第十話 手掛かり

美澄さんの看病のお陰なのか、本当に数日ですっかり元気になれた。


学校のみんなには盛大に転んだと言い訳をする羽目になって罪悪感が湧いた。


それからは美澄さんは安全なアジトで調べ物をして、僕は高校に入ってから鈍った身体を鍛える為に走り込みを始めた。


バイトに行くついでに繁華街を注意深くリューク達を探すけど、本当に言った通り見つからなくなった。


停滞をありがたいと言うべきか、進展がないことを嘆くべきか微秒な日々だ。


そんな時、美澄さんから呼び出しを受けた。


アジトに向かい、三階の作戦会議室に入るとカタカタとキーボードを叩く音が聞こえた。


「こんにちわ〜」

「いらっしゃい青音さん」


三枚並びのモニターから顔を上げた彼女の顔は相変わらず無表情なんだけど、今では何となく雰囲気で思っていることが分かるようになってきた。美澄検定二級は確実に取れるな。


「なんか嬉しそうだね。わざわざ呼び出したわけだし。朗報なんでしょ?」

「ええ。遂に手掛かりを見つけたのよ」

「でかした!」

「喜んで青音さん。頑張ったから褒めて欲しいわ」

「今褒めたのに足りないの? 欲張りさんめ!」


こういうところは本当に可愛いんだから。


よーし、いっちょ褒めちぎってやりますか!


「よっ! 天才! スーパーハッカー! 日本一! 今日の主役!お前がナンバーワンだ!」

「思ってたより嬉しくないわね」

「えぇ〜できる限り褒めたんだけど」

「もっとこう、良くやった桃菜。ご褒美に今晩のオカズはお・ま・えで決まりだな。ぐらい言って欲しかったわ」

「無理難題にも程があるぞ!? そもそもオカズにされて嬉しい女の子なんて居ないだろ!」


いい加減にしろ。


「目の前に居るじゃない」

「論破されちゃった」


そうだ。この子は例外なんだ。


異性とのコミニケーションは全て下ネタぶち込めば回ると考えている残念な子だった。


なんでも僕と一緒にエトワールとして活動していこうと思ったときに、ネットで調べまくった結果、偏った知識が蓄積してしまったそうだ。


きっと、元は純真無垢な蝶よ花よと愛でる可愛らしい女の子だったに違いない。


「そういえば美澄さんが男性に興味を抱いたのはいつ頃だい?」

「小一」

「元からこれかよ!」

「何を騒いでいるの? ふざけないで青音さん。私は真剣なのよ」

「あ、ごめんなさい」


納得いかないけど。確かに今は本題を進める方が建設的か。


「罰として今晩は私がオカズよ」

「まだその話続いていたのかよ。却下です」

「いけずね……まあ、いいわ。最近の青音さんのオカズに長い黒髪の女優さんが増えてるだけ、良しとしましょう」

「桃菜さん!? どこ情報なの!? ち、ちゃうし! そ、そんなジャンルに興味な、ないし!?」


そんなことないよ!? 元からだし。元からブックマークしてただけだし! 美澄さんは無関係だし!


「それで本題なんだけれど。これを見てちょうだい」

「どれどれ……これふざけてないよね?」

「ふざけていると言ったら?」

「取り敢えず、美澄さんから距離を置く」

「信じて、これは私たちが追っている連中が作った広告よ」


速攻で切り替えてきやがった。


でも、疑いたくもなる。


なにせ、彼女が見せてきたのは、


【自分に自信が持てない男性諸君にお送りする『WAKE UP SP』!! 原材料から厳選した本商品はどんなサイズでもBIG! BIG! にPOWER UP! 平均12cmの伸び代が期待できます!! ※個人差があります】


と打ち出された卑猥な広告だったからだ。


「一つ聞きたいけど、僕にセクハラする為だけにチョイスしたわけじゃないよね?」


彼女ならやりかねないという信頼感がある。


「失礼ね。私があなたにセクハラするなら、自分を脱がすわ」


ぐっ、確かに。


「でも、信じていないのなら……今、脱ぐわ」

「脱ぐな!」

「あう……痛いわ。人の頭を叩くのは感心しないわ」

「ご、ごめんね。痛かったね」


ああ。何やってんだ、僕は。


美澄さんにチョップをしてしまうなんて!


