鈍色の欠片 3/3

 派遣先の試験場に送り込まれたボクは意気揚々とその神をたずねた。

 そこまでは良かった。時代錯誤のお爺ちゃんスタイルにちょっと不安を感じたけど、まぁ思い過ごしだろうと思ってたんだ。


 だけど。


「いやいやいや。なんでそうなるんすか」


「なんでも何も。試練は必要じゃろうが」


「……はぁ、分かりました。じゃあもうそれで一回やってみましょう」


 いくら理屈で説明しても理解してくれないジジイ神にボクは匙を投げた。

 今時、試練だのなんだのは流行らないどころか、理解してもらえるかも怪しいのに、この頭の固い時代おく……コホン、失礼。この頭の固いじいさまは必要じゃと言って聞かないんだもん。

 もう無理だもん。現実を教えるしかないんだもん。


 そういうわけで、ボクはいけに、コホン、失礼。ボクは対象となっている世界の数々から、比較的に理解のある世界を選び、その中から、えて一般人の意識を選び取る。


 そう、これは試験テストだから一般的じゃないとダメなんだ。

 かつて多くの神々が失敗してきたのだから、そうでないといけない。

 ちょっと変わり種な意識は必要ないのだ。


「じゃあ入れますよ」


「うむ。頼むぞい」


 そう言って少しワクワクが隠し切れない爺さまにボクは内心ため息をつきつつ、意識を素体の一つに送り込んだ。


 結果は、まぁ言うまでもないか。

 意識の一つはあの奇妙奇天烈きみょうきてれつな体に混乱し、授けていたはずの能力を一つも使えず自爆して送り返された。

 爺さまはそれを難しい顔をしてみていた。


 いい加減、思い知っただろう。そう思って話しかけてみれば。


素人しろうとじゃな。何故なぜ戦闘前に何でも試そうとしないんじゃ。せっかく優秀な身体だったと言うに」


 全然堪こたえてなかった。ダメだこりゃ。

 こういう、環境の所為せいじゃなく個人の所為せいだという奴は一番ダメなタイプだ。

 少なくとも、異世界からたましいを拾い上げて、その魂を誘導する役職は向いてない。


 なんでこの役職を志望したんだこの爺さん。

 そんで、なんでこの爺さんを訓練可能だと思ったんだうえは。


 と、思ったけど口には出さない。

 あくまで上はこの爺さんを使えるようにしろとおおせだ。

 ボクはその命令に逆らえない。


 くっ 貧乏くじを引いた。と、そう思ってももう遅かった。



 色々と考えた挙句あげく、ボクが出した結論は、少しだけ爺さんの希望に沿う、というものだった。


 というのも、問題というのは理想的な解決手段で解決できるものではないからだ。

 ボクも亜神あしんとして修業をしていた日々は苦難の連続で、幾度も神にるための試練でつまづいては起き上がりを繰り返していたものだった。

 そんな中で理想的な解決が出来たことは一度として無かった。


 1年の間、無心でいる試練にはひたすらにまだ天使だった頃に好きだった、妖精族の作る蜂蜜ハチミツのことだけをまず考えてから、思考を逸らすことを繰り返していたし、10年の間、人族の巫女に定期的に神託を下す試練では、まず後輩の天使を使って練習してから、少しずつ頻度を上げてできるようにしていったし、100年の間、人族やそれ以外の種族の争いの仲裁を続けるという試練では、実際に片方の戦争に密かに加担してみて、何が原因となっているのかを肌で感じてから、それを地道に解決することを目標とした。


