第6話

僕が歩く貯金箱からお金を回収して来た時にはもう準決勝まで終わっていた。


なんの危なげなくヒナタとシンシアは決勝まで勝ち進んだようだ。


決勝戦前の暫しの休憩時間。

僕はヒナタの控え室に入る。


「ヒナタ、ついに決勝だね。

このまま優勝目指してがんばっ――」

「お兄ちゃん!」


僕は全て言い終わる前にヒナタに押し倒された。

そして僕の上に馬乗りになったヒナタが僕の顔面に剣先を突きつける。


「えーと……これ何のプレイ?」

「お兄ちゃん。

私応援しててって言ったよね」


声を聞いたらわかる。

これは冗談通じない程怒ってるやつだ。


「もちろん応援してたよ」

「お兄ちゃん、私に嘘付くんだ」

「嘘じゃないよ。

僕がヒナタに嘘吐いた事無いでしょ?」

「いっぱいあるよ」

「……そうだっけ?」

「嘘吐いた事が無いってのが嘘だよ」

「……でも今のは嘘じゃないよ」

「でも会場の何処にもいなかったよね?」


これはカマをかけてるとかではなく、確信を持って言っている。


試合しながら会場見渡す余裕があったって事?

ヒナタ強くなり過ぎだろ。


「確かに会場にはいなかったような……」

「そうよね。

で、言い訳は?」

「でも心の中ではずっと応援してたよ」


僕は満面の笑みで答える。

この笑みで誤魔化せるはずだ。


「そういうのはいいから、会場にいなかった言い訳は?」


……誤魔化せなかったようだ。

どうしよう、貯金箱にお金取りに言ってたって言えないしな……


よし、こうなったら。


「ニャー」


伝家の宝刀可愛いネコの真似。


これで有耶無耶に――


「お兄ちゃん。

私怒ってるんだよ」


ならなかった。

おかしいな。

昔はコレで丸く収まったのにな。


「僕だって会場でヒナタの勇姿を見たかったんだけどね」

「前置きもいいから、言い訳は?」

「ちょっと外の空気吸いに行ったら、タチの悪い女に絡まれたんだ」


嘘ではない。

リリーナは間違い無くタチの悪い女だ。


でも、こんなんで納得する訳無いよな。


「本当に!?

お兄ちゃん大丈夫だった?

どっか怪我して無い?」


ヒナタは剣を放り投げて僕の体をベタベタ触って確認しだした。


予想に反した反応だ。

これだとリリーナに絡まれた価値はあったかもしれない。


「怪我はしてないよ」

「ならお金奪られたりしてない?」

「してないよ」


お金を奪って来たのは僕の方です。

おかげでウハウハだよ。


「本当に?

何かあったら私に言うんだよ。

私がきっちり報復しに行ってあげるからね」

「わかったよ。

ありがとう」


絶対にリリーナの事は黙っておこう。

これ以上コドラ公爵家に目をつけられたら大変だ。

公爵家を全員殺すのは手間がかかる。


「ヒナタ。

一つ聞いていい?」

「なに?」

「シンシアの試合見た?」

「見たよ。

凄く強いよね!

あまりにカッコいいから、お話しちゃった」


ヒナタは人懐っこく笑った。

誰とでも気楽に話せるのは両親譲りのコミュニケーション能力の高さだ。


残念ながら僕には備わっていない。


「そうなんだ。

仲良くなれた?」

「もうすっかりお友達だよ。

決勝戦が楽しみ。

大会終わった後も家に遊びに来てもらう約束もしたんだ」

「父さんと母さんは何だって?」

「いつでもおいでって言ってた」


ここからの距離を考えたら、平民が僕らの家に来るのは簡単な事では無い。


でも、ヒナタの笑顔を見てると何も言えない。


ヒナタにとっては初めて対等に相手出来る友達になるんだ、仕方がない。

きっと親バカでお気楽な両親の事だから、なんとかするだろう。


僕もなんとかしないといけないな。



ヒナタに解放された僕はシンシアの控え室に向かった。


ドアをノックしようとしたら中から話し声が聞こえる。

先客がいるみたいだ。


「決勝まで勝ち進むとは凄いじゃないか!

