七話【芽生え】

「勝者、『黄色のブライト』ォォォォーーーーーーーーッ!」


 筐体から出た俺が見たのは、遊治さんと観客たちからの喝采を浴びるブライトの姿だった。彼女はそれが当然とばかりにクールな笑みを浮かべながら、軽く手を振り彼らに応じる。ただそれだけで場が一層盛り上がった。圧倒的な実力と人気に、俺の存在は誰からも忘れ去られたかのように思えて仕方なかった。

 しばらくその状態が続いた後、彼女と同行していた執事風の男が迎えにやって来た。いつの間にかフロアの隅には折り畳みの椅子とテーブルが設置され、彼女専用の休憩スペースが作られていた。彼女は椅子に腰かけると、黒いレギンスに覆われたスラリと伸びる脚を組み、ペットボトルのスポーツドリンクを一気に三分の一ほど飲んだ。

 まるで高飛車なお嬢様――そう思いながらも、俺の胸には別の感情が芽生えている気がした。


 敗退した俺はもう帰っても良かったのだが、残りの試合も観戦し続けた。普段は他のプレイヤーの対戦風景を観ることはできないので新鮮な光景だ。自分だけの『色』を駆使して戦う彼らの姿はたくましく、時に美しさすら感じた。

 その中でも彼女ブライトの強さは別次元だった。中には五分のハンデを素直に享受するプレイヤーもいたが、彼女の体にインク一滴付けることも叶わず、五分経過直後に瞬殺されていた。

 彼女の決勝戦の相手は、もう一人のシード選手を下して勝ち上がったランクA1の男性プレイヤーだった。さすが高ランクプレイヤーだけあって、ハンデを断りつつも五分以上にわたって彼女との激闘を繰り広げたが、全てのCB弾を撃ち尽くしたところでヘッドショットを決められた。

 筐体から出てきた彼は汗まみれで憔悴していたが、一方のブライトは軽い運動でも終えたような涼しげな表情だった。

 こうして『第二回 Colorful Bullet!!!大会』はブライトの優勝という形で幕を閉じた。



「『黄色のブライト』! 優勝おめでとう!」


 観客たちが羨望の眼差しで見つめる中、遊治さんはブライトに小さな優勝トロフィーと賞金の五万円が入った熨斗のし袋を手渡した。彼女は当然だという顔でそれを受け取り、俺たちに向かって「みんなの挑戦待ってるよー!」と言うと、彼女に惨敗した者まで一層色めき立った。

 俺はとっくに悟っていた。璃恩が見せた、あの言い表せない表情の意味を。

 彼女に勝つことはできない。きっと、俺が今後何年も〈Colorful Bullet!!!〉をプレイし続けたとしても。

 周囲の声に耳を傾けてもわかる。観客もプレイヤーも、みんなブライトの活躍を観に来ていたのだ。それ以外のプレイヤーは引き立て役に過ぎない。

 執事風の男に連れられながら、ブライトはゆっくりと観客の群れの中を歩んで行く。


「ブライトちゃん、カッコ良かったよ!」

「また一緒に対戦してください!」

「俺たちのお姫様!」

「ブ、ブライトたん……っ!」


 様々な称賛の言葉を浴びながら上機嫌でその場を後にする彼女は、まさにお姫様だった。

 俺も声を掛けたい。もう一度彼女の視界に入りたい。そう思ったが、自分の中に渦巻く言葉を上手くまとめられない。そうこうしているうちに、彼女は俺の目の前を通り過ぎようとしていた。


「待ってくれ!」


 思わず彼女の手首をつかんだ。触れられるとは思っていなかったのか、ブロンドの髪をふわりと浮かせながら勢い良く振り返った。

 その瞬間、空気が凍りついたかのように場が静まり返った。みんなの憧れのお姫様に触れてしまったことで熱気が殺気に変わったのか。それとも頭がパニックを起こして情報を処理しきれなくなったのか。

 今の俺には目の前の少女と、彼女の手のぬくもりしか感じられなかった。


「好きになった……かも」


 言葉にしたことで俺の気持ちが明確になった。

 彼女に敗北した直後、俺を支配していたのは悔しさと憧れの感情だった。ああ、ゲームの世界にもすごい奴がいるんだなって。

 しかしそれと同時に、俺は彼女に恋をしていた。自分の強さへの圧倒的な自信、それに見合った実力、そして光のように駆け抜ける彼女の眩しい姿――そんなものを目の前で見せつけられたら、たまったもんじゃない。自分勝手なのは百も承知だが、この気持ちを直接ぶつけないと帰れそうになかった。

 次第に周囲の音が戻ってくる。先ほどまでの熱狂的な声ではなく、困惑の滲んだ声。俺も徐々に冷静さを取り戻し始め、やってしまったと冷や汗をかきだした。


「あ、あの……」


 誰の声かと思ったら、ブライトの声だ。トロフィー授与までの自信満々の声と比べてあまりにも弱々しかったので別人かと思ってしまった。

 彼女はうつむき、表情が髪に隠れてしまうが、ミラーボールに時折照らされる丸い頬が真っ赤に染まっていくのが見て取れた。


「そ、そんなこと言われても……困るって言うか……」

「えっ?」

「いや、あの……だから……」


 声が小さいうえに流れる音楽のせいでほとんど聞き取れない。彼女の口元に耳を近づけようとする。


「このガキ! いい加減にしろやっ!」


 執事風の男が姿に似合わない怒声を発しながら俺を突き飛ばした。倒れそうになる俺の体を観客たちが受け止めてくれるが、彼らの目は冷たく険しい。今すぐにでも殴りかかってきそうな雰囲気に、俺は首をすくめた。


「ったく! ほら、さっさと帰るぞ!」

「う、うん……」


 男に手を引かれて、すぐに彼女の姿は見えなくなった。

 それが合図のように、観客たちも続けて〈Colorful Bullet!!!〉を遊ぶグループ、一休みするグループ、一階で遊ぶグループなどに分かれて三々五々散っていった。床に放置されてしまった俺の肩を、後片付け中の遊治さんが意味深な笑顔でポンと叩く。

 俺の初恋は随分刺激的な形で幕を開けてしまった。

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