第十五話 御曹司

師匠から衝撃的な真実を聞かされてから、翌日。


美澄さんが早速、北川さんという人を呼び出すそう。


学校からそのまま直接アジトに向かう。


師匠すら警戒して喫茶店に案内した美澄さんが、最初からアジトに案内する相手。


一体どういう人なのだろうか?


師匠が家電メーカーの社長令息だとか言ってたから、なんか気後れする。


美澄さんも下手しなくてもそのレベルの令嬢なのに、彼女からは親しみしか感じない。


本来なら僕みたいな庶民が口を利いていい相手じゃないのだろう。


不安を抱きつつ、三階の作戦会議室のドアをノックした。


「どうぞ」


聞き慣れた澄み渡る美しい声音に安堵する。


ドアを開け放って最初に目に付いたのは、作業服を着た大学生ほどに見えるイケメンが部屋にある大量のケーブルやらコードの束を束ねている姿であった。


美澄さんはというと椅子に座って優雅にティータイムに洒落こんでいるよ。


「こんにちわ。俺の名前は北川拓斗きたがわたくと、しがない作業員さ」

「こんにちわ。しがない作業員さん。何をしてるのですか?」


爽やかに挨拶してくるわけだけど、さっきから手が止まってないんだよね。完全にプロの仕事だ。


「うぅーん? いや、なに。この部屋の配線が汚くてね。気になって気になってしょうがなかったんだよ。だから、美澄嬢に断りを入れて綺麗に整理し直させてもらってるんだ。俺ダメなんだよね。こういう配線とか雑なの」

「雑で悪かったわね」

「あ、いや。美澄嬢が悪いと言っているわけじゃないよ。俺が細かい性格なだけさ。……ほら、綺麗になった」


気が付けば、あんなにうじゃうじゃしていたケーブルやコード類があら不思議。


まるで束ねられたイカ墨パスタのようになっているではありませんか〜。ときおり、アルデンテが混ざっているのがチャームポイントだ。


「北川さん。綺麗に整理してくれてありがとうございます」


些かご機嫌ななめになったお嬢様の代わりに、感謝を述べといた。


この子は拗ねても表情に出ないからなぁ。


僕の謝辞に北川さんはにこやかイケメンスマイルで対応する。


「気にしないで。好きでやってるから。あと、敬語は不要だよ。俺のことは呼び捨てで拓斗と呼んでくれて構わない。そういえば名前を聞いてないんだけど、差し出がましくなかったら聞いてもいいかい?」

「これは失敬。僕は星雫青音っていいま、するよ?」


敬語で締めくくろうとして無理やり変えたら変になってしまった。すこし恥ずかしい。


「青音君かぁ……素敵な名前だね。まるでブルーレイのように可能性を感じさせるね」

「素敵なのは賛同するけれど、可能性もなにも廃れたブルーレイと青音さんを一緒にしないで」

「何を言ってるんだい!? 廃れていないさ! 今でも名を変えてみんなに受け入れられているじゃないか」


力強く言う拓斗さんは少し……いや、かなり変な人に見えた。あと、僕はブルーレイより、ブルートゥースみたいって言われたほうが嬉しいかも。……いや、意味わかんないけどね?


「名前を変えたというとフルHDのことを差しているの? フルHDは解像度を示しているのよ? それをブルーレイと混同しないでちょうだい」

「似たようなものじゃないか」

「おおよそ解像度が一緒というだけじゃない」


なんだろうね。拓斗さんは分かっててこのやり取りをしているように感じるのは。会話そのものを楽しんでいるみたいだ。


やれやれと肩を竦めるジェスチャーをとる拓斗さん。リアルでされると、なるほど。ウザイな。今度、師匠の前でやってみようかしら。


「細かく区切る必要はないよ。全てを束ねれば広義上は問題にならないからね」

「家電メーカーの御曹司だとは思えない大雑把さね。先程までの細かい性格はどこへ行ったのかしら?」

「あれは散らかってたからつい気になってしまったんだ。でも呼び方や規格の細かい違いは専門家が知っていればいいのさ。君はスマホを使っていて一々、感圧式か静電式か疑問に思ったりはしないだろう? ようは、受け入れられているなら些末な違いは気にせず受け入れようという心持ちの話さ」