私は鼻が高いよ」


どうやらコドラ公爵がいるらしい。

じゃあ、ここで聞き耳を立てて待っていよう。


「ありがとうございます。

コドラ公爵様」

「このまま優勝するのを期待しているよ」

「精一杯頑張ります」

「そこで君に差し入れを持って来た。

これを使ってくれ」

「ま、待ってください公爵様!

これは使えません!」


ん?なんか雲行きが怪しくなって来たぞ。

ちょっと覗いてみるか。


僕は超能力でドアを透視した。

公爵の手には剣があり、それをシンシアが必死に受け取りを拒否している。


その剣は見た目は大会用と何ら変わりは無いが、魔力が込められていた。

あんなのと打ち合ったったら、ヒナタの体は鎧ごと吹き飛んでしまう。


「私の差し入れが受け取れんと言うのか?」

「しかし公爵様。

いくら公爵様と言え、不正は立場が危うくなります」

「そうかそうか。

そうだったな。

私とした事がうっかりしていた。

最近物忘れが激しくてな。

すまなかった」


物忘れが激しいなら早く引退した方がいいよ。

大きな失敗をしでかす前に。


「わかってくださりありがとうございます」

「しかしな……」


含みを持つ言い方をしながら剣を試合用の剣の横に置いた。


「私がこのまま剣を忘れて帰る。

君はそれに気付かずに、この剣を持って行ってしまう。

それは不幸な事故だと思わんかね」

「それは……」

「不幸な事故だと思うだろ」

「……はい」


公爵の有無を言わさない圧力にシンシアは頷くしか無い。

これが階級社会と言う物だ。


「では、私は失礼するよ」


僕はスッと姿を消して部屋を出て行く公爵を見送った。

中に残されたシンシアは二つの剣をじっと見つめて葛藤している。


葛藤する事無いと思うんだけど……


公爵にああ言われたらどうしようも無い。

言う事聞かないと殺される。

聞いた所で間違い無く殺されるだろうけどね。


彼女の運命は公爵に目をつけられた時点で破滅しか無い。

それが階級社会なんだ。


あとは公爵の剣を取って悪党として死ぬか、試合用の剣を取って善人として死ぬかのどちらかしか無い。


どうせなら公爵の剣を取ってくれないかな?

そうしたら、あの鎧は僕の物だな。

もちろん、ヒナタに危害を加える前に命と一緒に奪う。

さあ、公爵の剣を取ってくれ。


シンシアの震える手が公爵の剣へと伸びていく。


やったー。

これであの鎧は僕の物。


……って訳にはいかないよな。


僕は控え室のドアをノックする。

シンシアはビクっとしてから扉の方を見た。


返事はないが、僕は控え室の扉を開けた。


「こんにちは」

「こ、こんにちは。

どうしたの?」

「決勝進出おめでとう」

「ありがとう」

「あと妹のヒナタと友達になってくれたんだって?

ありがとう」

「ええ。

やっぱりあの子はあなたの兄妹なのね。

本当にそっくりね」

「双子だからね。

だけど僕だと全然相手にならないんだ。

だから君との試合を凄く楽しみにしていたよ」


そう、悪党として切り捨てるのは簡単だ。

だけど、それだとヒナタが悲しむ。

それは僕の美学に反する。


「そうなんだ……」


シンシアの表情は曇り、瞳は揺らいでいた。

僕は何も言わずに見守った。


ヒナタには悪党の友達はいらない。

だからシンシアには善人でいて欲しい。


「うん。

あんなに楽しみな顔は久しぶりに見たよ。

今度遊びにも来てくれるんだろ?

