第五話 アジト

彼女について行き、少し寂れたような場所に辿り着いた。


繁華街や駅前からそこそこ離れており、住宅街からも近いという、良い立地のような微秒な立地のような場所。


「ここよ」


彼女が指さすのは四階建てのビル。少し古さを感じる出で立ちで、壁にはひび割れも伺える。


「行きましょう」


躊躇いもせず、ビルの正面玄関の鍵穴にカバンから取り出した鍵を使って解錠してしまう。


「ここは入って大丈夫なの?」


さすがに不安を感じて、尋ねざるおえない。


実は筋ものさんの事務所が入っているテナントで、カチコミに来ましたとかだとシャレにならんぞ。


「安心して。私の所有物件だから」

「なるほど! なら安心だ〜……ふぁっ!?」

「正確には引き継いだ遺産の一つね。叔父様が管理していたから私が好きに使えるようにお願いしていたの。数日掛かったのはこのせいよ」


なんか深く踏み込んではいけないこと言ってない? へぇ〜遺産かぁー。ってテンションで返事出来ないよ!?


「はい」

「えっこれ、鍵?」


何故か振り向いた彼女から鍵を受け取る。


「ここのスペアキーよ。この街は物騒だから私が中に居ても鍵は掛けておくわ。閉まっていたら自分で開けなさい。その後はしっかり戸締りするのよ」

「うん、分かったーってなるか! 何がどうなってそうなるの!?」


急展開にも程がある。打ち切りが確定した作者さんですらこんな投げやりなことしないよ。


「そうね。詳しい説明は後でするけど、端的に言えば、あなたには私と一緒に悪いことをする人たちを退治して欲しいのよ」


それは本当に唐突で。でも、密かに憧れていたものだった。


「どうして?」

「暇だから」

「うん……なら、しょうがないか」


あんまりな返しな筈なのに、僕にはストンと腑に落ちた。


もしかしたら彼女も非日常でしか満たされない器を持っているのかもしれない。


「こっちに来て。きっと驚くわ」


 表情は何一つ変わらないというのに、彼女からいたずらっ子のような雰囲気を感じた。


エレベーターに乗り込み、三階のボタンが彼女により押される。


「最上階じゃないんだ」

「そこはあとのお楽しみよ」

「見せてくれるんだ」

「ここは私とあなたの“アジト“よ? 全てを共有するわ」

「……なんか怖くなってきちゃった」

「でも、期待の方が大きいのでしょう?」

「確かに」


それは違いない。


未知に挑む探検家のような高揚感を感じる。


エレベーターが三階に着き、彼女に案内されるがままに目の前の扉を開く。


「これは……凄い」


ドラマでよく出るオフィスという様子だろうか。


そこまで広いビルでは無かったからか、部屋ひとつの大きさも二十畳ぐらいだろうか。


端っこにはプロジェクターと丸められたカーテンみたいなものがあり、それはきっとプロジェクターの映像を投影するのに使うやつだ。部屋の中央にはデスクが六つ長方形にくっつくような配置。それぞれのデスクにはデスクトップパソコンが乗っかっている。


プロジェクターの反対方向。窓側には少し大きめなデスクが置かれており、三枚のモニターが横並びに置かれており、部署のトップが座るのに相応しい存在感を醸し出していた。


「見た目こそ地味だけど、最新のゲーミングPCよ」

「全部!?」

「もちろん。インテールかエーエムディーか悩んだけど、信頼性でインテールで纏めてるわ。グラフィックボードもジィーフォースのハイエンドモデルよ」

「まじかよ!? ひとっつも単語の意味が分からないけど凄い」


僕の反応が満足いくものだったのか、そうでしょうそうでしょうと満足気に頷く。


「でもなんでゲーミングPCなの?」

「あなたはゲームをパソコンでしたことあるかしら?」

「ないね。据え置き機しかうちには無いんだ」

「やってみれば分かるわ。飛ぶわよ」

「楽しみです……って、それはそれだけど。僕たちの目的に関係あるの?」


僕のもっともな疑問に彼女は澄んだ声音で答える。


「揃えるならいいモノの方がいいでしょう?」

「さては形から始めるタイプだな」


んで、途中で飽きるやつ。


「大丈夫よ。あなたが一緒なら最後まで続けられる自信があるもの」

「僕の評価が天井しらず!」


偶然助けただけで、こんなに評価が爆上がりするなんて、どうなんてんの? この子がチョロいだけ? ちょっと、ねだってみようかな。


「……僕、ピーエスファイブ欲しい」

「安心して。上の階にあるわ」


馬鹿な……もう配置済みだと……っ!?


「他に欲しいものはあるかしら? なんでも揃えるわ」

「ごめんなさい。もう必要なものはありません」


無理だ。この信頼を利用する訳にはいかないよ!


