透明の中に石が3つ浮遊

 俺は3つの石ころをなべに入れる。

 鍋と言ってもパスタをでるような深底鍋みたいな調理に使う鍋じゃない。木の棒で支えを作ってそれに吊るような丸みのある、魔女が薬の調合

に使うような鍋だ。


 その名も合成鍋。

 これに入れたアイテムは合成される。

 そのまんまだ。


 しかもこれはいわゆる運ゲーで、レベルで上がる合成スキルで成功率の上昇はあるものの、それとは別にリアルラックが関わってくる、正真正銘のガチャゲーなのだ。


 どうしてそんなことをやっているのかというと。ここはあえて寄り道が好きだからと言っておこう。別にメインストーリー攻略が詰んだとか、ボスに10連チャンして全負けしたとかではない。ないったらないのだ。


「………まぁ、失敗。だよな」


 ぼふんと灰色の煙が立ち昇ると失敗だ。

 分かりやすくていい。ゲームによっては何のエフェクトも出なかったり、爆発してHPダメージを受けたりするからな。

 そういう意味でも非常に良心的だ。


 というか、このゲームの合成システムはなんというか、ガチでミニゲーム風に小さくまとまっていて、ついついやりたくなってしまうのだ。

 つまり中毒性が高い。今もついつい手が投擲用の小石をインベントリから取り出して鍋に入れようとしている。


 今やってるのは最も一般的な合成であり、微々たるとはいえキチンと経験値も溜まる『石3ガチャ』だ。ガチャを省略して石さんとも呼ばれる。


 これは通常の合成が2つで行われるのに対し、合成[2]から可能な媒介を含めた3つで合成することにより、確定で経験値を+1する代わりに小石などの価値ゼロアイテムを媒介にする事でALL成功率がマイナス30%される魔のガチャだ。


 ちなみに成功率は1%以下になることはない。

 つまり、どんなに成功率が落ちても理論上100回に1回は成功するかもしれないのだ。

 もちろん物欲センサーや乱数のブレによる不幸の存在はあるかもしれないが、夢も希望もある。


 もしかしたら1発成功するかもしれない。

 そんな夢を見てしまうのだ。


「失敗失敗、と」


 合成の成功はいくつか種類がある。


 コモン成功、アンコモン成功、レア成功が一般的な成功で、これらは合成スキルや優秀な素材、媒介、玉石などを使うことで成功率を上げることが出来る。


 一方でどうあがいても運ゲーなのが、レジェンダリー成功、ファンタズマ成功、コズミック成功の3つだ。これらは、元の成功値の千分の1、10万分の1、1億分の1された値が成功率だが……考えてもみて欲しい。最低でも1%成功なのだ。


 つまり、石さんでも各1%は成功するわけだ。

 逆に膨大な投資の下、準備に準備を重ねても、レジェンダリーはともかくコズミックは確実に1%になってしまう。

 それなら石さんで当てたい。というわけだ。


「賢者の石だもんなぁ……石3で」


 思わず独り言が漏れてしまった。

 石の最大クラスが賢者の石なのだ。

 媒介を用いた合成は、クラスアップ合成と呼ばれる。


 まず、設定として世界のすべての物質はクラス分けすることができ、いわゆる価値ゼロのヌル(N)からコモン(C)、アンコモン(UC)、レア(R)、ウルトラ(U)、レジェンダリー(L)、ファンタズマ(F)、コズミック(Cos)と分けられ、レジェンダリー以降は各種1種ずつしかない。

 最低クラスから最大クラスまでは幅5で、石はヌルからレジェンダリーまで。最大クラスの名を賢者の石という。


 この賢者の石が壊れアイテムなのは言うまでもない。何しろ時間経過で金貨を生み出すのだ。1分で白金貨1枚だが、それはつまり1時間で白金貨60枚だ。


 白金貨1枚で消耗品のCコモンが1万個、UCアンコモンが5千個、Rレアが千個、Uウルトラが百個買えてしまうといえばそのバランスブレイカーっぷりが分かるだろう。

 なお、レジェンダリーは店売りされない。


 だが。


「まぁ、出ないよなぁ」


 よっこいせっと立ち上がる。

 ここは『灰色はいいろ礫砂漠れきさばく』の最奥地だ。

 序盤の中ほどで攻略できる場所で推奨レベルはあまり高くないため、経験値は少ないが石ころは大量に落ちている。


 この場所の石ころはリポップ待ちだが。

 ちなみにエリアのオブジェクトはエリア切り替えで復活する。が、ボスを倒した場所は中サイズの少し強いザコが複数体湧くので少々面倒なのだ。


 ましてや、それほどの時間を掛けて気分転換をしたい気分でも無くなったしな。


 これがあるから、ここのボスは石さん解禁のためにあっさり倒されるが、むしろ後に湧く中ザコの方が門番扱いされていたりする。

 絶妙に鬱陶うっとうしいので、よし!気分転換するか!程度の勢いがあればあっさり狩れるが、少しでも迷いがあるとまぁいっか。となるのだ。


 ちなみに入口は手軽だが落ちている石ころが少ないのでエリア切り替えがめんどくさい。

 ままならないものである。

 いや、さっさと攻略しろってことかもしれないが。


 一応、クリアすると色々と報酬が手に入る。

 その内の一つがFクラスのマント装備である『無窮むきゅう襤褸切ぼろきれ』だ。これはステータスは一切上がらないが、代わりに 】路傍ろぼう【 のユニーク効果を持っている。

 装備中、全敵が非アクティブになるという強力な効果だ。勿論、攻撃すると反撃されるが。


 それさえあれば合成スキルを育てるのはかなり楽になる。材料のほとんどが採取で手に入るためだ。

 中ザコも棒立ちの隣人になる。

 クリア後のエンドコンテンツというわけだな。


「さてと、ボス戦行く……前に岩砕くか」


 石さんは合成[2]初期値でも、コモン成功率は10%あるのだ。元は40%からの-30%で10%というわけだ。そしてその中でも当たり外れがある。

 まず小石。これは出戻りだ。3つが1つになって帰ってきたってことだな。

 次に石。これはハンマーで砕いて小石に出来るが、今は幾らでも手にはいるのでいらない。ハズレ枠だからゴミ箱行き。

 そして岩。これはハンマーで砕くとたまに化石などの換金アイテムが手に入る。当たり枠だな。


 ガチャしてさらにガチャするとはこれ如何いかに。

 とはいえ多少の金策にはなる。

 今も10個砕いて2,3個手に入った。換金アイテムだからそれなりの金になりそうだ。


「これだからガチャは止められねぇなぁ」


 ニヒヒと笑いつつ街に向かう。

 換金したらボス戦だ。岩ガチャ中にいくつか戦略を思いついたから早速試してみようと思う。


 俺は移動用のチャリ系アイテム、エアーボード、通称エアボを起動して、浮遊したそれに乗った。停止中は不思議と安定感抜群なんだよな。

 オープンワールド系はこういう乗り物の操縦が楽しいからついやってしまう。


 これは体重移動で動くタイプだ。手に握るタイプのコントローラタイプも使ったことがあるが……あれは細かい動きが難しいから本当に移動用って感じだった。

 このゲームのスクショにこれでトリック決めたやつがあったんだよな。それでプレイしたくなったんだった。


 まだトリック出来るほどの器用さは無いが、いずれはカッコイイSSを撮ってみたいもんだ。

 そんなことを思いながらボス戦のエリアへと向かった。

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