ヒナタが友達を家に招待するなんて初めての事だからね。

両親も楽しみにしていたよ」


僕は君にもう一度チャンスをあげるよ。

君が正しい選択が出来るチャンスを。

その為なら僕は君の良心を抉る。

平気で嘘を吐く。


それが悪党の僕がヒナタにしてあげれる唯一の事だから。


「僕も君たちの試合楽しみに――」


「勝手な事言わないでよ!」


シンシアは大声をあげて、怒りと悲しみと悔しさの入り混じった表情で僕を睨む。

その目には薄っすらと涙が浮かんでいる。


「どうせお前も私に負けろって言いに来たんでしょ!」

「なんで?

僕はヒナタと君には全力で戦って欲しい――」

「嘘よ!

お前達貴族はいつだってそう!

私達平民を見下して!

なんでも命令してくる!」

「平民はいつも貴族を必要以上に恐れて、機嫌を損なわないようにビクビクしている」

「それは貴族が私達を――」

「そうだね。

でも、貴族がみんなそうとは限らない。

少なくても、ヒナタと僕の両親は君にそんな態度は取らなかった」

「それは……」

「平民にだってそうじゃない人はいるはずだよ」


シンシアに剣術を教えた人がそうだ。

スミレに調べてもらった。


彼女は旅をしながら人助けをしている平民。


相手が貴族だろうと平民だろうと関係無く正義の為に、己正しいと思う事の為に力を振るう根っからの善人だ。

人々は彼女を勇者と言う。


「僕は君の鎧を素晴らしいと言った。

だけど君の剣も同じぐらい素晴らしいと思う。

君の剣は己の信念と貫く意志を持った剣だ。

きっとヒナタにもいい影響を与えてくれる。

きっといい友達になってくれる。

僕はそう信じてる」


シンシアの瞳から大粒の涙が流れ落ちた。

それを見られたく無いのかそっぽを向いてしまった。

だけど背中越しでもシンシアが泣いているのがわかる。


これで良心の呵責で悩む事だろう。

あとはシンシアが選択するだけだ。


「ヒカゲ君。

一つだけお願いしてもいい?」

「僕に出来る事なら」

「私のお姉ちゃんは手先が器用だけど、体が弱いの。

私は少しでもいい暮らしをさせてあげたくてこの大会に出た」

「そうなんだ」

「きっとお姉ちゃんはこの鎧よりも凄い物を作れる人になる。

だから、ヒカゲ君の家で住み込みで雇って貰えないかな?」


涙を拭ったシンシアがこっちを向き直して言う。

その目は縋るような目をしている。

きっと彼女の迷いの原因がその姉なんだろう。

なら僕の答えは決まっている。


「いいよ。

僕から両親にお願いしてみる。

両親は僕にも甘いからきっと大丈夫だよ」

「ありがとう」


彼女の目から迷いが消えた。

その証拠に公爵の剣には目もくれずに試合用の剣を取る。

これで彼女は善人のままでいられる。


「ヒナタに勝っても文句言わないでね」

「もちろん」


彼女は僕を置いて控え室を出て行く。

すれ違い様に小さな声で呟いた。


「遊びに行けなくてごめんって言っておいて」


彼女もわかっているんだ。

この選択の先に死しか無いことを。

それなのに善人としての選択を取れる彼女は素晴らしい。


僕には到底出来ない事だ。


「あなたってエグい事するのね」


シンシアが出て行った後にリリーナとエミリーが控え室に入って来た。

彼女達が一連の流れを見ていたのは知っていた。


「君がどうにかしろって言ったんだよ」

「言ったわ。

でも、こんなにエグい事するとは思わなかったわ」

「エグい?

何が?」

「10歳の少女に自ら死を選ばせる事よ」


僕は公爵の剣を取って、リリーナの方へ持って行った。

リリーナはそれを黙って受け取る。


「この証拠があればコドラ公爵を失脚させられるよね?