なんか壮大な話してる? 僕にはさっぱりなんだけど。でも任せろ。相打ちの達人と呼ばれた僕の頷く頻度は心地よいともっぱら友人たちに評判さ。


「青音さん。彼の言うことは聞き流したほうが体にいいわよ。真に受けてたらストレスで胃に穴があくわ」

「酷いことを言うじゃないか! まあ、良いんだけどね」


一瞬だけムッとして直ぐに機嫌を直した拓斗さんは近くにあった椅子に座る。


作業服で足を組んでいるのに、違和感を感じさせないのはやはり、爽やかイケメンだからだろうか。


それにしても美澄さんにも濃い知り合いが居たもんだね。


「青音さん。こっちにいらっしゃい」


どうやら本格的に話す雰囲気になったようなので、赤べこみたいに頷くだけの機械にならずに済みそうだ。


立ちっぱなしの僕を気遣って美澄さんは自分の隣りにキャスター付きの椅子を引いてきて、トントンとそこを叩く。そちらが本日の指定席のようだ。


拓斗さんが座った席は彼女のデスク越しで美澄さんと向かい合う位置にある。今は僕たちのやり取りをニコニコにーと見守っている。


僕はなんとも恥ずかしくなりつつも、美澄さんの隣りの席に着く。そうするとふんわりと甘い匂いが鼻腔をくすぐる。まずいな、興奮してきた。


拳一個分程度しか距離が置かれてない為、少しでもおおきく体を動かせば彼女に触れてしまうだろう。


ドキマギする僕のことなど露知らずな彼女と、僕と美澄さんを視界に収めて、なにやら納得したように頷く拓斗さん。よせ、頷くのは赤べこ係の僕の仕事だ。


「素敵な友人を見つけたんだね美澄嬢」

「ええ。私にとってかけがえのない人よ」

「それは……昔の君からは想像できない一言だね。ようやく新しい道を見つけたんだね」

「……」


なにか事情を知っているふうの会話はおよしなさい。知っていない赤べこもここにおるのですよ。でも分かってるふうに頷いておきましょう。桃菜はわしが育てた。


なんとも生ぬるい空気が流れる。


さてとと、拓斗さんは佇まいを整えて表情を引き締める。


「本題に入ろうか。正直、もう君から連絡を受けることは一生ないと思ってたよ」

「それはあなたが私を盛大にフッたからかしら?」


…………えっ。


なんだろう。今のセリフ。


これは、あれか。仲良くさせてもらっている異性の友達の赤裸々な過去が判明して、返金騒ぎになるという……。


ごめん。無理。冗談すら言えない。なんか汗がびっしょりだもん。


お腹の奥に鉛を流し込まれたようなずんとくる感覚が僕を支配する。


「君は無自覚のようだね? 事情を知らない青音君が勘違いしちゃうよ」


沈んだ僕をフォローするように拓斗さんが言い、美澄さんは僕の様子に気付いたのか、困惑する様子。


恥ずかしい。こんなことで気分がどん底になってしまう僕が恥ずかしい。


(僕、美澄さんに対して独占欲があったんだ)


いいえもしれない感情を初めて自覚した。


「青音さん」


その時、僕の手汗をかいていた拳の上にそっとひんやり冷たい手が置かれた。


「ご、ごめん。少し動揺してた」


彼女は心配するように僕の顔をのぞき込むけど、僕は顔を必死に背けるのに努めた。


「ごめんなさい。言葉足らずだったわ。そうね……端的に言えば、婚約者候補だった私は初のお見合いの場で初対面の相手にこっぴどくフラれたけれど、微塵も興味がなかったからノーダメ余裕でした……かしら?」

「ふふっ……なんだよ、その小説のタイトルみたいな説明」


つい吹き出してしまった。でも、すっごく分かりやすかったよ。ありがとう。


「やっと笑ってくれた。あなたの笑った顔が私は好きなのよ? だから、不安にさせるようなことを言ってごめんなさい」


手をぎゅっと握り締められて、その温かみに胸が満たされる。


なんだよ。どこまで分かっていてやってんのか分かんないよ。恥ずかしげもなくサラッと言ってさ。いっつもドキドキするのは僕だけなんだから。


「うん、許す。今後はもう少し詳しく説明してくれると助かるよ」

「ええ。善処するわ。ありがとう青音さん」


本当は許すもなにも、僕たちはそんな関係では無いのに。こんなやり取りすら彼女にとって嬉しいものなのだろうか。


僕も自分の勘違いのせいで、要らぬ手間を取らせてしまった。これからはもう少し余裕を持って対応したく思う所存です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る