「そう。満足してもらえたのなら、次に行きましょうか?」

「お手柔らかに」


その後、案内されるがまま二階、四階を見て回った。


一階は物置になってるそうでカット。


二階は男女分けされた更衣室になっていて、その中にはこれ以降の活動時の服装などが用意されていてワクワクしました。僕、あんな黒いコート見たことないよ!


三階は作成会議室みたいなもので、普段はここで情報収集などする場所。


四階はプライベートルームみたいになっていた。フローリングにカーペットが敷かれており、大きなテレビと一通りの据え置き機、大きなスピーカーも付いており、なんならキッチンや電子レンジ、冷蔵庫も完備。もうくつろぐための空間になっていた。


「四階は息抜きなどに利用してもらって構わないわ」

「凄すぎて一人じゃ使えそうにないよ」

「あら、お誘いなの? 男の子はいきなりオオカミになるって聞いてたけれど、案外早いのね。……初めてだから優しくしてくれると嬉しいわ」

「あはは、ちげぇーよ」

「むぅ。順応が早いわね」


短いながら分かったことがある。


美澄さんは非常に変な人だということ。


冗談でめちゃくちゃなことを言うから真に受けないようにしないと、こっちが火傷するぜ。


「それで聞かせて。僕は何をすればいいの?」


取り敢えず、三階の会議室にて椅子に座り向かい合う。


「そうね。私は暇だから繁華街を彷徨いていたわ」

「今度から誘ってね。心配になるから」

「学校の友人にも似たようなこと言われたわ」


良かった。常識的な友人がいるみたいで。


「そこで先日の二人組が血走った目の男に何かを渡してたのを目撃したのよ。それで暇だから尾行することにしたの」

「うん、とても心配だから二度とあそこら辺うろつかないでね」

「心配性ね。何も無かったわよ?」

「僕が間一髪助けたからね!」

「そうとも言うわね」

「それがだった一つだけの真実だよっ!」


なんでふてぶてしいのかしら、この子。


「それで問い詰めたら、襲われそうになったわ」

「僕が目撃した場面だね」

「ええ。助けてもらってとても嬉しかったわ。ありがとう」

「ど、どういたしまして」


いきなりお嬢様になるのやめろ。ドキマギするやろうがい。


「それで、思ったのよ。暇だしああいうヤツらを懲らしめる組織を作ろうって」

「なんだなんだ。いきなり小学生の思いつきレベルのフットワークになったぞ。……いや、元からだわ!」


暇だからって治安最悪の繁華街を彷徨くような子だったわ。


「もちろん。本職の人達に喧嘩を売るつもりは無いわよ? 命がいくらあっても足りないもの」

「良かった。そこら辺の常識はあったんだ」

「だから、素人の分際で息がって商売している半端者たちの邪魔をして楽しもうかなって」

「良かった! 常識も捨て去ってたみたい!」


なんだこの子。行動力があって実行するに足りるお金や権力があるとこんなにもタチが悪くなるのか。普通は思い付いても、ロケット花火をソイツら向けて発射するぐらいがせいぜいなのに。


「それは冗談よ。本当は半端に手を出して、ほかの人たちに迷惑かける人達を懲らしめたいの」

「うん。なんとなーく分かるよ」


最近の若者と呼ばれる人達は、なんでも楽観的に捉えがちな気がする。


何をやっても、大丈夫。自分はそんな目に遭わない。そういう自信を持っている。なんなら、危険な目に遭うことすらバズる為のネタにしてしまうほど。困ったら警察に連絡すれば、護ってくれる。そういう謎の信頼を国に頼る。


自分がどれだけ法に触れようが、国は自分の味方だと信じている。


(でもね、警察は“こと“が起きてからしか動けないって、はるか昔から言われてるのに)


オタクの常識。ありとあらゆるラノベ然り、ノベルゲー然り。


事件が起きたから警察が姿を現す。


事件前に警察がその場にいるはずもないのに。


なのに、彼らは起きるに助かると考える。


矛盾していることに気付きもしない。


(“こと“が起きた後には生きてる保証などないのに)


なるほど。彼女はこのような考え方をして、そういう無謀な人達を間接的に助けたいんだね!


「という建前で、暇つぶしにズルをする人たちをブタ箱にぶち込みましょう」

「うん! 清々しいほどまでに深読みした僕が恥ずかしくてしょうがないね」


多分、青春というには危険すぎるほどの暇つぶし。


おおよそ、常人が選択しない非日常。


「ねえ、青音さん。私と暇つぶしをしない?」


これは悪魔の囁きか。


それとも天使の誘いか。


あるいは神の気まぐれなのだろうか。


きっと、この物語がひとつの終わりを迎えた頃に分かるのかもしれない。


彼女により、注ぎ始められた空っぽの器が満たされる日まで付き合ってみようじゃないか。

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