ジュリエット・ジュリエット

@GARAgg

第1話 金井さん(1)

くそみたいに雨が降った日、私は生まれたらしい。

そう今日みたいな天気。靴はびしょびしょで靴下にまで水が入り込んで超不快。

私は雨は嫌いではない(雨水は不快だが)。様々な場所に水滴が落とされ、弾きとんで、また落ちる。そこで生まれる音はまるで正しく整列できない子供のように暴れまわり、脳みそにその不協和音が流される。そんな不協和音が私のすべて…いやこれは都合がいよすぎる言い方だ。まあ、せめて私の名前だけでもを消し去ってくれる、そんな気がする。


雨だけならまだましだが、最悪なのは病院に行かなくてはならないこと。インフルエンザの流行が過ぎ、さあいよいよ春が来るぞ!って時にインフルエンザウイルスが私の体内に入りやがった。お前のタイミング性格悪すぎだろ、なんて突っ込みたくなるのが自分でもバカバカしい。

それだけでも最悪なのに病院に行かなくてはならないのがもっと最悪。

本当は家で寝るだけでも良かったが、母に体温計を図っているところを見つかったせいで母に車に無理やり乗せられて、ちょうど一週間前に地元の病院に行った。どうして私にこんな名前をつけて、こんなにも母親らしいことができるのか。


病院につくとまずは受付をすます。前来た時とは違う受付の人だ。ここはただ診察券と保険証を渡すだけなので受付の人一人だけに笑われるだけでいい。(まあ実際には少し驚いた顔になるだけだけど)

私は病院の治療や医者のどうでもいい話が嫌いなのではない。私が一番嫌いなことは名前を呼ばれることだ。この世の中には様々な名前がありダイオウグソクムシ、内閣総理大臣、イチロー、人間はこの世界のすべてのものに区別をつけるために名を与え続けた。なんでそんなことしたんだよ。人間なら人間1、人間2とかでもいいじゃない。そしたら私は人間68億くらいか…?


「田上かんなさん~」


少しずつ人が呼ばれていく。診察室に人が引き込まれていき、もちろん外へ出る人もいる。そんな光景が三十分くらい続く。

次は私なのではないか?という緊張でスマホを握る手は汗でびっしょり。靴下も濡れているのに。

まるで名前を呼ばれた人は死んでしまう簡単なデスゲームの参加者のように、恐怖と緊張を味わなくてはならないのだろう。それはインフルエンザの高熱よりもきつく感じてしまう。


「赤石良平さん~」


こんな気持ちでも看護師らしい聞きやすく、どこか機械的なこえが病院内に響きわたる。私とみている景色がまるで違っている。呼ぶ側からしたらただの仕事だが、私からしたらデスゲーム。なんだこれ。


「荘園栄人さん~」


私が受付を受ける前にいた人だ。ということは…次は私か。


「金井…えっと」


あ。


「ジュ、ジュリエッ…トさん?」


私はできるだけ顔をあげず気持ち急ぎ足で診察室に向かった。何度この瞬間は慣れない。きっと今顔真っ赤。あー嫌だ。最悪。

診察室の扉に手を伸ばしたとき、一気にひそかに笑う声が聞こえ、ジュリエットという通常病院では聞かないような単語がその呼び出しがまるで合図のように飛び交い始める。


「ジュリエット…?ねえ聞いた?」


「あーキラキラネームってやつね」


「ふっ」


全部聞こえてる。「聞こえないように小声で話しても全部聞こえてますから!」と開き直って叫びたくなる。そしたら、もうすでに変な目で見られているのに今度は異物を見るような目で見られちゃうな。

そしてそそくさと扉を開き中へ入っていった。

診察室は熱い。インフルエンザの高熱の方がまだましなくらいに。


病院を出た。案の定、陰性であったためもう病院には行く必要はない。

できることならもう二度と行きたくない。

雨は止んでいる。行きの靴下びしょびしょ現象は何だったのか。何もかもが憂鬱だが、太陽の光が出ている。こんな時は雨に自分を打ち消されたい。雨の音を聞いて、ぼーっと何も考えずにいたい。

でも雨は憎たらしいくらい気まぐれで、もうどっかに行ってしまった。

これでは嫌なことを思い出すしかないじゃない。


そして生暖かい天気のなか意を決して帰ろうとしたときに


「あの…すいません」


私は振り向いた。そこには私よりも少し身長が高く、なんというか美人という言葉が当てはまるそんな顔のいい女性がいた。


「え?あ?なっ、なんですか」


会話は得意ではない。お嬢様失格ってか。


「貴方の名前…」


「私の…あーはい」


「ジュリエットって名前…」


バカにしに来たのだろうか。それとも、ジュリエットはバズるから~身分証明書見せて一緒に写真とってSNSにあげませんか~♡とか言いに来たのか。

どっちにしろバカにされている。


「…何ですか。」


私はあからさまに苛立っているそんな返事の仕方をした。でもよくあることだ。


「私もっ!ジュリエット!」


彼女はおおきな目を光らせ、焦っているようにでもどこか嬉しそうに言った。


「…え」


私は困惑した。というよりいよいよ苛立ちがピークに達している。なんでお前が私の名前、いや童話のお姫様の名前を名乗るんだ。馬鹿にすんのもいい加減にしろ。

今までも馬鹿にされることは多かったけれでここまで煽ってくる初対面のやつは初めてだ。


「私の名前、ウルウザキジュリエットっていうんです!」


「ふざけないでください。何ですか。私だってこんな名前になりたくなかったのに自分の名前を偽ってまで私のことバカにしたいんですか」


本当に腹が立った。そのせいか今まで思い続けた言葉が少しずつ口から出てしまう。怒って、声を荒げてしまっては相手の思うつぼだ。ただ我慢しなくてはならない。

’’ジュリエットが怒ってる’’その光景だけで何年もネタにされてしまう。

人はそうやって感情的になっているやつを笑うものだ。


自称ジュリエットは少しおびえた顔をしたが、そんな顔でも美人であるのでこいつの方がよっぽどお姫様にぴったりだと思った。

そして彼女はすぐにプリクラだのキラキラしてるシールなどが無造作に貼られている財布を開き自分の保険証を私に見せつけた。


そこには確かに’’潤崎寿里絵都''と書かれている。

一瞬名前が読めた。多分この世界に私だけが読める、まるで暗号のようだ。

’’寿里絵都’’なぜならわたしも同じジュリエットであるからだ。




ジュリエット・ジュリエット










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