#16 「魔法少女とお誘いと」

「わたしの演劇、きょ、協力、してくださいっ」


……また、噛んでしまった。

何通り、何パターンも想定して。

鏡の前、失敗したリハーサルに透羽はため息を吐いた。


吐息に白んだ表面、そこに映る姿は昔とは大きくかけ離れている。

まずは小学生、思い切って入ったテニスクラブで焼けた肌。

次に中学生、バッサリと切り落とした肩より下の髪の毛。


なら、高校では何が変わるのだろう。


噛むし、どもるし、挙動不審だし。

どれだけ見た目が変わっていようと、表面を取り繕っていようと、どこも変わった気がしない。


「……まだ、なんだ」


不意に浮かぶのは”変身”してしまった幼馴染。

思い返せば尚更、置いてけぼりにされてるんだって感傷、それが浮き彫りになる。

また頼るのは避けたかった。



◆ ◆ ◆



「……透羽。演劇の件、なんだけどさ」


演劇をすると、透羽が宣言してから一週間が過ぎた。

そういった意味では、文化祭での演目が決まってから最初の定例会。

先週、あれほどの立ち回りをしておきながら、この数日間全く連絡を寄越してこなかった幼馴染へ、遥は一瞥くれてやった。


「っ、あ、そうだね。……演劇がどうしたの? 遥」


明らかに普段と様子が違う。

図星だったから、とか。もしや何か後ろめたいことでもあったのだろうか。


「ここ最近、全然連絡寄越してこないから。そろそろ何かした方が良いんじゃないかと思って」

「ああ、そう……そう、なんだけ、ど」


透羽の視線が泳ぐ。

完全に後ろめたいことがある時のサインだ。

嫌な報せが襲ってくるであろう気配に、思わず遥が身震いして──。


「……まだ、協力者、その……全然、集められてなくて」


案の定と言うべきか。

その時飛んできた見事なバッドニュースに、遥は硬直した。



◇ ◇ ◇



「──あの、僕達の演劇に協力してもらうことって、できたりする?」


バイトで慣れた営業スマイルを顔に貼り付け、なるべく強い言葉を避けつつ選んだ勧誘の口上。

遥が最初にターゲットとして選んだのは、生徒会室の隅のテーブルで熱心にスマホを弄る一年生の男子生徒だった。


「演劇って、そこの先輩が提案してたやつですよね。具体的には何をするんですか?」


けれど、彼は透羽の方に視線を向ける。

どうやら前回のミーティングでの一件はバッチリと覚えられているらしい。

演劇=透羽という等式が成り立ってしまっているのだろう。


「……あー、例えば小道具の準備とか台本作りとか。あと本番でも出てもらうかもしれないし」

「本番以外だったら別に大丈夫っすよ。何かしらやっておかないと……ほら、あれ……」


彼が指したのは前の方で副会長らと議論を交わしている衿華だった。

ホワイトボードに並んでいる文字を見るに、ステージパフォーマンス以外の生徒会主催の企画を検討しているらしい。

SDG’sに関する展示だの留学生との交流ブースだのメイド喫茶だの……いや、それに関しては風紀に厳しい衿華がバツ印をつけているけれど。

全体的に地味な言葉が並んでいる上、厳しいことで有名かつ今も絶賛気難しい表情をしている衿華の元で働く、というのを恐れる一年生はまだ結構いるのだろう。


「……あと、急ぎでするべきことってありますかね?」

「ううん、まだわたし達しかいないから……それこそ、キミは第一号だし。もう少し協力者が増えたら連絡するね?」

「待機ってことっすね、わかりました」


再びスマホに目を向けた男子生徒を尻目に、透羽は息切れ気味だった。


「……透羽、疲れてる?」

「……ううん。これぐらいじゃ別に……全然だよっ」


ブンブンと首を横に振ると、親指を立てて透羽は宣言する。


「……なら、大丈夫か」


さて、協力者一号に関しては、未だ急ぎでやってもらうことはないけれど、ひとえにそれは企画が動いていないことの証明だ。

最優先で人は増やし、同時に企画も練っていく──。

責任者である遥と透羽──課された仕事は多い。


「この進捗だと衿華先輩のチェックが入った時、大変そうだし。今日のうちにあと数人勧誘しよう」

「……うん、了解」


多少口数を少なくした透羽が気にかかりつつも、本人が大丈夫と言っているのならそれを信じることにして、勧誘を続けていく。


「ああ、演劇か。構わないよ。まだ特に仕事もないし……ただ、一つだけ頼みたいことがあってさ」


二人目も男子生徒、今度は二年生だった。

比較的遥達と席の場所も近い。同級生であることも相まって、何度か話したこともあった。


「その……本番、出てみたいんだ。だいぶ、気になってて」


多少顔を赤らめて、彼はそう口にする。

少し遠慮がちな物言いだったけれど、とはいえ、意欲的な協力者は大歓迎だ。


「もちろん。むしろ本番の出演者がちっとも足りなくて僕達も困ってたところだったから。大歓迎だよ」

「……マジかっ!? お願いしますっ!?」


オーバーリアクションと共に激しめな握手。

意外と言ってもらえないとわからないこと、というのは多い。

ただ、それを言うまでが大変なこと。

むしろ痛いぐらいに、遥にはそれがわかる。


そんな”当たり前に”ほんの少し苦笑しながら、


「あともう一人ぐらい誘おうか」


一歩半後ろ、自分の制服の袖を掴む透羽に、遥はそう言った。



◇ ◇ ◇



「……ごめんね? 頼りないわたしで」


夏が近いからか夕暮れは長い。

まだ明るい通学路。三人の勧誘に成功したこと、そんな成果をお互いに確認して。

それでも、不意にできた会話の空白。透羽はぽつりと溢した。


「別に。むしろ仕事はこれからだし、ここからいくらでもやることはあるよ」


それに、と。

遥は続ける。


「……そもそも、透羽が演劇をやろうって、ミーティングで衿華先輩とバチバチにやりあわなきゃ、企画自体が立ってないんだから。間違いなく最初にこれを初めたのは透羽だよ」