 いつだって回り道だったなら、今回だって回り道だ。

 そう思ったので、今度は少しばかり知識の深い意識を呼び寄せることにした。



「……あれ?さっきのよく分からない形のやつはよかったんです?」


 だけど、先ほど言ったこととは異なり、爺さんが用意していたのはより人の形に近い、というか、人族の服装をした男に見える素体だった。

 ただ、顔の部分は黒いもやのようなものになっていて中が何なのかは分からない。


 人族の形をしていて人族ではないことには何かこだわりでもあるんだろうか。

 いや、それはそれとして。


「……いや、思い出し……コホン。思いなおしたんじゃ。ちょっと先ほどのあれは……うん。やりすぎたわい」


 いまこのジジイ、思い出したと言いかけたぞ。

 そう言えば、とふと思い出す。上が別れ際に電話に出て、今回ダメだったら、とか言いかけてたな。

 つまりこの爺さん、もう後がないってことか。


 大方、これで矯正できなければこの仕事から降ろされて、別の事をやらされる、といったところだろうか。

 ボクの身としてはさっさとあきらめ…コホン。失礼。適性が無いと実感して自ら降りてもらいたいところだけど、そうもいかない。


 仕方なく呼び出した意識をその素体に入れる。

 これでは上手く行ってしまうけど、仕方ない。ボクがこの爺さんの境遇を読み違えたのが悪い、とも言える。

 それに成功体験も必要だ。上手く行った、という実績がやる気を引き出すのだ。


 と、ボクはボクに言い訳した。論理武装したとも言う。



 結果はほどほどに良かった。

 爺さんはほっと一息ついた後、ボクがいることを思い出したのか、胸を張って腕を組み、如何いかにも自信満々、といった様子で口を開いた。


「どうじゃ?上手く行ったじゃろうが。やはりわしの目に狂いはない」


 こいつ、ぶん殴ってやろうか、と思ったボクは鋼の意志で握りこぶしを収めた。

 久しぶりに妖精族の蜂蜜を食べたかったが、もう世界への干渉は許されない立場だ。つらい。代わりに会得した無心で邪念を消滅させた。


「ではこの調子で次も行きましょうか」


「やったるわい!」



 だけど、テストはまだまだ終わらない。

 そのことに気付いたのは、爺さんが用意してきた素体を目にした時だった。


「なんですか、それ」


「ふふん、見よ。これがわしの最高傑作じゃ」


 それはふかふかした何かだった。ぬいぐるみ、と呼ばれる類のものでないのは確かだ。それよりももっと抽象的で不気味な何かだ。

 爺さんは得意げにその能力を説明するが何も頭に入ってこない。


 それほどその物体は個性的すぎた。これが素体?何かの冗談だろ。


 ボクは感情を無くした。もう爺に割くリソースなど無い。

 存分に嘆くがいい。



 あんじょう、先ほどはクリアした意識も、今回ばかりはどうすればいいのか分からなかった様子で、何もできずに散って行った。


 ボクは今の状況をようやく思い出した様子で青くなって固まっているジジイをそっちのけで無言で上に連絡を取っていた。口に出せば割り込まれそうだったからだ。

 もう手は抜かない。容赦する余地がなかった。


 案の定、上もある程度展開を予想できていた様子で、無事、降格の判断を下した。

 特に、途中で調子に乗って判断を誤る部分はボクも上も同意見だった。

 ナシ、である。アリよりのナシでもなく、ただのナシだ。


 素質が無い。もう全くない。

 なんでこれにしようかと思ったのかと問えば、無駄にプライドが高かったので、前の役職から1段下げたものの一覧を示すと、唯一興味を持ったのがこれだったそうだ。

 さもあらん。上も問題解決のために回り道をしていた。


 そして、爺さんは青い顔のまま、やってきた天使に連れられて行った。

 また行った先で偉い顔をするんだろうな、と思う。

 天使に連れられて行く、ということは、次は天使枠ということだろうか。


 ランク的には間に亜神が挟まるが、亜神はそもそも天使から神に至る修行の身のため、役職を割り振る場合、天使の上は神となる。降格の際は修行とか無いので、そのまま天使に降格、ということになる。


 というか、降格、ということは実務に支障を来したということになるな。

 罰則を受けた場合はこんな面倒なことはせず、そのまま封印とか消滅とかになる。

 少なくとも罪は犯していない、ということか。あの性格で。


 どうか、心折れず頑張って欲しい、と、そう思った。

 そう思っていると、上がボクの労いのためにボクがねてより欲しいと思っていた降臨権を一枠ゆずってくれると言うではないか。


 これでずっと欲しいと思っていた妖精族の蜂蜜が手に入る!

 もちろん、妖精族の皆さんには迷惑は掛けないつもりだ。とりあえず分体でエルフの素体を使って降臨し、正当な方法でお金を稼いで購入したいと思う。


 ボクは跳び上がって喜び、ふと疑問が湧いた。

 どうしてこんなことをしてくれるのか、とたずねれば上は、自分もあの老神を担当した時、上からご褒美ほうびたまわったのだとおっしゃった。


 なるほど。と思う。確かにそれはそうだ。あれの相手は並大抵のことではない。

 ともなれば、これから老人が向かう先の担当となる後輩もボクがねぎらわねばならないだろう。ご褒美が必要だ。


 そう上に話せば、実に心の籠った声で深く推奨された。

 ああ、まだ見ぬ後輩よ。どうかこらえておくれ。そうすればきっと良いご褒美がもらえるはずだ。


 さてと、まずはあの老神が、いや、老天使が送られた部署を探して、担当する後輩天使を調べ、良いご褒美を調べなくては。

 ボクのご褒美はその後だ。



 後から耳にしたウワサによると、爺は最後までプライドの高さが邪魔をして役職に適性無しと判断され続けて、人の身にまでちたらしい。そこから先のことは知らない。

 なお、ボクの後輩たちは最後まで各々の先輩方に労われたという。


 うむ、今日も天界は健全で平和だ。

 そして、先輩方は尊敬すべき存在だ。

 ボクも後輩の皆の先輩として尊敬されるようつとめねば。


 ところで蜂蜜はやはり絶品だった。

 思い出の味は良いものだ。


おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る