反省しろ! 親しき仲にも礼儀ありだ。


彼女の優しさと懐の大きさに甘えて、好き勝手していいわけじゃないんだぞ。猛省します。


頭を擦る彼女は何を考えたのか、デスクに上半身を預けて下半身をこっちに向けてきた。


「叩く場所はこちらが一般的でしょう?」

「どこの常識だよ!?」

「冗談はここまでにして、本題に入りましょうか」

「何度目の本題なんだろうか」


彼女の冗談につっこんでいたら永遠に本題が進まない。


「ところであなたが売りたい違法な物があってそれをなるべくローリスクに販売したいならどうしたい?」

「えっ。うーんと。やっぱり手渡しが一番信頼出来るかな……街頭インタビューとか言って、インタビュー中に興味ありそうな人に取引を持ちかけるとか」

「思っていたよりまともな手段ね。売人の才能があるかもしれないわ」

「嬉しくない才能だね」


転売屋に並んで嬉しくない才能ランキング上位だと思う。


犯罪の片棒を担ぐことになるんだ。決して褒められた才能ではないだろう。


「でも、世の中にはもっと便利なものがあるわよね?」

「それがこの卑猥な広告ってこと?」

「ええ。一つ質問だけどこういう広告をクリックしてしまう人はどんな人?」

「桃菜」

「……返答に困るのだけど」

「困ってる時点でおかしい事に気付け」

「こほん。それもひとつの答えだけど、他のでお願いするわ」


うーん。美澄さん以外で興味を持つ人? そんな人類いるの? いなくなーい?


「……ごめんなさい。まさかそこまで悩まれるとは思わなかったわ」


少しシュンとしてしまった。可愛いからつい、からかいすぎた。からかいベタの青音さんになってしまった。


「ごめんごめん。じゃあ、真剣に答えるね。そうだなぁ、やっぱり気にしてしまう機会に恵まれた己の一振りの聖剣が実は短剣だと指摘されて嘆き悲しんでしまった剣士が今一度、立ち上がるために授けられた霊薬を用いて、真の聖剣へと昇華せんと夢想する人、かな」


完璧過ぎる回答だね。これ以上の説明は不要さ。


「ごめんなさい。もう少し分かりやすく」

「えーっ。しょうがないなぁ〜。今回だけだよ? かの聖剣を使う機会に恵まれたリアルが充実している勇者……訳してリア勇! と思いきや、自分の聖剣が実は大量生産された一振かつ星三評価ということを知りショックのあまり魔法のお薬でどうにか一念発起」

「ずっと聞いていたいけれど、今回は私があなたを正気に戻す役なのね」


えっ正気なんだけど?


「……失礼するわ。てぃ!」

「うおっ」


べしんと美澄さんからチョップを受けてしまった。なんだろう。なんか、嬉しい。


もしかして僕は本当にMだったりするのだろうか?


「正気に戻ったかしら?」

「うん。パッチリだよ」

「良かった。あと、自分を省みる機会を得たわ」


元から正気だけど、美澄さんが嬉しそうだからいいか。あと、僕は美澄さんほどおかしい事言ってないぞ! 多分。


でも、一応。一応無難なことも言っとこう。


「こほん。まあ、彼女が居たりする人なんじゃないかな。それかそういうことを気にしないといけないお仕事の人とか」

「なるほど。男優の人とお盛んな人ね」

「微秒に伏せているのは君なりの優しさなんだね」

「私なりの付け出しをするなら、彼氏の前では快楽を悦んでいるように見せかけて、実は不満を抱いている彼女が密かに買い求める商品という可能性もあると思うの」

「生々しいからやめようか」


想像出来ちゃった。


満足そうに寝ている彼氏を冷めた目で見つめつつソファでタバコを吹かせながら、スマホでこのいかがわしい広告をタップする女性の姿が。


「そうね。こう言う会話はペットの中でするものよね。配慮が足りなかったわ」

「その配慮は永遠に必要になる時が来ないと思う」


来ないことを祈ろう。


「でも、総括するとこのような怪しい商品に手を出してしまうような人は騙されやすい人よね」

「そうだね。こんな商品が本当に機能するとは思えないよ」


無理だろ。あの部分をそんなに伸ばすのは。


「こほん。後学のためにどれぐらい伸びるかリアルタイムでの観察が必要と思わない?」

「桃菜?」

「というのは後のお楽しみに取っておくことにするわ」

「それがきっといいよ」


本当に隙あればぶっ込むんだから。


「つまりこの広告の先に私たちが追っている連中が売りたいものが分かるのよ」

「この薬じゃなくて?」

「ええ。これは広告塔ね。実際には売ってないわね」


広告をダブルクリックすれば、飛んだ先には個人の販売サイトが表示される。


「うわ、すご。全部売り切れじゃん」


そこには幾つもの商品にSOLD OUTという言葉が添えられていた。


「言ったでしょう? これらは実際は売ってはいないのよ。つまり最初から売り切れているのが正常なの」

「……なんの為に?」

「本当に売りたい商品に注目してもらう為に」


彼女は慣れた手つきで画面をスクロールしマウスカーソルを一つだけ販売中! と表示された商品に添える。


【シックスセンス】新しいあなたに会える!