もし君がこの大会中のそれが出来ればシンシアは死なずに済むかもしれないね」

「そんなすぐに上手く行く訳無いでしょ。

言い逃れられて終わりよ」

「普通はね。

でも君なら出来るはずさ。

聖教宣教師学園の生徒の君ならね」


僕の言葉が全く予想外だったのだろう。

その顔は驚きと恐れに塗り潰された。


「私に宣教師としての禁を犯せって言うつもり!?」

「いいじゃないか。

どうせ辞めるんだろ?」

「私がそこまでする訳無いでしょ」

「なんで?

次期領主の娘なんだよね?

領民を守るのは当然じゃないか」

「まさか……

あなたそこまで考えていたの?」


リリーナは僕をじっと探る様に見る。

僕は惚けた表情でやり過ごした。


「さあね。

でも、僕は君を導くんだよね?」

「フフッ」


リリーナは突然笑い出した。

それはとても愉快に。

笑い過ぎて涙目になっている。


「私はね、神様なんて信じて無いの。

だからあんたも本当にポンコツだと思ってた。

だけど、ちょっと神様を信じたくなったわ。

あなたはただのポンコツじゃ無いわね」

「僕は田舎男爵のポンコツ息子だよ」

「なんかあなたの事を気に入ったわ。

お友達なんかじゃ満足出来ない。

そうね、私が公爵令嬢になったらまず一番に縁談の話を進めるわね」

「嫌だよ。

君みたいな腹黒女」

「あら?それはお互い様でしょ?」



「ヒナタ・アークム、シンシア、お互い前へ」


2人が闘技場の中央へと移動する。

会場の空気は冷め切っていた。

決勝戦が男爵の娘と平民の娘。

上流階級の貴族にしたら面白く無い。


だけど2人は全く気にしていない。

その表情には好敵手を前に全力を出せる喜びが滲み出ていた。


「では、初め!」


審判の掛け声と共に2人の剣がぶつかった。

公爵の思惑ではこの一撃で終わるはずだった。

だけど当然そんな事にはならない。


天才同士による試合は続いて行く。

鍛え抜かれた剣術は剣舞にも勝る。


2人共まだ幼く荒い所があるが、剣舞に勝る腕前だ。

何より楽しそうな表情が見てる者を魅了する。

それはもう美しい剣舞だった。


仕切り直す様に2人の距離が空いた。

あまりの美しさに魅了されて息をするのを忘れていた会場に大きな歓声が上がる。


そこには爵位も貴族も平民も何も関係無い。

本当に美しい物は世界が変わっても決して変わらない。

2人の天才による剣舞が会場内から階級社会を無くした瞬間だった。


僕も観客席から美しい剣舞に見惚れていた。


羨ましい。

僕もあそこに混ざりたい。

でも、それはいけない事だ。


2人の世界を奪ってはいけない。

僕の美学に反する。

いつか悪党になる事があったら奪わせてもらおう。


いや、違うな。

きっと彼女達は正義として僕の前に対峙する事になるだろう。

その時を楽しみに待つとしようか。


名残惜しいけど、大きな歓声の中で続く試合をに背を向けて観客席を後にする。


「スミレも来るかい?」


僕は背後に現れたスミレに声をかける。

彼女は僕のスーツと同じ色のボディスーツを魔力で生成して纏っている。

だけど目元だけを隠しているマスクは白。


やっぱり彼女は分かっている。

やっぱりマスクは白がカッコいい。

前世に女版怪盗ナイトメアがいたらこんな感じだったに違いない。


「ええ。

あなたの美学の為に。

それが私の美学だから」

「そうか。

では――」


僕の服は魔力に包まれてナイトメアスタイルへと早替わりする。

左手で中折り帽子を深く被って、右手でマスクを被る。


「――奪いに行こうか。

美しい者を穢そうとする悪党から全てを。

それが俺達悪党の美学だ」

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