第四章【白黒の双子】

一話【レイドボスイベント】

*  *  *  モノクロ  *  *  *


「――クロ。ねえ、起きてる?」

「…………」

「――起きてるのかって訊いてるんだけど?」

「……うるさいな、モノ姉さん。ボクたちに睡眠は必要ないことくらい分かってるだろ?」

「だったらすぐ返事しなさいっての!」

「うんうん。で、何の用?」

「相変わらず白けさせるわね」

「姉さんは『白』だからね」

「……せっかくお姉ちゃんが緊張をほぐしてあげようと思ったのに、つまんない奴。明日はアタシたちのデビュー戦なのよ?」

「別に緊張なんてしていないよ。この数週間、朝から晩まで仮想プレイヤーと戦ってきた経験を発揮するだけさ。そもそもボクらは人間を楽しませるために作られたんだから、デビュー戦とはいえ勝敗なんて二の次だよ」

「分かってないわねー。本気で勝とうと思って戦うから、お互い楽しくなるんじゃない。アンタの態度じゃ、自分も楽しくないし人間にも失礼よ?」

「別に、手を抜くなんて言ってないよ。ボクと姉さんが力を合わせれば、『原色』やSランクたちが相手でも勝てる。そう思ってる。ボクの『黒』と」

「アタシの『白』が力を合わせれば、何色が相手でも怖くない。なんだ、分かってるじゃない」

「これでも、姉さんの双子の弟を務めさせていただいているので」

「よろしい! 明日はアタシのためにキビキビ働きなさい、弟よ!」

「はいはい」


*  *  *  天宮翔  *  *  *


 五月六日(月)。明日からまた学校が始まる。その前日にこんなビッグイベントに参加できるとは思わなかった。

 稲井との特訓を活かし、俺は昨夜リビングに置いてある家族共用のパソコンで『レイドボス』について調べてみた。それがなんなのか分からないまま彼女の誘いに乗ってしまったからだ。

 どうやら『レイドボス』とは、大人数のプレイヤーで戦う強力なボスのことを指すらしい。〈Colorful Bullet!!!〉の攻略サイトを見れば、過去にどのようなイベントやアップデートが行われたのか調べられる。そのほとんどが新たな装備の追加やプレイヤー同士の対戦イベントで、NPCと戦うイベントは見当たらなかった。

 きっと多くのプレイヤーが待ち望んだイベントだろう。稲井というツテのおかげで、まだ初心者の俺が参加できるのはまさに僥倖ぎょうこうだった。

 もうすぐ約束の時間だ。俺が自室の姿見で身だしなみを整えていると、遠くからもはや聞きなれたエンジン音が近づいてきた。訝しむ父さんと母さんに見送られながら玄関を出ると、火の玉のような外車が家の前に停まっていた。

 運転席に座るのは、こちらも火の玉のような熱いシスコン魂を持つ正輝さん。そして助手席に座るのは、俺のクラスメイトであり師匠でもある稲井光亜。当然のごとくコスプレ姿で、彼女も気合が入っているのか過去に見たよりも化粧が厚く感じる。


「おはよう、天宮君!」


 この姿の稲井は『黄色』の原色持ちにふさわしく明朗だが、もうすぐ始まるイベントに興奮してかテンションが高い。俺としてはもっと別のご褒美が欲しかったところだが、彼女の上気した表情を見ていると俺までお祭り気分になってくる。


「おはよう、稲井さ――」

「ほら、さっさと乗れ! 俺はタクシーの運転手じゃねえんだぞ!」


 正輝さんは相変わらず刺々しい。俺が稲井の後ろに座るとバックミラー越しに睨まれたので、渋々正輝さんの後ろにずれる。


「それで、次は早乙女って奴の家に行くんだったな。なんで俺が朝っぱらからこんなことを……」

「すみません、正輝さん。ご迷惑をおかけして」

「ああ、全く迷惑だね!」

「ごめんね、お兄ちゃん。今度の休日、一緒にお買い物に行ってあげるから」

「さあ、すぐに早乙女君の家へ行こうか。妹のお友達を待たせちゃ悪いからな」


 現金な人だ。ここまで素直だとむしろ可愛げを感じる。

 稲井にイベント参加を誘われた時、あと一人参加できるのならと璃恩を指名した。今日はアルバイトが休みだし、あいつも稲井ブライトと一緒に戦えると知ったら喜ぶと思ったからだ。俺が璃恩にそのことを伝えると、果たしてあいつはこれ以上なく歓喜した。

