細い白の走る空色 - 3

 少し落ち着くと、彼女も笑ったことでけんと緊張が取れたのか、だいぶ自然体になっていた。

 やっぱり彼女はこうでないと。少なくとも見ていられなさは無くなっていた。


「で、なんだけど」


「うん」


「ここね」


「うん」


「……期待させて悪いけど、何にもないんだよね」


「………え?」


 そう言って彼女は辺りを見回すけど、本当に何もないことが分かったのか、困惑している。


「聞くところによるとね」


 僕は当時気になって運営に尋ねて聞いた話をした。いわく、このエリアの担当開発者が一身上の都合で辞めた。曰く、引き継ぎが上手く出来ずにこの空間を何に使うのか分からないまま放置。曰く、そのまま後継者がここに触れず、ルート変更をしたために外側だけで中身のないハリボテになった。


 僕もこの話を聞いた時はそんな話もあるんだなぁ、と思った。入った時はまだ誰も入ったことがないのは知らなくて、後から彼女の配信で開かずの間だって知ったんだよね。


「ぇ じゃあほんとに何もないの?」


「うん」


「レアアイテムも?伝説のお宝も?」


「うん」


「……隠し要素も?」


「うん」


「……なんだぁ。人騒がせな」


「たぶんさ、運営もいつか言おうと思ってたんだと思うよ。でもどんどん話が大きくなっちゃって、何も無いです、とは言えなくなっちゃったんじゃないかな」


 僕がそういうと、彼女は納得できない、という様子で頬をふくらませた。


「それならそれで、後付あとづけで足せば良かったじゃん」


「それがさ、この話はオチがあってね」


「まだ何かあるの?」


「ここは元はもうちょっと広かったんだけど、ルート変更のせいで扉だけ残して裏を削っちゃったから、宝箱入れる空間すら無いんだってさ」


 じゃあ壁蹴りで降りれたんじゃない?と思うかもしれないけど、雑に削ったせいで扉側はともかく裏側はいわゆる進入制限の見えない壁の向こうに壁があるから、壁蹴り出来ないんだよね。

 そしてそこの扉も元々内側から貫通出来る作りじゃなかった。そうなったのは僕がパルクールに失敗して中に落ちちゃって、前門ぜんもん開かない扉、後門こうもん見えない壁になって、登れなくてスタックしとじこめられちゃったからなんだよね。


