元勇者の俺と元魔王のカノジョがダンジョンでカップル配信をしてみた結果。

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第一部

第1話 魔王を倒したら魔王から告白された。

「勝った……やっと、終わった」


 俺はどさりと両膝を突いて、手に持った剣を落とした。

 俺の目の前には、ひとりの少女が倒れている。

 黒髪のツインテールに、深紅のドレス。この世界の魔王とされている少女だった。この少女を倒す事で、ようやく俺は自らの役目を終えたのだ。

 ここは異世界テンベルク。俺がこの一年間を過ごした世界の名前だ。

 俺はもともと地球生まれ日本育ち。こんな剣と魔法のゲームちっくな世界育ちではない。

 だが、高校二年の四月に進級した後、トラックに轢かれそうになったタイミングで謎の光に包まれて異世界に転移。この世界の女神から勇者として召喚され、魔王討伐を条件に現世へと戻される契約を強制的に結ばされた。酷いものである。

 転移当初はゴブリンやらスライムやらを殺すだけでもゲロを吐いていたが、適応力というやつなのか、すぐに慣れた。おそらくそれはきっと、俺が女神から与えられていたチートスキルも関係しているだろう。

 スキル〈破壊不可アンブレイカブル〉──俺の肉体はどれだけ攻撃をされても傷付かず死なないスキルを付与されていた。要するに、巨人から踏みつぶされてもドラゴンからブレスをぶっ掛けられても、どでかい蛙に丸呑みにされても絶対に死なないし傷もつかないのだ。RPGでいうと、HPが絶対に減らないスキル。こんなチートスキルがあれば、戦いの恐怖心なんてものはすぐになくなった。

 そんな俺が一年の旅を経て、ようやく魔王との戦いまで到達。当たり前だが、やっぱり魔王との決戦は苦戦した。

 魔王が俺好みの可愛く華奢な黒髪ツインテール女子だったというのも戦いに気後れした理由の一つだが、なにぶん彼女の扱う魔法がめちゃくちゃエグかった。隕石が落ちてきたり、地割れがしたり、火山みたいに足元が噴火したり、もうめちゃくちゃだ。俺が死ななくても世界そのものが先に滅んでしまうのではないかと思った程である。

 だが、三日三晩続いた戦いはようやく終わり、俺の勝利に終わった。

 魔王はその黄金色こがねいろの瞳をゆっくりと開いて、こちらを見上げる。その頬には柔らかい笑みが浮かべられていた。


「お見事ですわ、勇者様……最期に、あなたの名前をお教え願えませんこと?」


 魔王はお嬢様口調で言った。これが彼女の話し方だったのだ。


「俺は……冴木蒼真さえきそうま。勇者じゃない。本当は、ただの高校生だよ」


 俺も普通に質問に答えた。そういえば、まともに会話をしたのはこれが初めてかもしれない。


「コウコウセイ……?」


 単語の意味がわからなかったのか、魔王の少女はきょとんとしていた。


「あ、悪い。気にしないでくれ。学生って事さ」

「あら、そうでしたの。そういえば、あなたはこの世界の方じゃありませんでしたわね」

「ああ。無理矢理この世界に連れて来られて、あんたを倒すまで元の世界に戻さないぞーって脅されて戦ってた」

「ひどいですわ。わたくしも好きで魔王なんてものをやっていたわけではありませんのに」


 ひどいと言いながらも、少女はくすくすと笑みを零していた。

 その笑顔は死ぬ寸前でにも関わらず、やけに楽しげだ。口ぶりからして、彼女も誰かから魔王をやらされていたのだろうか。


「もしそちらの世界で出会っていたら、こうして戦わなくても済みましたかしら?」

「まあ、そりゃあ……こんな風に殺伐とした世界じゃなかったからな。でも、何でいきなりそんな事を?」


 訊くと、彼女は頬を赤く染めて、恥ずかしそうに視線を逸らした。

 どうしたのかと思って返答を待っていると、もう一度その黄金色の瞳で俺を見据え、彼女はこう答えた。


「わたくし、あなたと戦っているうちに恋に落ちてしまいましたの」

「はあ⁉」


 唐突な魔王からびっくり仰天な告白。

 なんとなしに訊いただけだったのだが、まさかそんな理由だとは思いも寄らなかった。


「こ、恋って俺に⁉ 俺、あんたを倒す為にこっちに召喚されたんだけど⁉」

「ええ。だって、これだけ力を出し尽くしたのも、わたくしと時間を共に過ごして下さったのも、あなたが初めてでしたもの。途中から、何の為に戦っているのかわかりませんでしたわ」


 そう言ってはにかむ彼女は、外見通り年相応の少女にしか見えず、そんな彼女を手に掛けてしまった自分にどこか罪悪感を抱いてしまう。

 正直に言うと、俺だって内心では似たような感情を抱いていた。戦っている最中なのに、彼女の細くくびれた腰やロングスカートから時折見える生足、大きくないながらにしっかりと存在感を示している胸部の双丘に目を奪われ、何度魔王じゃなかったらなぁと思ったかわからない。ただ、もちろん戦闘中にずっとそんな余計な事を考えている余裕もなかったのだけれど。だってこの子、隕石とか飛ばしてくるし。


「ねえ、蒼真様。もしあなたの世界で再会したなら……わたくしの事を受け入れて下さいまして?」


 少女は柔らかく微笑んだまま訊いた。

 その問いからは、どこか懇願のようなものも感じなくもなかった。死ぬ前の願い事、と聞き取れなくもない。俺の答えは、当然決まっていた。


「まあ……敵対関係じゃないなら、俺も大歓迎だったんだけどな。俺だって、別にあんたに恨みがあったわけじゃない。それに……可愛いなって思ってたし」

「あらあら、蒼真様はお上手ですのね。きっと、多くの女性を口説いてこられたのでしょう」

「そ、そんなわけねーだろ!」


 俺はふんとそっぽ向いて見せる。もちろん、恥ずかしくて顔が赤くなっているのを隠す為である。

 ああ……何で異世界で唯一生じたラブコメがクライマックスで、しかも魔王相手なんだろう? この一年、全然女っけなかったんだけどなぁ。普通に序盤で出会うヒロインでよくない? いや、まあ序盤で出会うヒロインが隕石バンバン落としてたら洒落にならないんだけどさ。


「……今は疲れすぎてて、恥ずかしい台詞でも簡単に吐けてしまうだけだよ」

「うふふっ、そうですの。嬉しいですわ。その言葉……忘れないで下さいましね?」


 そんな意味深な発言をしつつ、彼女はどこか愛おしそうにこちらを見つめる。

 彼女の立場がどんなものだったのかはわからないけれど、三日三晩ぶつかっているうちに俺に恋をしてくれたというのは、本当なのだろう。何となくそれが伝わってきた。


「ああ……わかった。忘れないよ」


 どうせもう会う事もないだろうと思い、俺はしっかりと伝えた。それに、嘘ではない。俺が元の世界に戻ったとしても、この世界の一年も、そしてその最後に彼女と戦った事も決して忘れないだろう。


「約束、でしてよ?」


 彼女は俺の返答に満足そうに微笑むと、ゆっくりと瞳を閉じてその生涯を終えた。

 その直後に、俺は白い光に包まれた。トラックに轢かれそうになった時に包まれた光と同じだ。その光と共に、俺の意識も薄れていく。

 これが、俺の異世界テンベルクの最後の記憶だった。


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