第23話 諦めない

 昼休み終了ギリギリに仕事に戻ると、机にメモが置いてあった。

『4時半前にお客様のところから戻りますので、その後少しお話しに行きます』

 雪華さんの字だった。

 突き放されて無かった。私は心からホッとして、思わずメモを抱きしめるように握りしめた。


 4時半少し前、雪華さんが事務課にやってきた。

「こっちの事務課で保存している資料が見たかったから来たんですからね。美香さんとお話するのはついでなんですからね」

 そうツンデレのような言い方をしながら、仕事に使う資料を探し出した。

「急に、ごめんなさいね」

 私は、雪華さんの手伝いをしながらいった。

「いっぱい手伝ってもらったのに」

「やあー、まさか盗聴器だなんて……本格的にヤバいですね。ただ、私達もちょっと油断してました」

 雪華さんは小声で言った。

「映画に行く日はもっと気をつけないと」

 雪華さんの言葉に、私は首をかしげた。

「あの、えっと、メモ見たわよね?計画は頓挫したので、諦めるって……」

「何を言ってるんですか。まだ行く日はバレてないんですよね?なんとかしますよ」

 雪華さんは当たり前のように言った。その言葉に、私はジーンとしてしまった。やっぱり雪華さんはそう言ってくれるんだ。

「ありがとう。そう言ってくれるだけで、その言葉だけで私はもう大丈夫だから」

「ちょっと、何勝手に感動して締めに入ろうとしてるんですか」

 感動している私をよそに、雪華さんは強い口調で言った。

「悪いですけど、雪華さんが諦めたくても、私が諦めませんから。絶対に映画に行かせてみせます」

「あ、いやでも」

「映画に行かせないように監視するようになるのは想定内でした。でも、昼休みの時間を拘束して、私達の大事な楽しい時間を奪ったのは許せません」

 雪華さんも、あの時間を楽しいと思っていてくれたのね、と私は少し嬉しく思った。と同時に、何だか雪華さんの方がやる気満々なのが少し怖い。

「あのね、本当にもう大丈夫なの」

「わかりました。絶っっ対にバレないようにします。もし万が一ばれたら、美香さんは嫌だといったのに私が無理やり連れて行ったことにしてください」

「そんなことできないわよ」

「いいんです。これはもう、私のプライドの問題です。でもこれで美香さんご夫婦の仲が悪くなるのは困るのでとりあえず私が無理やりということで」

 雪華さんはぷりぷりしながら資料をすごい勢いで探していく。おしゃべりしながらでもちゃんと仕事はしていたようだ。

「あ、鈴川さんも同意見ですからね。鈴川さんにも事情を説明したらいい感じにドン引きしてましたよ。『そんな束縛&趣味取り上げしといて、自分は浮気するなんてとんだくそ男です』って」

「いや、あなた達仮にも人の夫に……って浮気疑惑に関しては私の冗談のせいか」

 私は呟いた。ごめんね敦さん。私の冗談のせいでくそ男認定されちゃってるわ。


 雪華さんはさっさと資料を集めると、事務課から出て行った。

 戻り際、雪華さんは言った。

「とりあえず、有給をとるのは三日後。それまでになんとかしましょう。私はほぼ外回りなのでなかなか会えませんが私からの伝言は、こうしてメモを机にあげておきます。美香さんから伝言があったら、営業課は自分の机もないので、鈴川さんを仲介してメモを渡してください。鈴川さんにはそう伝えてありますので」

「わかった、わ」

 本当に了承してしまっていいのかしら、と私は少し不安になったが、なぜか自信満々な雪華さんを見ると、すこしだけ勇気がわいてきた。

「私も覚悟決めるから」


 こうして、諦めるつもりだった計画はまた動き出した。

 私にできることはもはわからない。ただ、敦さんに疑われないようにすることを最重要課題として、少しだけ考えてみることにした。


 五時になり、就業時間となった。

 私はいつものとおり急いで会社をでる。

 門のところで敦さんが待っていた。帰りも一緒にいることにしたらしい。おそらく、少なくともロードオブレインの上映期間が終わるまでは。本格的に会社の就労時間以外は監視されるようだ。

「おかえり美香さん」

 笑顔で出迎えてくれる敦さんに、私はにっこり笑ってみせた。

「ただいま、敦さん」

 大丈夫よ敦さん、絶対にあなたをこれ以上悲しませたりなんかしないわ。絶対にばれないようにするからね。







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