 運営にここのことを聞いたのも、緊急連絡でスタックの場所を話してた時で。


「うわぁ……じゃあ夢も希望も無いんだぁ」


「……まぁ、誰も知らないことを知ってるっていう優越感ぐらいかな」


「……あのときの悩みは一体」


 彼女が何か小声で呟いた、その直後。


「いや、これで案外良かったのかもね」


 そう言った彼女はどこかスッキリした顔をしていた。


「私さ、このままでいいのかなって思ってたんだ。平凡なままで、何か成果を上げないとって必死だった。何かしないとって、でも何ができるかは分からなくて」


「うん」


「諸悪の根源はここだった。でも、中身が無いなんて、今まで何を恨んできたんだろうってさ。馬鹿らしくなっちゃった」


「うん」


「だからね。その、あ、ありがと」




「どういたしまして」


 そう言った彼の顔はどこか嬉しそうで。


「あの、さ。もしよかったら、なんだけど」


「うん?」


「今度、ゲストで私の配信に来ない?」


「……ん?」


 今全部言ってしまわないと、滑り落ちて消えてしまいそうで、だから。


「それと、その、配信してみたら?告知とかはしないでいいからさ、配信つけるだけで。そうしたら」


「そうしたら?」


「……シューティングスターが元気かどうか、分かるから、さ」




 そう言われて古い友達のことをふと思う。


「じゃあ目立つのはあんまり得意じゃないからさ」


「うん」


「限定公開で。君と、それからもう一人」


「もう一人?」


「古い友達でね。君に会う前に会ってたんだ」


「女の人?」


「いや、男だけど……なんで?」


「なんとなく」


 でもあいつ、見るかなぁ。パルクールはリタイヤしたし、まぁ、でも。元気だってことが分かればいいのか。


「あ、限定公開だけど編集して投稿してもいいよ」


「……いや、やめとく。そしたらシューティングスターのチャンネルになっちゃうじゃん」


「……そうかなぁ」


「そうなの。そろそろ自分がツチノコだってこと、自覚したほうがいいよ」


「流れ星じゃないのかよ」


「レア度の話だから」


 ……流れ星じゃなくてツチノコにされる前に退散しようかな。

 あ、そうだ。


「一つ言い忘れてたけどさ。君の配信、最初にのぞいたのは僕なんだよね。そういうわけで、ファンです。これからの配信もほどほどに期待してます……じゃあね」


「え、あ、ちょっと!?」


 そのままそこでログアウトした。

 ベッドから起き上がって、ぐぐっと大きく伸びをして、ふと思う。


 ……あ、フレンド登録忘れてたな。まぁいいか。あっちは有名人プロゲーマーなんだし、すぐまた(間接的に)会えるし、会いに行けばいいや。


 そう思って手すりを掴んで、歩行器に手をやった。……ゲームの世界ではあったけど、はしる喜びを思い出せてよかった。

 怪我をしたときは世界が終わってしまったと思ったけど、パルクールの腕はちっともなまって無かった。むしろ、久しぶりにはしれたテンションでいつもより調子が良かったぐらいだった。


 人を抱えての初めてのチャレンジも…最後はちょっと見込み違いだったけど上手く行ったし、案外配信を公開してもいいのかも……いやいや。やっぱり目立つのは嫌いだ。

 じゃあ、そうだな。最終手段にしよう。そう思えば、リアルでの活動も楽になる。

 そうだ。たしかコーチングをVRで仮想空間でやるって試みがあったんだっけ。


 それをやってみようかな。

 そんなことを考えながら、僕は部屋を後にした。


おわり…?




蛇足


「……それはズルいと思う」


 私は彼が行った後、1人で顔を赤くしていた。

 いや、赤くなってるかは分からないけど火照ほてってるのは確かだ。だってあんな……。


 自分がすごいと思ってた人が、元気づけてくれただけでも嬉しいのに。


「一番最初に見てたんだって」


 じゃあ、でも、そうか。あの時はコメントの読み方もわからなくて、後から幾らかコメントが来てたのが分かってあわてたけど。

 最初の『こんちは』は、彼がコメントしてくれてたのか。


 それに返したくて、最初の挨拶あいさつはそう言うようにしてたけど。気付いてくれてたのかな。そうだったら嬉しいな。


「それにしても、シューティングスターが私のファンの最初の1人、なんて」


 きっとリスナーの皆に話しても信じてくれないだろう。それだけ流れ星シューティングスターはずっと有名で……あれ?

 そういえばここ最近は噂もなくて、見たって人も居なかった気がする。ゲーム内掲示板でも、流れ星に願いをって流れ星シューティングスターの話題専用の掲示板が立ってたけど、ずっと話題がないまま維持され続けていた。


 ということは、本当に偶然?それとも……私を元気づける為だけに……?

 いやいや、まさかそんなわけがない。私もプロゲーマーをうたってはいても、それは自意識過剰だと思う。


 でも、それを信じたい気持ちがあるってことはたぶん、そういうことなんだと思う。

 この気持ちは……しばらく秘めたままでいいかも。

 少なくとも、これ以上に成長しない限りは。


 それはそれとして、この<<鉄壁の板金扉ばんきんとびら>>の内側のSSスクショと、カメラと手だけ外に出して扉の向こうからピースのSSと、半分だけ身体を出してのSSと、あっ……シューティングスターとSS撮りたかったな……ま、まぁまた会えるでしょ。限定配信するって言ってたし。

 パスワード付きで保存して、と。


 そういえば配信をつけるだけとは言ったけど、デフォルトだと主観固定なんだよね。なんかすごく酔いそうな予感がする。

 今度の時にコメントで書いておこう。

 あ、あと招待ブロックの例外にあの一度見たら忘れないシューティングスターのプレイヤーネーム追加しとかないと。


 最初の配信が見れないのは悲しいもんね。

 ……酔い防止の透過クロスヘアとエチケット袋も用意しとこ。


おわり




一応、用語解説

[スタック]

 ゲーム中にプレイヤーが障害物などの間に挟まって身動きが取れなくなること、または進入できないところに無理やり侵入して外に出ることが出来なくなること。

 一般的には、こうならないようにデバッグなどで滑り込みやすそうな場所などをいわゆる見えない壁でブロックするわけですが、デバッグでも全てを網羅できるわけではないし、そもそもデバッグが甘いゲームもあるので、そういうときにスタックします。運が悪く奇行が多くてスタックしやすい人もいたりいなかったり……


[クロスヘア]

 照準のこと。ゲームに関しては画面の真ん中に表示される十字のこと。

 よくFPSゲームやFPS視点のゲームにあるやつです。某四角いブロックのゲームにもあります。これに集中すると画面酔いしにくいらしいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る