どうせ無理


 第4回:どうせ無理


 卑屈の代名詞とも呼べる台詞であり、かつての自分の口癖であった。

 この回は、他ならぬ自分に対して贈ることになる。


「どうせ無理」が持つ負のオーラは半端ではない。構成している語句の意味は以下の通りだ。


 どうせ:あきらめや、すてばちな気持ちを表す語。所詮。どっちみち。

  無理:行うのが非常に難しいこと。不可能なこと。


 純度100%の後ろ向きである。

 僅か5文字であることから、ふとした際にも使いやすい。

 自分で言うのもそうだが、人から言われるケースも少なくない。


「お前じゃどうせ無理だろ」

「一応確認してみるが、どうせ無理だと思うから期待するな」


「どうせ無理」を使うケースからは、一切の前向きさが取り出せない。

 もっと言うなら、笑いにすらできない。この言葉が登場すると十中八九笑えない、ピリついた空気になるのだ。

 黙り込むか、作り笑いするか、不機嫌になるか。

「豆腐メンタル」と同じで、罵倒語や自虐(言い訳)として使われるのだが、こちらは投げやり感、対話の放棄感がより強まっている気がする。


 この理由を個人的に考えてみたのだが、前回までの言葉達と違って、この言葉は「未来」が主軸となっている点が影響していそうだ。

「豆腐メンタル」や「童貞」は、現時点の性質・状態が本人にとって不都合であることを指している。

 極端な話、将来的には改善されているかもしれないし、そこまで重要視されなくなるかもしれない。(そもそも気にしてないかもしれない)


 だが「どうせ無理」は「お前(自分)じゃ何をしようとも将来的に・・・・失敗する」と言っているわけで。

 しかもそこに、はっきりとした理由はないのである。「どうせ」という言葉を使っている時点で、出てくる根拠は失敗という結論ありきのものになる……


 ムカつく理由が見えてきた。

 この言葉には中身が一切ないのだ。

 なぜ・・無理なのかの情報はない。

 何が・・無理なのかの情報もない。

 いつ、どこで・・・・・・失敗するかの情報もない。

 どうすれば・・・・・解決するかの情報もない。


 ただ「無理」である。あらゆることにおいて無能であることが確定している・・・・・・と、そう決めつけているのだ。

 考えるほどに理不尽な台詞だ。



 どう向き合えばいいのか。

 いや、そもそも向き合う必要があるのか。

 冒頭で「卑屈の代名詞」だと説明したが、まさしく言葉通りなのではないか。

 卑屈が……さしたる理由もなく自分を異様なまでに下げる、つまり自信過剰の逆だとするのなら、

「どうせ無理」という言葉こそが、卑屈そのものであり、この言葉まじないを唱えた瞬間に人は卑屈になるのではないか。


 この言葉を記憶から消し飛ばし、禁句としてしまいたい。


 しかし、既に卑屈になってしまった自分には、今後しかない。

 せめて「どうせ無理」の意味合いを「どうせ無理(だろう)」から「どうせ無理(だと思っていた)」に変えておきたい。


――諦めなければ絶対出来る!

――自分の進みたい道に進んでいきたい!

――計算やデータだけじゃ測れないこともあるんだぜ!


 漫画、あるいは自己啓発本に出てくるような前向きな言葉に、素直に納得して感動できるほど純粋ではない。


 だから、こんな台詞を俯く自分に投げかけてやる。


「ああ、今のお前では無理だろう。だが、すべてに対して無理と言うほどの暇があるなら、見るだけ触るだけでもいい、ちょっとは寄り添ってみたらどうだ」


 仕事の都合で秋期の情報技術者試験を受けようとしている。

 詳細な説明は割愛するが、それなりに難しい試験であるとだけは伝えておきたい。

 七月に入ってからちょくちょく勉強はしているのだが、これがさっぱり分からない。案の定「どうせ無理」がどんどん湧いてくる。


 どうせ無理だよ、落ちるって。

 今からやったって変わんないよ。いつも通り一夜漬けにしようよ。落ちても悔い残らないし。

 そもそも合格したって、得なんてないじゃん。勉強したことなんてすぐ忘れちゃうよ。ググった方が早いって。

 どうせ無駄なんだよ。どうせ、どうせ……


 そんなことは分かっている。

「どうせ」「そもそも」というのは、常に湧いてくるものだ。


 ちゃぶ台を返してしまいたくなる。

 今までの負債をすべてなかったことにしたくなる。

 だが、その先に待っているのは、上下逆のちゃぶ台、派手にぶちまけられた白飯や味噌汁、おかずであったり、割れた茶碗であったりでしかない。

 いつもの卑屈な、ニヒルを気取りながら未練たらたらな自分だ。


 無理じゃない。ゼロじゃない。

 どれだけ小さくてもいい。ただ、ゼロにだけはしたくない。


 プリントアウトした過去問を眺める。分かる箇所の方が圧倒的に少ない。

 数分見る。分からない部分に片っ端から線を引く。線の内容がすべて分かったら、自分は一歩だけ前進したことになるのか。

 それにどれだけの意味があるのか。


 ある。非常に小さい個人的なものではあるが、はっきりとある。

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