たことあんのか!」
「…………」
旅人の男は言い返す言葉が見つからなかった。彼は、顔の上にある黒髪が短髪で多少切り揃えられているが、全体的に少々野暮ったい。髭がないだけ、歯が綺麗にそろっているだけ、野盗たちよりはマシといった感じである。
「うーん」
旅人の男は、もう少し身なりを整えておけばよかったと今さらに思う。
「……ありがたい、助けてくださるのか。しかも、先ほどの動きからして、旅人殿は相当にお強いと見受ける」
傭兵の中でもリーダー格おぼしき人物が旅人の男に近寄り、少し安堵した声で彼に話しかける。
「いえいえ、お気になさらず。人助けと悪党退治は趣味のようなものですからね。微力ながら野盗を追い払うお手伝いをさせていただこうかなと」
「はっはっはっは」
「ひひひひ」
「あーっはっはっは」
その言葉を聞いた野盗たちは大きく笑った。広い荒野に野盗たちの声だけが響く。それを聞きながら、旅人の男は静かに次の準備を始めた。
「うーん。思ったより場慣れもしているし、油断も少ないようだね。傭兵向きだと思うけど、勿体ない。今からでも改心を勧めたいところだね」
「おいおいおいおい、まさか、本当に正義の味方気取りか? ははっ、見たところ、ガキって歳でもねぇだろう? いい歳をして、夢を見るのはどうかと思うがねえ。旅人というより勇者候補サマだな」
その野盗のセリフに、旅人の男は少しばかりニヤリと笑った。
「どうして中々に鋭いね」
「あん? もしかして本当に勇者候補サマってやつか? ……特殊スキル持ちか……、お前ら、一応警戒しとけ! ……ふんっ、まあ、勇者候補もピンキリのようだからな。仲間が捕まえた奇抜な髪色の女も勇者候補サマらしいが、大したことなかったらしいからな」
旅人の男の顔が少し曇る。
「……奇抜な髪色? あー、もしかして、桃色の髪をした女性かな? それなら……」
旅人の男には心当たりがあるようだ。野盗たちは少し警戒が緩む。
「ははっ、もしかしてお仲間だったか? やっぱ、大したことなさそうだな。まあ、てめぇが詳しく聞く必要はねぇさ。この場で死ぬんだからな!」
旅人の男の曇り顔は奥に潜み、再び不敵な笑みに戻る。
「知り合いだからって、同じ強さとは限らないよ。何事も相性だってあるしね。そんなことも分からないのかな?」
「ちっ、なめんじゃねえ!」
話していた野盗が合図をすると、準備が整った野盗たちが四方から一斉に襲い掛かってきた。ある野盗は手から魔法を発動し始め、ある野盗は馬に乗ったまま手に持つ片手剣を大きく振りかざし、ある野盗は馬から飛び降りて低姿勢で攻撃を仕掛けてきている。
「いい連携だ」
旅人の男はそう独り言を呟いていた。しかし、特にそれ以外で目立った反応をしていない。そして、傭兵たちは野盗が仕掛けてきたことを見て、応戦の準備を始める。
しかし、時既に遅く、手足がうまく動いていない。さらに、経験の少ない若い傭兵たちに至っては動きがガチガチに固まっていて案山子同然の棒立ちだった。
「はっ!」
突如、リーダー格の傭兵の横から若い傭兵の一人が旅人の男に襲い掛かる。どうやら傭兵の一人が野盗の仲間で、今回の手引きをしていたようだ。リーダー格の傭兵は迫りくる別の野盗に構えていて、若い野盗の行動に気付くことができなかった。
しかし、旅人の男は、後ろから迫りくる凶刃を意に介した様子もなく、ただただ深い溜息を吐いてから小さく呟いた。
「罠発動」
次の瞬間、無数の長く太いロープが荷馬車の四方八方の地面から現れた。
「っ!」
「うわ、なんだこれ!」
「おおっ!」
無機質なはずのロープはまるで意思を持っているかのように野盗たちおよび野盗たちの馬をすべて絡め取る。放たれていた魔法も馬車や傭兵に届くことなかった。
「ひゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
そして、何故か傭兵たちも絡めとられていた。荷馬車も同様に動けないほどにギチギチと縛り上げられている。荷馬車の中で縮こまっているだろう商人の悲鳴が最も大きかった。
「えっ……」
「なんで、俺たちまで……」