 三人一緒に参加するならと、稲井が正輝さんに頼み込み、こうしてタクシー代わりに送ってもらっているわけだ。


「だけど、なんでお兄ちゃんを誘ってくれなかったのかなぁ……俺も〈Colorful Bullet!!!〉のプレイヤーなんだけど……」


 正輝さんはずっとぶつぶつ文句を呟きながら運転していた。そりゃあ、こんなお兄さんと一緒に参加するなんて恥ずかしいからですよ。



 数分後、璃恩と彼の母親が暮らしているアパートの前に着く。璃恩は小学生の頃「築三十年以上の安アパートで、隣の部屋のあくびまで聞こえてくるんだ」なんて自虐していた。アパートの前でエンジンが唸りを上げるたび、アパート全体が悲鳴を上げるように軋んでいる錯覚を覚える。

 一階のドアが一つ開き、安アパートに似つかわしくない長身のイケメンが手を振りながら近づいてくる。


「やあ、翔ちゃんに光亜ちゃん。おはよう!」


 俺と稲井が挨拶を返すと、璃恩は真っ白な歯を見せて笑う。

 次いで璃恩は、運転席の正輝さんに深々とお辞儀した。


「稲井さんのお兄さんですね。お手数おかけしますが、本日はよろしくお願いします!」

「あ、ああ。これはご丁寧に。妹の後ろの席が空いているから座りな」

「はい。失礼します」


 璃恩が稲井の後ろのシートに収まると、いよいよ車はライスボックスに向けて走り出した。

 稲井が言うには、今回のイベントに参加できるのは全国でも数百人で、参加者は近所のゲーセンに予約を入れて筐体を確保してもらうことができるらしい。全国で同時刻にイベントが始まるので、順番待ちで遅刻するなんてもってのほかだからだ。

 どんなボスと戦うのか予想しているうちに、車はライスボックスの前に着いた。普段より人が多いのはイベントの影響だろう。


「じゃあな。終わったら連絡してくれ」


 俺たちが礼を言うと、正輝さんは一つ頷いて爆音を響かせながら去っていった。


「正輝さん、いい人だね」俺だけに聞こえる声で璃恩が呟く。「あんなボロアパートから出てきた俺に嫌な顔一つしなかった」

「勝利の報告ができるといいな」

「できるよ。俺たちには勝利の女神がついてるんだから」


 勝利の女神様は一人で店内に入ってしまったので俺たちも後に続く。

 イベント開始時間は十時ちょうど。開店時間も十時だが、今回の限定イベントを聞きつけた観客たちがとっくに二階フロアに集まっていた。


「おっ、来たぞ!」


 階段を上がってきた俺たち三人を、羨望と嫉妬の眼差しが取り囲む。先日の大会とはまた違った種類の熱気だ。俺と璃恩は熱気に押されて右往左往しているが、稲井は相変わらず涼しい顔だ。


「翔ちゃん、なんで俺たちまで参加するってバレてるの?」

「そりゃ、ブライトがプレイヤーを二人引き連れてたら彼女に誘われたって一目瞭然だろ」

「あっ、そうか。俺だってまだ初心者なのに、なんだか申し訳ないな」

「堂々としてればいいんだよ。オドオドしてたらブライトにまで恥をかかせるぞ」


 璃恩が緊張する気持ちは分かるが、そもそも俺が兄さんに勝ったことがイベント参加のきっかけだ。俺は深呼吸を繰り返した後、堂々とした気持ちで胸を張って前を向いた。

 四台の筐体の手前で遊治さんが待っていた。くわえていたタバコを指で挟み、手を振る代わりにタバコの火をゆらゆらと振る。


「よっ、少年。特訓の成果は発揮できたかい?」

「はい。俺のわがままに付き合っていただいてありがとうございました」

「いいってことよ! それに、俺たちのお姫様の頼みでもあったからな。あんまりプレッシャーを与えたくねぇからさっさと始めちまうが、イベントが始まったらモニターの前で応援するからな」

「はい。期待に応えられるよう頑張ります」


 遊治さんに見送られながら、俺たちはそれぞれの筐体に入りログインする。俺は高鳴る胸の鼓動をゲーム内に持ち込むように、自分の胸に両手を当てながら目を閉じた。


*  *  *


 いつもの中央広場に降り立った俺たちは、まずイベント参加のためにそれぞれフレンド登録を済ませた。みんなリアルタイムでの観戦をしているためか、この日はプレイヤーの人口が少なく感じる。

 装備確認後にバトルステーションに移動し、稲井にイベント用の手続きを済ませてもらう。


「さあ、覚悟はいい?」

「もちろん」

「ワクワクするね!」


 三人の体を同時に青い光の円柱が包み、今回限りの特別なバトルフィールドに飛んだ。

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