第三話 連絡待ち

劇的な出逢いから数日。


彼女こと、美澄さんから連絡がない。


お陰でアドレス帳でも見ない限りはあの非日常は泡沫の夢のように夢幻として輪郭がぼやけ始めてしまう。


ここ数日は学校とバイトに通う日々。


「どうしたんだ青音? ここ最近ボーってしてっけど」

「最近ではないぞ幸雄。正確には惚ける頻度がここ最近増加した傾向にあるが正しい」

「うへぇ。相変わらず秋人は細けぇーなあ」

「お前が適当すぎるんだ。青音の様子を観察すれば自ずと何か悩み事を抱えていると推察出来るだろうが」

「普通は友達のことを観察するとか言わねーの。様子が気になったって素直に言えよ」


高校生になってから仲良くしてくれる二人の友人とお昼ご飯を食す最中に心配を掛けていたようだと気付く。やだ、僕愛されてる。


「幸くん、秋くん。こんな僕を……鬼の血を引かない僕を心配してくれて……あ“り“がどう“」


頑張って泣こうとしたけど、不思議と涙は流れなかったよ。


「引いてないのかよ。なら言うなよ」

「ふっ。少しは青音らしい反応をするようになったか」

「そこは、何を言ってんだお前ぇ!! って言って欲しかったかも」

「しかもおかわり求めるのかよ。厚かましいぞ」

「ナニイッテンダオマエェー」

「秋人!? 無理すんなよ! お前、劇場版は観てないだろうが」

「心配するとこ、そこなんだ」


でも二人のお陰でこういう日常の器が満たされていくのを感じる。


(本来はこれが普通なんだよね)


むしろあの非日常は積極的に踏み入れるものでは無いのかもしれない。


「なーに、漫才じみたやり取りしてんのよ、アンタら」

「いてっ、なにすんだよー遥」

「ふふ。相変わらずのようだね、秋人君」

「ああ、来たか千秋」


今、幸くんにチョップを食らわせたのは彼の幼なじみの遥さん。絶滅危惧種指定のツンデレさんだ。


そして、すっと影から滲み出るように現れたのは千秋さん。吹奏楽部の若きエースで秋くんの中学からの知り合いだ。


「……」

「って、何黙ってんだよ青音」

「いや、理不尽に対する破滅的概念エネルギーが計測を振り切ってね」

「お、おう。俺が悪かった」

「ほんっと。星雫は何言ってんのか、分かんないわね。幸雄も謝んなくていいんじゃない?」

「ふふ。相変わらず星雫君は面白い人だね」

「ああ。青音のこういう所は見ていて飽きないからな」


ほら! なんだよ! それぞれのヒーローに対するヒロインのやり取り!!


愛を! 愛を感じまする!


まあ、傍から見てもわかるほど、お似合いのカップルが僕の眼前に二組も現れたわけですが、信じられるか? コイツら付き合ってないんだぜ?


女子たちの好意に気付かないヤローともには腹が立ちますねぇ。


どうして僕にはそんなヒロインが居ないのでしょうか? 中学卒業まで縁がなかったのは、部活動が忙しいからと言い訳が出来るけど、高校に入ってからわりかし暇だよ? 少しぐらいフラグが立つようなイベントがあってもバチは当たらないと思わない?


(いや、美澄さんとの出逢いがそれに該当するのか?)


いやいや。それはない。あんな綺麗な女の子がなんの取り柄もない僕とどうこうなるとは思えない。


恐らくもう僕のことなんて忘れて、セレブでエブリデイな日常を謳歌にしているに違いない。


「はぁ……」

「どしたの、星雫」

「最近ずっとこんな感じなんだ」

「う〜ん。こういう時はそっとしてあげるべきじゃないかな」

「そうだな。へんに首を突っ込んで青音が不愉快な気持ちになるようなことはするべきでは無いな」


また、美澄さんのことを考えてしまった。


これ以上はみんなに迷惑がかかるよね。これ以上考えないようにしないと。


気分を一新したつもりで菓子パンを頬張ろうとした僕の懐がバイブレーション! いっけね、大人の玩具を入れっぱなしにしてたみたい。


(って、そんなもん持ってない!! 誰からかのメールかな?)