罠を発動した男以外、そこにいた全ての人間が目を丸くして驚いたまま動けない。
「あ、しまった。設定ミスした……」
野盗たちはロープを解こうと必死に身じろぎし、傭兵たちはどうして自分たちまで縛り上げられているのかが理解できずにただただピタリと止まって石膏像のように固まっている。
「あああああああっ! た、たた、助けてくれええええええええええええええええええっ!荷物なら全部くれてやるから命だけは助けてくれえええええええええええええええっ!」
そして、商人は一人縛られずにいるはずだが、荷馬車の軋みに外を見る余裕が全くなかった。
「申し訳ない、申し訳ない。荷馬車と傭兵さんたちは解除するから待ってほしい」
「てめぇ、何をしやがった!」
「……やれやれ、まさか、君たち野盗の準備を待っている間、こちらはのんびり談笑をしているだけだと思ったのかな? それはちょっとばかり間抜けだね」
旅人の男は、荷馬車と傭兵たちのロープに手を当てて拘束を解除しながら、野盗に得意げな顔を向けてそう言い放った。その後、傭兵の一人が商人を宥めたようで、商人の悲鳴は聞こえなくなった。
「設置型のくせに詠唱動作がなかったってことは魔法じゃねぇな?! 特殊スキルか!」
「ただで教えるわけがないでしょ? でも、まあ、お気付きの通り、魔法じゃなくて、ただの罠を扱うだけのスキルさ。ただし、君たちのレベルじゃ対処もできないくらいには練度を高めたスキルだけどね」
旅人の男は自慢げに話している。彼は事が上手く運んでご機嫌なようだ。
「まあまあ、話は道中にしてあげるから、君たちのアジトに連れて行ってくれないかな。もちろん、奇抜な髪色の女の話も聞かせてもらうよ? 君たちも僕も仲間を大事にした方がいい。あと、道中は煩くない方が嬉しいね。分かってくれるかな? 理解できないようなら、ここに放り込むよ?」
旅人の男がそう言いながら、目線を道の外れに向けると、いつの間にか、馬車が4つほど丸々入ってしまいそうなほどの大きさの穴が開いていた。
「……大掛かりなハッタリだな。あんな一瞬で深く掘れるわけがねぇ……あっ!」
今まで話していた野盗とは別の野盗が一人、強がってそう言った瞬間に、ロープが野盗ごと穴へ飛び込んでいった。周りの野盗は意表を衝かれて微動だにしなかった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
長い絶叫が徐々に小さく遠くなっていく。どこまで深いのか。
周りの野盗はたとえ縛られている状態ではなかったとしても覗き込む気にもなれなかっただろう。数人は驚きのあまり腰が抜けて立てなくなっている。
「見るより、考えるより、試した方が分かるでしょ? さて、そろそろ引き上げるか」
やがて、涎の跡が口から頬を抜けて耳まで伸びきった野盗が放心した顔で下半身を臭わせながら穴の傍に座り込んでいた。野盗はもちろんのこと、傭兵たちも身震いした。
「さて、道案内をお願いしたいのだけど、その前に、大人しくできない人いる?」
「…………」
「よろしい。分かってくれて、僕も非常に助かるよ」
旅人の男は野盗や馬どうしをロープで結び、一列に並ぶようにした。彼は野盗のことを預からせてほしいと言って、荷馬車に先へ行くように促した。
「これはお礼です。どうか受け取ってください」
商人は荷馬車から出てきて、食料と謝礼金を旅人の男に手渡した。
「ありがとう。助かった。何か困ったことがあれば、この先の街で頼ってくれ。私はグームという」
「ありがとうございます。僕はケンと申します」
「よろしくな、ケン」
リーダー格の傭兵、グームは他にも何か言いたげな顔をしていたが、商人の安全を考えて先を急いで行った。
「まったく。足の確保ができたと思ったら、大幅な予定変更だよ。これで彼女じゃなかったら無駄骨だけど、彼女だったらこの野盗たちが危険だからね」
「……へっ?」
ケンの言葉に、若い野盗の素っ頓狂な声がやけに響いた。
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