「……面倒くさい?」

「いや。この間の映画も結構面白かったし。最初の子じゃないけど、どうせ何かしらの仕事は手伝わされてたわけだから。それに、案外こういうのも悪くないし」


ミーティングを重ね、戦略を練り、企画を固める。

ほとんどゼロから何かを動かす、というのが大変なのは確かだったけれど、その分、楽しいのも確かだ。

ここ最近、バイトで衿華と繰り返しているミーティングだって、バイト後で疲れてるし、寝不足にもなる。それでも、楽しくなければ続けているワケがない。


『後悔、しませんか?』


それは無いと、遥は思う。

”好き”に明け暮れてる時間は充実してるし、待ってる疲れだって心地よい。

少なくとも、まだ首を横に振っていられる。


「そっか、遥はこういうのが楽しいんだ」


数歩、踏み出すように透羽がひらりと前に出る。

遥の顔を覗き込むようにして、彼女はそう口にした。

前とは違って表情がはっきりと見て取れる。

笑顔を浮かべていた。


「……うん。楽しいよ」


それは、強張っていたけれど。

気恥ずかしさ半分、何だか腑に落ちなかった表情だったのが半分、視線を逸らしたくて、遥は腕時計に目を向ける。

話し込んでいたからか、もうすぐでシフトが入っている時間だった。


「そういえば、今日バイトあるんだ。少し急がなきゃ」

「スケジュール、詰まってるんだね。ごめん、忙しいのに手伝ってもらっちゃって」

「さっきも言ったけど、楽しいからやってるわけだし気にしなくていいよ。それじゃ、また」


駅はまだ大分先だ。

別れの挨拶もそこそこに、ステップを踏み、そのまま駆け出す。

先程までは話し込んでいたし、透羽のペースに合わせていたから当然といえば当然だけれど、走ってしまえばあっという間だった。


バイトまであと三十分。

切迫した時間の中、息を整えると遥は改札を通った。



◇ ◇ ◇


◇ ◇




「私は元々──あなた達よりも先に、”魔法少女”として戦っていました」


一日の締め──とも言うべきバイト。

寸劇の一幕にて、激闘の果てにノワールは膝をついた。

ステージは白一色、眩しいライトで照らされている。

形勢逆転、ブランが全てを塗り替えたのだ。

だけれど──。


「……しかし、それには代償が──」


意味深な言葉を発するノワール。

そこで、再びステージは暗転する。



『激闘の末敗れるノワール。しかし、彼女の口から漏れたのは衝撃的な事実だった。次回は明日、同じ時間帯です。お楽しみに』



「……それで。あたし達”魔法少女”が戦うのに代償がいるなんて設定、あったっけ?」

「裏を返せば代償なしに戦っている、なんて設定もありません。私は十分に認められる範囲内だと捉えています」


呆れたような表情で聞いてくる杏に、至って真面目くさった表情で衿華が答える。

それを横目で見ながら、遥は瞼を擦っていた。


「……ブラン、お疲れですか?」

「いえ、ちょっと学校が忙しくって」

「それでは、今日のミーティングは早めに切り上げましょうか。部外者は退席をお願いします」


ジトッとした目で衿華が杏を見つめる。


「……一応、あたし先輩なんだけどな」

「それでも、敵であることには違いありません」

「んー……まあ、とにかくっ! 次も楽しみにしてるからっ!」


不服そうに顔を顰めると、杏は席を立った。

ロッカールームへ、恐らくはモップを取りに行くだろう。


「それでは、始めましょうか」


衿華が手早く次の台本を広げていく。

それに釣られて自分も机の上に資料を広げつつ、遥は彼女の顔を見た。


杏のあしらい方といい、いい意味でしたたかになったような気がする。

今回だって、衿華の主導で進んでいるところは多い──というよりも、学校での彼女の姿を鑑みれば、それが当然というべきか。

最近は衿華に教えることもほとんどない。自分にできることなんて、それこそ一緒に寸劇をするぐらいで、忙しいのは確かでも、最初の頃のように衿華が一悶着起こさないかハラハラしていたときとは違う。


それに、《魔法少女総選挙》の決勝は一人でステージに立つのだ。

ともすれば、本当に予選が終わるまでのあと二週間と少ししか、その隣に自分がいることはないわけで。


「ブラン、……? 本当にお疲れなのですね。軽く打ち合わせたら終わりにしてしまいましょう」

「ええ、一応先の台本も確認は済んでいるんでしたっけ。あ、ステージの使用許可、一応取らなきゃ」


《総選挙》のスタンスは割り込み参加大歓迎。とはいえども、マキにだって照明の調整で負担はかけるし、他の”魔法少女”と時間が被る可能性は十分にある。

先に予約を取ってしまった方がスムーズだ。


ロッカールームの片隅、ホワイトボードの方へ二人して行った時、そこには小難しそうに顔を顰めたマキがいた。


「明日のステージ、予約したいんですけど……って、マキさん、どうしたんですか?」

「……これのせいよ」


遥の質問に苦々しい表情はそのまま、マキはタイムテーブルを指す。

そこにはそのまま、明日の”魔法少女”達のステージ使用予定が記されているはず──だったのだけれど。


「……どういうこと、ですか……これ」


先に声を漏らしたのは衿華だった。


──シアン、シアン、シアン。


上から下までずらりと並ぶ名前、それは紗の名義で丸一日分、埋まってしまっていた。

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