友達の少ない僕相手にメールを打つヤツなんて、中学の頃の部活の連中ぐらいしか思いつかないぞ?


ポケットからスマホを取り出し画面を見る。


「ふぁっ!?」

「ど、どした? 変な声上げて」

「び、びっくりしたー……って、何抱きついてるのよ!? この変態!」

「いてっ!? お前が抱きついてきたんだろうが!!」


眼前の夫婦漫才なんか気にならないぐらい僕はドキドキしていた。


なにせ、待ち人からのメールなのだから。


「青音がこんなに笑顔なのは初めて見るな」

「私もこんなに嬉しそうな笑顔を浮かべる人は初めて見たよ」


うんうんと頷く秋秋夫婦のこともどうでもいい。


僕は震えそうな手で画面をタップ。


若者たちがよく使うトークアプリからメッセージが届いていた。


『お久しぶりです。待たせてしまってごめんなさい。本日の放課後はお暇かしら? ぜひお礼をさせて欲しいのだけど。もし来れそうなら駅前の喫茶店『ステラ』に来てください』


お誘いのメールだ。


嬉しくて堪らない。


僕は速攻でメッセージを打ち込む。


『お久しぶりです! (*^^*) 一瞬忘れられたのかと思いました( ̄∀ ̄) ご連絡嬉しいです٩(>ω<*)و 今日の放課後ですね! 行けます!( ◜︎︎𖥦◝ )』


ふう……何とか無難な感じになったね。


送信っと。


僕はやり切った感から幸福感に包まれる。


今なら目の前のカップル達がイチャイチャし始めても凪のような気持ちでいられよう。


「なんか悟りを開いたような顔になってるね」

「ああ。千秋、これを賢者タイムと言うんだ。覚えとくように」

「なるほど。分かったよ」

「いやいや! 千秋ちゃんは真に受けないで。こいつは頭がいいくせに、たまに馬鹿なことを言うから」

「今、私の前で秋人君の悪口をいったのかな?」

「や、やっだなぁ〜幸雄は今、褒めたのよ! 幸雄なりの褒め方なの。勘違いさせたのならごめんなさいね〜」

「お、おう。そ、その通りだぜ!」


一瞬にして般若が現れたような気がしたけど、直ぐにいなくなったようだ。なんだ、気のせいか。


でも、僕も幸くんの意見には同意するかな。


「秋くんはたまにバカになるから、僕も友達として付き合いやすいんだよね」

「ああ、その通りだね。そういうところが秋人君の素敵なところさ」

「あっれぇ〜なんて青音だと許されるの〜?」

「日頃の行いかしら?」


何言ってんのだろう、この漫才夫婦は。


まあ、良いか。今は満たされているのだから、何でも許せちゃう。


「そ、そういえばみんな部活は決まったか?」

「露骨ね。まあ、私は決めたけど」

「遥さんはサッカー部のマネージャー?」

「なんて分かったの!?」


そんなもん、そこに幸くんが居るからとしか言いようがないんだけど。


「まじかよ〜遥がマネージャーとか、すっげーサボれねーじゃん」

「あんた入部早々サボる気だったの!? あたしがマネージャーやる以上はサボらせないわよっ」

「うへぇ〜」


幸くんは将来遥さんの尻に敷かれるね。


「秋くんはどう?」

「俺は生徒会に誘われたな」

「流石は秋人君だ」

「ああ。せっかくの誘いだからな。受けてみることにしたよ」

「君がいる生徒会はきっと歴代最高になるだろうね」


目をキラキラさせて褒めちぎる千秋さんのせいで、僕はもはや蚊帳の外で何も言えないぜ。


あっれ? 気が付けば僕一人ぼっちじゃない?


コイツら隙あらばイチャイチャしおる。


僕にも聞けよ! どこの部活に入るのって。


(まあ、何処に入るか未定としか言えないんだけどね)


今一度、心ときめく部活がなくてね。


まあ、部活動は強制じゃないから、最悪帰宅部でもいいんだけどね。

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