そう表示された商品のイメージ画像は錠剤が入った小瓶だった。


「抽象的な説明だね」

「知る人が分かればいいから適当なんだと思うの」


なるほど。確かに一件怪しく見えるけど、こんなに売り切れ御礼ばかりの商品の中で唯一購入出来るわけだし、知的好奇心で買う人も居れば知った上で買う人も居るかもしれない。


「これの本当の正体はなんだと思う?」

「……考えたくないけど、美澄さんが見たという血走った人の取引現場から考えて、麻薬だよね?」

「あなたもその結論に至ったのね。なら、決まりね」


美澄さんも同じ考えか。


でも、一番しっくりくるもんね。


それと同時にリュークに対する仄暗い感情が湧き上がる。


(お前はこんな、人を破滅に追いやるもん売ってたのかよ)


少しだけ。少しだけ認めてただけにいいえもしれない腹立たしさもある。


「やっぱり潰そう。リュークと決着を付けてやる」


全盛期ほどのコンディションじゃないけど、欲しかった力は取り戻した。そう簡単に負けたりはしない。


「……やはりその選択を取るのね。警察に通報して素知らぬ顔でいることだって出来るのよ」


美澄さんは悲しそうに言う。


でも、知っているかい?


「警察は“こと“が起きてからしか動けないんだ。少なくても素人の僕が見ても言い逃れの余地が有り余るこのサイトだけじゃ決定打に欠ける。本当に捕まえたいなら現物も押さえないと」


僕のある程度纏まった理論に美澄さんは渋々頷く。


「そうすると、やはり購入者を偽る必要があるわね」


それしかないよね。


「この商品は手渡しのみって、小さく書いてあるしね」


願ったり叶ったりだ。


本当はその現場を警察の人に押さえてもらえばそれでこの件は終わりを迎えることは知ったうえで、僕たちはその選択肢を排除した。


「それなら購入するわ。身分証は叔父様から架空の人物情報を幾つか貰っているからそれを使いましょうか」

「君の叔父様怖すぎない?」

「大きな会社の経営者には色々あるそうよ」


出来れば会う機会がないことを祈ろう。


サラサラと架空の個人情報を入力している彼女を背後から見ながら、ふと疑問が湧いた。


「そういえば、どうやってこれがあの連中の仕業だって分かったの?」


キーボードを叩きながら、美澄さんはなんてこともなしに言う。


「SNSよ。今どき風の若者なら使わないわけが無いと思ったわ。そして複数人で組織的に動くなら何かしらに所属している可能性を考えたわ。ネットだけの関係も考えたのだけれど、この前遭遇した規模的にネットだけの繋がりじゃない部分もあると踏んで、もっとも可能性がありそうな学校のコミュニティも視野に入れて検索をかけたわ。その中から夜栄市関連のツイートをしている人物をピックアップ。リアルの繋がりのある人というのは自画像を載せがちだからアッサリ見覚えのある人物のアカウントを特定。その人物はことある事にあの広告をネタにしていたから怪しいと思って調べたらビンゴしたというわけよ。ちなみに言っておくと、息抜きに興味が湧いたからクリックしたらたまたま繋がったとかじゃ決してないわ」


スラスラと良く言えるなと感心してたら、最後のオチで台無しだよ。


「でも、良く頑張ったね」


僕は気付けばまだしても、彼女の頭を優しく撫でていた。


「……本音で言えばずっと見つからなければいいのにと思ってたわ」


されるがままの彼女の一言は僕にもその意味を感じ取れた。


こうして辿り着けない事件を永遠に追い続けることが出来たなら、ずっとこの関係は終わらないのだから。


でも選択してしまった以上は、必ず終わりが来る。


今のままの心地よい関係で居られるかなんて分からない。


「でも、見つけてくれた。ありがとう」


本気で探さなければ見つからなかった。


言わなければ気付かないままでいられた。


でも、それでも彼女は全力を尽くしてくれた。


「青音さんに嘘はつけないもの」


そう言う彼女の声音は少し拗ねているように、耳のいい僕には聴こえた。

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